46話 高校生ってこれが普通なのか
「わぁーーーっ!でぇっかっ!」
葵の別荘につくなり香奈が目と口を大きく開き驚愕する。だが気持ちもわかる。香奈ほどではないが春人たちも似たような反応だ。
まず別荘周りを囲う塀がとにかく広い。端から端が見えない。そして塀の門をくぐり別荘までがまた距離がながーーーい。
「これどれくらい広いんですか?」
「そうだな。私も詳しくはわからないのだがそこに見えている山も喜多村家の私有地だぞ」
葵は何気なく山の方を指さす。春人はもう言葉も出ない。
「あおちゃんの別荘ほんとーに広いねぇ。いつも迷子になりそうだもん」
「くるみ、君はいつも迷子になっているだろう。だから今回はできるだけ私のそばにいてくれ」
「えー、私いつも迷子になんてなってないよぉ」
くるみは不満そうに眉を顰めるが全く信用できない。無自覚に迷子になっている人だ。絶対こんな広い別荘くるみが迷子になる未来しか見えない。
ようやく建物の玄関までたどり着き葵が鍵を開けると再び感嘆の声が漏れる。
「中もすごい豪華ですね。俺シャンデリアって初めて見ました」
エントランスホールには光り輝く大きなシャンデリアが吊り下げられていた。こんな大きなシャンデリアが置けるのだから当然建物内も広い。エントランスは吹き抜けとなっており正面の階段から二階に上がれる。階段も中腹で二股に分かれておりなんだか海外の洋館を彷彿とさせる。床に敷かれたワインレッドのカーペットも建物の品格を高めている。
口を開けて呆然と立ち尽くす春人たちに葵が苦笑し話しかける。
「大体皆最初はそんな反応だな。とりあえず荷物を置きに行こう。案内する。その後は各自水着に着替えて海に集合としよう」
葵の言葉に頷くと皆それぞれの部屋に案内される。部屋の広さと豪華さに再び口をぽかーんと開けることになった。
水着に着替えると春人は一早く砂浜に来ていた。
「やっぱり俺が一番か。まあ、男の着替えなんて大して時間もかからんしな」
とりあえず何もしてないのも暇なので事前に準備されていたパラソルなどを設置する。砂にパラソルの棒を突き刺し安定させる。周りにシートを敷けばそれっぱくなった。
「こんなもんか……みんなまだかな」
春人は別荘がある方に視線を向ける。すると一人こちらに向かってくる人影が――。
「あ、いたいた。お兄お兄お兄」
「なんだよ慌てて。どうした?」
駆け足でこちらに寄ってくる琉莉に春人は首を傾げる。
琉莉はワンピースタイプのフリルがたくさんついた水着を着てきた。少々子供っぽくも見えるが幼さが残る彼女にはとても似合っていた。
たどり着くと琉莉は目をくわっと開けて何やら力説し始めた。
「すんごいの!美玖さんの胸めっっっちゃでかい!」
「……お前何かと思えば……」
いきなり何を口走り始めるのだろうか。春人は目を細め本気で引いていた。
「おいおいお兄そんな反応してていいのか?このあと来るんだよ。大きなおっぱいの美玖さんが。私の見立てだとあれは……E?F?」
「それを聞かされたって俺にどうしろっていうんだよ」
本当に反応に困る。クラスメイトの胸の大きさを妹に聞かされる兄の気持ちを考えてほしい。
「これは妹の親切心なんだよ。あんなのお兄には刺激が強すぎるからね。事前に知っとけば少しはきょどらずにいられるんじゃない?」
「んだよそれ。余計なお世話だ…………そんなに大きいの?」
「うん、でかい。すんごーーーくでかい」
琉莉は胸の前で山を作る様に手を動かす。それを見て思わず春人は唾を飲み込む。ここまで言われると気になってしまうし意識してしまう。
「むしろ聞かされない方がよかった感がある。なんかドキドキしてきたし」
「わかるよお兄ー。私も見たときはすごいドキドキしたもん。あんなに大きいのに垂れずに張りがあるんだからずるいよねー」
「詳細に説明してくんなっ。これ以上ドキドキさせんなっ」
「まあ、若いから当たり前か本当に綺麗なおっぱいだったんだ――イタイッ!」
「いい加減しろ。もういいっての」
春人は琉莉の後頭部にチョップを叩き落とす。琉莉はその場に蹲り頭を押さえる。
「う~~、DV!DVだよこれはお兄!」
「お前もいつも似たようなことしてるだろ。つうかお前の方がやばいことしてるからな」
涙目で訴えてくる琉莉を春人は冷めた目で見下ろす。普段春人が受けていることに比べたらこんなもの優しく思える。
そんなくだらないやり取りをしていると砂浜の砂を踏み固める音が近づいてくる。
「あー、いた琉莉ちゃん。一人で出てっちゃうからどこ行ったかと思ったよ」
「ごめんね美玖さん。兄さんが一人で寂しくしてると思って」
手を振りながら近寄ってくる美玖。琉莉も一瞬で猫をかぶり会話をしている。
「春人君もお待たせ」
「あ、ああ……」
春人は思わず視線が下がりそうになるが必死に美玖の顔に視線を固定させる。
(あっぶねーーーーー!マジでやばい……え?高校生ってこんななの?)
