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48話 やりづらいよこの人!

「これは何を始めるんだ?」


 砂浜を散策していると香奈が砂にポールを突き立ててネットを張っていた。


「おっ、ちょうどよかった、呼びに行こうと思ってたんだ」


「春人これからビーチバレーをやろうと思うんだ。君も参加してくれないか?」


 ボールを手に持った葵が近づいてくる。どうやらビーチバレーの準備をしているようだ。


「へー。こんなのまであるんですか。いいですよ俺もやります」


 特に断る理由もなかったので春人は快く承諾する。それを聞き葵も「ありがとう」と礼を言う。


「かいちょー、ネット張れましたー」


「うむ。では始めようか」


「えーと、どうやってやるんですか?一対一ですか?」


「いや、美玖も誘ってあるから二対二で行おう。くるみと琉莉は見学しているようだ」


 葵が視線を作ったコートの端に送る。そこにはパラソルの陰でこちらを見ているくるみと琉莉の姿があった。


「まあ、琉莉はやらないでしょうね。あいつ運動苦手ですし」


「くるみは苦手というわけではないが危なっかしくてな。本人も見ていると言っているので見学してもらっている」


 葵の言葉に春人は納得してしまう。くるみがスポーツなんかしたら確かに危なっかしくて見てられない。ただでさえそこら中で転びまくっている人だ。運動してたら怪我をしそうで気が気でない。


「会長お待たせしました」


 葵と話していると美玖がやってきた。


「おお、美玖どこ行ってたんだ?」


「え……春人君そういうこと聞かない方がいいよ」


「え、えーと……」


 急にじとーっと冷めた目で見られたので春人はたじろぐ。


「そうだよ春人。美玖トイレ行ってたんだから聞いちゃうのはデリカシーなさすぎだよ」


「香奈こそなんで言うの!」


 隠していたのに香奈が簡単に春人へ口を開く。香奈へ詰め寄っている美玖を見ながら春人は申し訳なさそうに頭を掻く。


「あーっと……なんかごめん」


「う……いい、なんか謝られると余計恥かしい」


 ほんのりと頬を染め拗ねたように唇を尖らせる美玖。

 少々気まずい空気が流れるがそれを壊すように葵が声をかける。


「ではまずはチーム分けだな。一応クジを用意したが」


「本当に何でもありますね。俺はクジでいいですよ」


 特に反対する者もおらず各々くじを引き、春人、美玖のチームと葵、香奈のチームで別れた。


「よろしくな美玖」


「うん、よろしくね春人君」


「会長お願いします!」


「ああ、よろしく頼むよ香奈」


 各自ネットを挟んで別れ葵がボールを持つ。


「では始めるぞ」


「はい、お願いします」


 葵は高く上空へボールを放る。膝を曲げ下半身に溜めた力を開放するようにジャンプしボールに手を振り下ろす。


 スパンっと音が響きボールが春人の右前方に飛んでくる。


「よし、って……」


 春人は砂に足を取られバランスを崩すが辛うじて手が届きボールは空に上がる。


「悪い美玖、変な方に飛ばした!」


「ううん……だいじょう、ぶ!」


 美玖ももたつく足場で何とかボールに追いつき春人の方に返してくれる。それを春人はタイミングを見計らいジャンプしようとするが――。


「おっ!?全然飛べねえ!」


 タイミングがずれ弱々しく叩かれたボールが葵たちのコートに返ってくる。


「会長あげ、ます!」


「ああ、うまいぞ香奈。ふっ!」


 春人と違い高く飛んだ葵は完璧なタイミングでボールを捉え強烈なスパイクを叩きつける。

 あっけなく点を決められ春人と美玖は転がるボールを呆然と目で追う。


「はー、会長よくこんな所で動けますね」


「私はここに来るとたまにビーチバレーで遊んでいるからな。経験の違いだよ」


「それでも動きにキレがありましたよ。会長運動得意ですよね?」


「まあ、ある程度に動くくらいならできるさ」


 あれである程度なのかと春人は苦笑する。明らかに動きからして春人たちと違う。この砂場での体の使い方を熟知している。


「遊びでやってただけとはいえ経験者だ。ハンデはほしいか?」


「いりませんよ……っと美玖もいたんだ。どうする?」


 春人一人だけなら当然そんなものいらないと突っぱねるが今回はチーム戦。美玖の意見も聞かなければいけない。


「ううん、私もいらないよ」


 春人の問いに美玖ははっきりと答える。春人と同じでこういった勝負ごとには真剣なのか美玖の目に強い意志が感じ取れる。


「そうか。つまらないことを聞いてすまない」


 二人の気持ちを理解したように葵は小さく笑みを作る。


「では本気でやらせてもらおう。その方が楽しいからな」


「当然です」


 春人は口角を上げて笑う。勝負事なのだこうでないと面白くない。


(しかしどうするかな……こう動きにくいとやりにくくてしょうがない)


 春人は砂に埋まる足を踏みしめながら考える。


(普通に踏み込むと足が埋まるんだよなー。力が逃げちまう)


 いろいろ考えたすえ春人は顔を上げる。その顔は楽し気に笑っている。


(まあ、やってるうちに慣れるだろう)


