58話 罪を犯した人は皆そう言うんだよ
皆が寝静まったころくるみがむくりと起き上がる
「ん~~~……トイレぇ……」
廊下をぺたぺたと進みトイレを済ませて部屋へと戻る。
暗い部屋を覚束無い足取りで進みベッドにたどり着くと頭から入り込む。
「んにゃ~……暖かいぃ」
カーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込む。
外で蝉がうるさいくらいに鳴くものだからその音で春人は重たい瞼を開ける。
「ん……ん。朝か……」
開けた目に入ってきた天井に春人は訝しむ。
「……知らない天井だ」
一瞬どこだと考えるがすぐに思い出す。
「そうか、今旅行中なんだ」
春人たちは昨日から葵の別荘にきている。
思い出してもやもやが消えると春人はまた瞳を閉じる。
「もう少しだけ寝よ……」
手探りで布団を探し何かを掴む。
妙に温かみが伝わってくる手に春人は更に手を動かし探ろうとする。
「なんだこれ?暖かくてなんか……柔らかい?」
春人は目を開ける。布団をめくり隠れていたものを目の当たりにし驚きで目が大きく開く。一瞬で目が冴えてしまった。
「え?……なんで?」
春人の目の前にウェーブがかった髪が表れる。この髪が誰のかなど今更確認する必要もない。髪が少しずり落ちると隙間からくるみの気持ちよさそうに眠る寝顔が見えた。
状況についていけず春人はずっと布団をめくった体勢から動けずにいた。いったいなぜくるみがここにいるのか困惑している春人の頭ではいくら考えてもわからなかった。
「え、これどうすればいいんだ?」
とりあえず起こせばよいのか、それともこのままの方がいいのか春人が悩みに悩んでいるとくるみが身動ぎし薄く瞳を開ける。
布団の中から春人を見上げ口を開ける。
「んー……もも君おはよぉ」
「……おはようございます」
「よく寝れたぁ?」
「……はい、おかげさまで」
「そうかそうかぁ。それはよかったよぉ」
なぜかこの状況で普通に会話を始めるくるみにおかしいのは自分の方なのかと春人は混乱してきた。疑問符が頭を飛び交い考えが全くまとまらない。
くるみはもぞもぞと動き布団から這い出る。
「――っ!ちょっと先輩!?」
春人は思わず顔を逸らす。
「んー?どうしたのもも君?」
不思議そうに首を傾げるくるみに春人は顔を赤くし指摘する。
「服っ!前っ!開いてますっ!」
一言ずつ早口に言葉を並べる。
というのもくるみが着ているパジャマのボタンがすべて外れているのだ。
「おー、本当だぁ。パジャマ脱げてるぅ」
特に驚いても恥かしがってもいないのかくるみは相変わらずマイペースに自分の姿を確認する。
「もも君が脱がせてくれたのぉ?着替えるの手伝ってくれたぁ?ありがとねぇ」
「何言ってんですか!違いますよ、最初からこうでしたから!」
なぜこうも落ち着いていられるのか。もしかしてまだ寝ぼけているのではないか。
とりあえず前を隠そうと春人がくるみのパジャマに手を掛けると、これまたタイミングが悪いのかいいのか部屋の扉が勢いよく開いた。
「おっはよーお兄。いつまでも寝てるとドロップキックで叩き起こす……よ……」
扉の奥から現れた琉莉と目が合う。表情は入ってきたときのまま固まり思考が停止しているようだ。
春人もそれは同じでくるみのパジャマに手をかけた状態で固まる。
状況的には非常にまずい。パジャマが開けたみだらな姿のくるみに春人が迫っているような絵だ。
お互いに固まっていると琉莉がスマホを取り出して――。
パシャッ。
写真を撮り始めた。
ここで春人も正気を取り戻す。
「おい。なんで今写真を撮った」
「兄が犯罪に手を染めった決定的瞬間を収めた。これはもう言い逃れできない」
「待て。少し話を聞いてくれ。俺は悪くない」
「罪を犯した人は皆そう言うんだよ。私もショックだよ。家族に犯罪者が出るなんて。しかも性犯罪」
「だから聞けって。これは誤解だ」
「誤解ってどの辺が?」
脱ぎかけのパジャマに手を掛けているこの状況――全くもって言い逃れもできない構図だ。
「お前の気持ちもわかる。俺だってよくわかってないしな」
「そんな曖昧な言葉で私が納得すると思ってるのお兄」
「………」
「………」
お互いに黙って見つめ合っていると琉莉が身体を反転させ廊下へと駆ける。
「美玖さん香奈さん!兄さんが!兄さんがぁーっ!」
琉莉の大声が建物内に響き渡る。
「待て待て待てっ!やめろ琉莉っ!」
春人も琉莉を追って部屋を飛び出す。ドタバタと騒がしく音を立てる。
そんな二人が飛び出していったのをくるみは、ぼーっと見届け一度大きく欠伸をする。
「ふぁ~~~……まだ眠いぃ」
ベッドにパタンとうつ伏せに倒れ再び夢の世界へと戻っていった。




