163話 躊躇いがないのも困るものだ
お腹を擦る琉莉が席に戻ったところで次の王様決めが始まる。今回王様になったのは――。
「やった!またあたし!」
香奈が引いた棒を振り回しながら嬉しさを身体全体で表現する。その際、倒しそうになったコップを美玖がぎりぎりキャッチし怒られていた。
「んーそうだねー。やっぱり王様ゲームなんだからこういった命令もしとかないとねっ」
香奈は目を輝かせて皆を見渡す。何やら嫌な予感しかしない。はたしてどんな命令を出すつもりなのか。
「はいっ、では命令!ドゥルルルル……ジャーン!二番の人が三番の人にお菓子を食べさせる!」
「……なるほどな。確かに王様ゲームらしい」
「でしょでしょ!それで誰かな誰かなー、二番と三番」
テンションが高い香奈にくるみが反応する。
「ん、二番私だよぉ」
「お、くるみ先輩ですか。じゃあ、くるみ先輩にお菓子食べさせてもらえる人は~?」
「…………俺だ」
春人は思いっきり顔を引きつらせつつおそるおそる手を上げる。
「おーこれはこれは」
にやにやと面白がるように香奈が笑う。
今回の命令で春人が入っていたのは香奈としては嬉しい展開だろう。
「なかなか面白い人選だったんじゃないかなこれは」
「ほんとにな。できれば俺は外してほしかったな」
「んー、こればかりは運だし。運がなかったと思って諦めてよ。あれ?運が良かったのかな逆に。まあどっちでもいいや、あたしは楽しいから!」
「ああ、見ればわかるよ。今の香奈、すっげえいい顔してるわ」
とても下種ないい笑顔を浮かべている。
「う~ん……もも君何が食べたいぃ?」
そんな香奈の思惑など知る由もないくるみがテーブルの上のお菓子を物色していた。本当に気づいていないのだろう。香奈を見た後にくるみを見たら天使と見間違えてしまうほどに今の春人には癒しだった。
「先輩がくれるものでしたら何でも嬉しいですよ」
「ん~、何でもは困るよぉ」
あれでもない、これでもないとお菓子をかき分ける。
「あっ、これにしよぉ」
悩みに悩み手に取ったお菓子はタケノコをモチーフにしたチョコレート菓子だ。箱を開けて中身のビニールも開けると親指と人差し指でお菓子をちょこんと摘まむ。
「はい、もも君、あ~ん」
「は、はい……先輩躊躇いないですね」
「ん?どうしてぇ?」
「いや、何でもないです。先輩らしいですね。これは」
くるみがこんなことで躊躇いなど感じるはずがない。良くも悪くも距離が近すぎるのだ。異性だろうと普通にこれくらいやってしまうだろう。
恥ずかしがっているのは春人だけだ。躊躇していてもいつかはやらなければいけない。
春人はくるみの小さな指で摘ままれたお菓子を凝視してゆっくりと口を開ける。
「あ、あ~ん」
「はい、あ~ん」
口にお菓子が入ったと同時に唇にお菓子以外の柔らかい何かが触れる。
「――ッ!」
反応しそうになるところを抑え春人はお菓子だけを器用に歯で挟むとくるみの指から受け取った。
チョコレートの甘い味が口の中に広がっていく。
「おいしぃ?」
「……はい、おいしいですよ」
「そうかぁ。よかったよぉ」
ふにゃっと柔らかい笑みを作る。この笑顔を見ていると不思議とこちらまで笑顔になってしまう。
少々引きつった笑顔を浮かべていると――。
「う~~~……」
こちらを羨ましそうに見ている今にも泣き出してしまいそうな美玖と目が合った。
(あ)
口を開けたまま固まる。
美玖の表情からなんとなく理解する。これはまた大変なことが起きそうだと――。
「先輩、次!次行きましょう!」
「ん?やる気だねぇ美玖ちゃん」
やけに気合が入った美玖に急かされくるみが棒を握った右手を突き出すと美玖はじーっと棒に視線を向け一本抜きとり、おそるおそる棒を確認する。
「これ!…………っ、やったー!私が王様!」
嬉しそうに両手をばんざいする美玖に春人は苦笑する。他の皆も何事かと視線を向けていた。
そんな急にテンションが変化した美玖が命令を口にする。
「王様からの命令です!二番の人!王様にお菓子を食べさせてください!」
元気に命令を口にした美玖からはどこかやり切った感がある。
先ほどの香奈の命令への対抗だろう。だが――。
「あの……二番ってあたしなんだけど」
そんな美玖へおそるおそると香奈が手を上げた。
それを見てガーンっと効果音でも聞こえてきそうなほどに落胆の感情を顔に表す美玖。
そんな二人のやり取りを見ていた琉莉が春人へ小声で話しかける。
「ねぇお兄」
「なんだ?」
「美玖さんって結構ポンコツだったりする?」
「あー……想像に任せる」
春人の前で見せる美玖は結構隙だらけだったりする。素の美玖を隠さずにいこうと二人で決めたが隙だらけな部分まで露見して少し残念な感じが出ているのは否めない。
香奈は適当なお菓子を選ぶと美玖の口に運ぶ。
「美玖、はい、あ~ん」
「……あ~ん」
あからさまに不満げな顔で香奈からお菓子を受け取る。香奈は「少しは隠せ」とジト目を向けていた。