 特に解決方法も決まらないが春人に焦った様子もない。このどうしようもならない状況を楽しんでいる節もある。本当にどうにかなると確信しているようにその顔は自信にあふれていた。


 そんな春人の様子を琉莉は遠くから眺めていた。


「兄さん楽しそう」


 呟くように小さな声はどこか優し気で安心したような嬉しさが琉莉の顔に笑みとして表れていた。


「んー?琉莉ちゃんなんか楽しそぉ」


「え、そうですか?」


「うん、すごく嬉しそうだよぉ」


「そ、そうでしたか……ふふふ、兄さんが楽しそうなのでつい嬉しくなってしまって」


「もも君楽しそうなのぉ?」


 くるみは春人に視線を向ける。傍から見ると特に変化はなかった。くるみは首を傾げる。


「ん~~~。わからないなぁ。いつもと同じぃ?」


「私がそう思っただけです。あまり気にしないでください」


「そぉ?ならいいやぁ」


 特に興味もなかったのかくるみはすぐに春人から視線を外す。


「楽しそうっていうならあおちゃんも楽しそぉ」


「会長ですか?確かに活き活きしてますね。少し驚きです」


「んー?」


 琉莉の言葉にくるみは首を傾げる。


「会長はもっとお堅い人だと思っていました。ここに来る途中で大分その辺の考えは改めましたが皆と遊んでいる会長を見てるとただの子供みたいで」


 楽しそうにはしゃいでいる葵は年相応の女の子といった様子だ。学校での凛々しい会長としての顔は今は見えない。


「あおちゃんは元々こんな感じだよぉ」


「そうなんですか?」


「うん、昔から皆と遊ぶの大好きな子だよぉ」


「学校の印象とはだいぶ変わりますね」


「そうかなぁ、いつも友達想いのいい子だよぉ」


 くるみはにへーっと溶けるように笑顔を作る。いつも以上に緩んだ顔はどこか安心しきったくるみの心情が表れているようだ。


「……会長のこと大好きなんですね、くるみ先輩」


「うん、好きだよぉ。琉莉ちゃんももも君のこと大好きだよねぇ」


「え、私は別に……」


「もも君の小さな変化にも気づくなんて間違いなく大好きだよぉ」


 揶揄いなどを含んでない純粋な気持ちで言っているのがわかる。琉莉はくるみから視線を外しコートの方へ移す。


「気のせいですよ先輩」


「えー、そんなことないよぉ」


「いえ気のせいです」


 琉莉は絶対に認めないと語尾を強くする。そんな琉莉にくるみは、むむっと唇を尖らせる。


「んー、意地っ張り……とうっ」


「え?ちょっと先輩?」


 くるみは突然琉莉に抱き着き頬と頬をすりすりと合わせだした。


「素直じゃない子にはお仕置きだよぉ」


「えーと……これはお仕置きなんですか?」


「そうだよぉ。どう?気持ちいいでしょぉ」


「気持ちよかったらお仕置きにならなくないですか?」


 訝し気に視線を向ける琉莉。だがくるみはそんなことお構いなしに琉莉にべたべたくっついている。


(う~~ん、やりづらい!やりづらいよこの人!何考えてるかよくわからないし!)


 琉莉はにへにへと顔を緩ませているくるみを見る。お仕置きとは何なのか。そもそもの目的を忘れ楽しんでいるように幸せそうな顔をしている。


(すごく可愛らしくて私好みなんだけど……どうにもなぁ……)


 つい表情がにやけそうになるが琉莉は踏みとどまる。学校の先輩を前に素を見せるわけにはいかない。必死に猫を被り直す。


「あの先輩、そろそろ離れてもらえないでしょうか?」


「えーダメだよぉ。こんなに心地いいのに離れるなんて勿体ない。やっぱり兄妹だと似るのかなぁ」


「?どういうことですか?」


「前にもも君に抱き着いた時も落ち着いたんだよねぇ。もも君結構がっちりしてて安心感あるよねぇ」


「抱き着いたって……いったいなにが……」


「んー、この前もも君の教室に遊びに行ったときに抱き着いたのぉ」


「教室で?」


「教室でぇ」


 琉莉の表情が硬くなる。自分の兄が妹の知らないところで先輩に不埒なことをしていた。このことに対して琉莉は憤りを感じていた――わけではなく。


(なにその面白そうなシチュエーション!見たかった!あー!私としたことがぁぁぁっ!)


 その場面に立ち会えなかったことに酷く後悔していた。


「あの、そもそもなんで抱き着いたんですか」


「わからせてやろうと思ってぇ」


「わからせ?」


「うん」


(う~ん、やっぱりよくわかんないなこの先輩)


 説明を聞いてもいまいち理解できず琉莉は空を見上げる。雲一つない綺麗な空だ。この空のように琉莉は一度きれいに考えることを止めた。


 ――スパーンッ!


 琉莉とくるみが話している間も春人たちの試合は続いていた。そして今ちょうど葵がスパイクを決めたところだ。


 葵と香奈がハイタッチを決めている。


「やっぱりあおちゃんすごいねぇ。このままあおちゃんたちの勝ちかなぁ」


「いえ、わかりませんよ」


 何気なく口にしたであろうくるみの言葉に琉莉が確信めいた力の入った言葉を返す。


「んー?どうしてぇ?」


「兄さんはスポーツでは負けませんから」

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