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164話 それはもっと大切な時に

「さて、二回目か」


 棒を引いた葵が書かれていた王の字を確認し呟く。


 引いた後、何やら考えるようにしばらく黙っていると不意に春人に視線を向けてきた。「ふむ」と急に含みのある笑みを作り始め命令を口にする。


「では命令を発表しよう。四番が五番にお菓子を食べさせる」


 流れに従い同じ命令を口にする。一体先ほどは何を時間を掛けて考えていたのかその疑問はすぐに解決する。


「四番は私ですね」


 美玖が棒の番号を見せる。

 そうなると美玖の相手は誰なのか。皆がお互いの顔を確認しながら様子を窺っていると――。


「……五番です」


 恐るおそると春人が手を上げる。

 これを見て美玖の表情が一変する。


「え、はる君?」


「そうだな……」


「……ふふふ」


 嬉しすぎて言葉が出ないのか顔がだらしなく緩む。

 春人もまさかここで美玖との組み合わせに選ばれるかと驚いたが……。


 春人は葵を見る。その視線に気づいた葵が少し口角を上げた。もしかしなくても狙ってやったのだろう。

 春人でも琉莉を狙い撃ちできたのだ。葵だってできてもおかしくはない。


 葵の底の見えない恐ろしさに冷や汗を流している間に美玖は活き活きとテーブル上のお菓子を物色していた。


「ど~れにし~ようかな~♪」


 鼻歌まで歌い出しご機嫌な美玖。

 一体何を選ぶのか春人は気になりその様子を観察していた時だ。


「よし。これにしよ――」


「ちょっと待った」


 お菓子を掴んだ美玖の手を春人が即座に掴む。

 そうなると当然、美玖から怪訝な視線を向けられる。


「どうしたの?はる君」


「一応。一応ね。聞くけど……それどうやって食べさせてくれるの?」


 春人は美玖の手に持ったポッキーに視線を落とすと美玖もつられるように視線を動かし――。


「口移しだよ?ほら、ポッキーゲームって言うし」


「却下」


 当たり前のように返す美玖に対し、やっぱりかと春人はため息を吐く。

 ポッキーを手に持った瞬間に嫌な予感がした。美玖ならそうするだろうと野生の勘的なものが働いた。

 呆れたような表情を春人が作っていると美玖は少し不満げに頬を膨らませている。


「美玖、意味わかってるか?口移しだぞ。ポッキーゲームだぞ。最終的にどうなるかわかってるのか?」


「わかってるよ。いつかはするんだからここでしても変わらないよ」


(いやいやいや!何言ってんのこの子!)


 今日はいつも以上に暴走している。先ほどの春人とくるみのやり取りでフラストレーションが溜まっているようだ。


 春人は美玖を手招きし身体を寄せる。


「ちょっと美玖こっち」


「なに?」


「最終的にどうなるのか本当にわかってるんだよな?」


「わかってるって。どうしたのはる君」


「じゃあどうなるのか教えて」


「そんなのポッキーゲームなんだから最終的にはお互いの唇が触れて……き、き、キス、するんでしょ……?」


「なんで今更照れるんだよ」


 徐々に赤面し始め、尻すぼみに小さくなる声に春人は呆れる。頭ではわかっていたが口に出して実際に自覚したということなのだろうか。


「あのな。よく聞け」


 春人は少しトーンを落とす。


「俺はさ、まだ美玖にちゃんと答えを出せてないクソ野郎だけど美玖のことは大切に思ってるんだよ」


「う、うん。それはわかってるよ」


「だからさ。折角の……二人の思い出になるようなことをこんな形で終わらすのはだめだろ」


 諭すような春人の言葉に美玖は目を丸くする。


「その……ロマンチックとかそういうのは俺にはよくわからないけどさ。今は違うことだけはわかるよ。やるなら後で思い出して二人で喜び合えるようなときじゃないと」


 羞恥を誤魔化すように視線を逸らし頭をガシガシと掻く。

 自分でも何を恥ずかしいことを言ってるのかと思うが本当にそう思ったのだ。

 美玖の為にも自分の為にもここで受け入れてしまっていいものではない。


 春人の言葉は美玖にも伝わった。


「……うん、そうだよね。ごめんね」


 美玖はお菓子から袋詰めされているよく見かけるキューブ状のチョコレートを摘まむと春人の口許に運ぶ。


「はい、はる君」


「このチョコでいいのか?」


「うん。どこにでもあるこのお菓子が今の私たちにはぴったりだよ。はい、あ~ん」


「そうか……あ~ん」


 チョコレートが口の中に転がり込む。

 甘い。先ほどより数倍甘いチョコに春人は頬を緩ませる。どちらともなく視線が合うと二人して微笑みあってしまう。


 そんな甘ったるい空気を周りにまき散らしているが周りも黙って見ているわけもなく――。


「ほんっとにいちゃつかないと気が済まないの二人は?」


 香奈がツッコミを入れて壊す。壊さないとやってられないのだろう。見てる方としてはただただ胸焼けしそうな光景なのだから。


「まあまあ、とりあえず私の命令は遂行されたんだ。次に移ろうくるみ」


「は~い。みんなぁ棒引いてぇ」


 葵とくるみによって強制的に場の空気がリセットされる。

 それぞれ棒を引いたところで――。


「あ、やっと私だ」


 握った棒を琉莉が高く掲げる。初めて回ってきた王様だ。心なしか嬉しそうに口元が緩んでいる。


「ずっと同じ流れだけど……三番が一番にお菓子を食べさせる」


 盛り上がっているので特に変える必要もないと思ったのかまた同じ命令を口にした。


「一番は私だな」


「え、会長ですか?」


「何をそんな驚いているんだ?」


「いや、その……三番俺です」


 春人が棒の数字を見せる。これには葵も驚きを露にする。


「これは驚いたな。私は春人に食べさせてもらうのだな」


「そうなりますね」


「ふむ、異性に食べさせてもらうなんて初めての経験だな。少しわくわくするな」


「ドキドキとかじゃないんですね」


 なんとも葵らしい言葉に思わず苦笑する。

 春人は直に指で触るのを避けるためにテーブルに用意されていたケーキを一口サイズフォークですくい上げる。


「会長これでいいですか?」


「あぁ、君から貰えるものなら何も文句なんかないよ」


「あはは……では……あ~ん」


「あ~ん」


 葵の口にケーキを運ぶと、ぱくっと咥える。唇の隙間からフォークを引き抜く際の光景が妙に色っぽく見え思わずドキッとしてしまう。


「ふむ、こんな感じなのか。美味しかったぞ」


「それは……よかったです」


 口許を押さえ満足したように葵は感想を口にする。

 葵相手にこんなことをすることになるとは……春人には荷が重かった。どっと緊張で疲れが出てきた。


(はぁー、心臓に悪いぞ)


 内心でため息を吐き疲れを一緒に吐き出そうとする。だがそんなとき誰かに見られているような視線を感じ春人が振り向くと――。


「う~~~……」


 何やらこの世の終わりのようなすごい表情を作る美玖がこちらを見て唸っていた。

 春人は頬を引きつる。


(いや、だって……仕方ないじゃん)


 王様に選ばれたのだからと春人は弁明するがそういうことではないのだろう。

 それからしばらくまた美玖の機嫌取りが始まるのだった。

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