遠目で近づいてきているときに春人は確認していた。それはまあしっかりと目に焼き付くまで。
(これは本当にまずい。琉莉の言う通り事前に聞いててよかったかもな。じゃなかったら絶対目で追ってた)
だがこれは春人にとって死活問題だ。どうにかして冷静さを取り戻さないとまともに美玖の方も見れない。
春人は琉莉の方へ視線を向ける。
無いことはないが美玖と比べると無いに等しい。そもそも比べるのがおこがましい。それほどの差が二人にはあった。
「?どうしたの兄さん?」
「こうも違うんだな。琉莉見てるとなんか落ち着いてきたわ」
「…………は?」
琉莉は春人の言ってる意味が分からず疑問符を浮かべていたが、その視線の先に気づき言葉の温度が急激に下がる。
「兄さんセクハラで殺すよ」
「訴えるとかじゃなくて殺すかよ。つうかお前にも責任があるんだからな」
「は?胸が小さい私が悪いって?は?」
「そういう意味じゃねえ!事前に意識させるようなことしただろってことだよ!」
瞳孔の開ききった瞳でマジギレしている琉莉を春人は何とか宥める。
「どうしたん二人とも?喧嘩?」
「兄さんが私と美玖さんの胸を――ッん!?」
「違う!何でもないぞ!なんでも!」
とんでもない爆弾を口にしようとした琉莉の口を春人は慌てて塞ぐ。香奈は訝し気に眉を顰める。
春人は琉莉の耳元で小さく声を出す。
「お前流石にそれはまずいだろ」
「ぷはっ!ふんっ。お兄なんて社会的に死んじゃえばいいんだよ。人の身体的特徴をバカにして」
「だから違うっつうの」
「見てなかったと?」
「見てたけども」
「やっぱり有罪。ギルティ」
歯を軋ませ威嚇するように琉莉は春人を睨む。
春人もまあ比べたかといえばイエスなのでちょっとした罪悪感はある。
「わかったよ。俺が悪かったから。だから美玖とかに言うな。絶対」
「……はっ、わかったよ、しょうがないな」
琉莉は最後に吐き捨てるように言い一応納得してくれたようだ。これでやっと春人もほっとする。
気を取り直して二人に向き直る。
「悪いな。ちょっと兄妹で話があって」
「別にいいけど……なんでそんな慌ててんの?」
「気にするな、ちょっとな」
これ以上話を広げてほしくない春人は美玖に話を振る。
「えーと……水着よく似合ってるな」
春人が真っ先に目に入ったのは水着だ。白色のビキニタイプの水着に黒のインナーが見えている着こなしがとても魅惑的で美玖のスタイルを際立たせていた。
「え……うん、ありがと……」
春人が咄嗟に口にした言葉に美玖は戸惑いを見せる。少し気まずい空気が流れる。
(あ、やらかしたか……つい水着褒めちゃったけど、これまずかったか……)
焦っていたとはいえ口走ったかと春人は冷や汗が噴き出してくる。
そして美玖の反応もおかしい。意味もなく前髪をいじりながら視線は全然春人に合わせない。頬も少し上気している気がする。
お互いそんな感じで固まってしまったため代わりとばかりに香奈が口を開く。
「へーーー、春人やるねー」
感心したように声を漏らす。
「は?何がだよ」
「ちゃんと乙女心わかってんなって。水着をしっかり褒めてくれる男子はポイント高いよ。美玖も照れてるし」
「ちょっと香奈っ」
慌てて香奈に身体を向ける美玖。その際ひと際主張をしてくる部分が大きく揺れる。
(マジででかいな)
近くで見るとよりその大きさがわかる。
やはり高校生にしては大きい方だと思う。その辺のグラビアを飾るモデルよりも春人には魅力的に見えた。
「……でしょお兄?」
「ああ、想像以上だ」
ドヤっと笑みを作る琉莉。これには春人も同意するほかない。
「全員着替え終えたみたいだな」
葵がくるみと共に姿を現した。その姿に春人を含め全員目を奪われる。
「はーーー、会長スタイルやばいですね」
「ん、そうか?これくらい普通じゃないか?」
「いやいや、その手足の長さに細さ。しっかりとくびれた腰。女子が必死に追い求めてるものですよ!」
「そ、そうか……お礼を言っておけばよいのか?」
香奈の熱の入りように葵は珍しく気圧されてしまう。女子としては憧れのスタイルなのだろう。香奈の目が本気である。
「もも君どう?私の水着はぁ」
てとてととくるみが春人に近づく。
淡い水色の水着は彼女によく似合っていた。
「似合ってますよ先輩。とても可愛らしいです」
「ほー、そうかぁ。ふふ、ありがとーもも君」
そのまま、またてとてとと葵の方に帰っていき「褒められたぁ」と報告している。いちいち動きが可愛い人だ。
「そうか、よかったなくるみ。くるみは君によく懐いているみたいだな。いったい何があったんだ?」
「会長が知っている以上のことはないと思うんですけどね。誰にでもそんな感じじゃないんですか?」
「確かにいつもふわふわとしているが特定の誰かにここまで好意を示しているのは初めて見るな」
「好意、ですか……?」
「ああ、こんなに君に対してべったりなんだ好意と言わずなんていうんだ」
「まあ、確かに……」
くるみの態度からも間違いなく嫌われているなんてことはない。それは春人でもよくわかる。ただいきなり好意があると言われると少しこっぱずかしくもある。
そんな春人の心を見透かしたように葵は薄く笑みを作る。
「年頃の男子だ。好意があると聞けば恥ずかしくもなるだろう」
「……なんでもお見通しですね」
「そうでもないさ。実際この話を聞いて君がどう捉えたか私にはわからんからな」
「少なくともその好意という言葉で勘違いするようなことはないですね。あくまで友人としてのものです」
「ああ、そうだな」
葵はなにか安心したように笑い話を終える。ここまでも全てお見通しだったようなそん気がしてならない。
「それで春人。私には何も言ってくれないのか?」
葵は春人に見せつけるように水着姿を晒してくる。
黒いビキニの水着が葵のスタイルの良さを際立たせている。似合ってないはずがない。
「とてもお似合いです会長」
「うむ、ありがとう」
ありきたりな褒め言葉だったが葵はそれで満足したらしい。
「よし、それでは皆自由に楽しんでくれ。あまり沖の方には行くなよ」
葵の声に皆元気に返事する。待ちに待った海である。
「さて何するかなー」
春人は適当に手足を伸ばしながらまず何から始めるか考えてると横から香奈が顔を出す。
「おいおい、春人や」
手でこちらに注目させるように手招きしてくる。
「なんだ?どうした?」
「一つ忘れてない?大事なこと」
「大事なこと?」
何のことだと春人は首を傾げる。そんな春人に香奈は不満げに頬を膨らます。
「あるでしょっ。ほら!あたしの水着姿。どうよ?」
香奈はグラビアモデルのように腰に手を添えポーズを決める。決めてはいるが全然様になっていない。
「んー?あー似合ってるぞー」
「ちょっと適当!あまりにも適当過ぎる!」
春人の雑な対応に香奈は不満を口にする。
「あたしだけなんか違う!」
「いや確かに適当だったかもしれんけど似合ってるぞ?」
「もっと心を込めていってほしい。はい、もう一回!」
「めんどくせー」
春人は煩わし気に顔を顰める。しばらく香奈が納得するまで相手をすることになった。




