156話 お菓子選びと限定パフェ
土曜日の昼下がり、春人は琉莉と一緒にショッピングモールを訪れていた。
「いよいよ明日だねお兄」
隣で楽し気に笑う琉莉。子供のように笑顔を見せる琉莉は余所行きではなく家での顔だ。
「いいのか?猫被んなくて。誰が見てるかわかんねえぞ」
「こんなに人いるなら寧ろ私たちなんて一目でわかんないでしょ。それに私は学校と全然違うし、気づいても別人かなって思うよ」
「そんなもんかねえ」
確かに学校とは雰囲気から別人とはいえ見た目が変わるわけでもなく気づきそうではあるが。琉莉が気にしないのならいいだろう。
「そんなことよりお兄。いよいよ明日だねって」
琉莉はさっきと同じことを春人に言う。普段通りの調子で話してくるのでついつっこんでしまった。
「あぁ、そうだな。俺ハロウィンパーティーの作法とか知らないんだけどどうしよう」
「そんなもん私だって知らないよ」
「一応仮装……コスプレするみたいだけどどんなのがいいんだろうな。琉莉はもう決めたのか」
「うん決まってるよ」
「何着るの?」
「それは当日のお楽しみ」
ふふんっと得意げな顔を作る。
「別に勿体ぶらなくてもいいから教えてくれよ」
「だから当日の楽しみだって。その方がお兄もわくわくするでしょ?」
「お前のコスプレなんて特にわくわくもしないけど――ブフッ!」
突如わき腹に衝撃が襲った。琉莉の肘が春人のわき腹にめり込んでいる。
「いってぇ……お前なぁ」
「さあ、しゃべってないで早く行くよ。バカなお兄のコスプレ衣装も買わないといけないんだから」
さっさと先に行ってしまう琉莉を追って春人も歩みを進める。
しばらく店内の通路を行き交う人を避けながら進むと春人たちは目的の店にたどり着く。店先にはいろいろなお菓子が山のように積まれている。一目見てもわかるようにお菓子を専門に取り扱っている店だ。春人の仮装用の衣装も目的ではあるが今日の本命はこっちで衣装はついでだ。
「おぉ、お菓子がいっぱいだ」
「こんなにあると流石に圧巻だな」
店先のお菓子の山もそうだが店の中にも多くのお菓子が袋や段ボールで積まれている。
「やっぱりハロウィンだしお菓子はいっぱい用意しないとね」
「でもいいのか?俺たちもこう考えるならみんなもいろいろ買ってきそうだけど。食べ切れんぞ?」
「そん時は持って帰ってくればいいよ。うちはお兄がいるからお菓子なんて消費に困らないし」
「ポテチとか塩気があるものばかりじゃなければ大歓迎だけどな」
「ポテチなら私が食べるよ。ほら入ろうよ」
気もうきうきとしている琉莉に続いて店内に入り一緒にお菓子を選び始める。これだけのお菓子があると高校生とはいえテンションが上がる。意気揚々とお菓子の物色をしていた。
だがそれも最初の内だ。
「――こんだけあれば簡単に選べると思ったけど……」
「逆に多すぎて選べないねこれ」
定番物で攻めようと思えば物足りなさを感じ、逆に奇抜なもので行こうかと思えば線引きが難しい。
いろいろと悩んでいる中、琉莉がお菓子が入った袋を持ち上げて中身に視線を落とす。
「この目玉の……グミ?とかハロウィンっぽくない?」
「ぽいけどそれ美味しいの?」
「知らない。見た目はおいしそうじゃないけど」
「まずいの持ってってもなぁ……」
ネタ枠としてはいいかもしれないが果たしてこれは選んでいいものなのか。
とりあえず候補に入れて再びお菓子の物色を始めていた時だ――。
「あっ!」
急に琉莉が大声を上げる。周りのお客も何事かとこちらに視線を向けてきた。
「なんだよ急に。周りから見られてんぞ」
「お兄これ!これは絶対欲しい!」
琉莉は山積みになっていた段ボールの一つを掲げて見せてくる。
「ん、んー?これってお前が好きなやつか」
「そうそう。これは買おうよお兄」
琉莉が持っているお菓子は容器にスティック状の焼き菓子とチョコレートクリーム、トッピングが小分けになって入っているお菓子だ。焼き菓子をクリーム、トッピングの順につけていき食べる子供に人気のお菓子である。
琉莉は段ボールを抱きしめながら嬉しそうに顔を綻ばせている。
「買うのは別にいいけど。お前段ボールごといくつもりか?」
「ん?そうだけど?」
「いらんだろそんなに」
「いるでしょ」
「いやいらん。テーブルに十二個もこのお菓子あっても処理できんだろ」
「だから食べ切れない分は持って帰ればいいんだって。私食べるし」
絶対に飽きるだろうと思ったが春人も好きなものならいくらでも食べれる方だ。案外琉莉もこれくらいは平気で処理するかもしれない。
もう買うと決めているのか先ほどのお菓子の段ボールを小脇に抱えて他のお菓子を物色し始めている。小柄な琉莉には段ボールがとてもでかく見える。
春人は琉莉から段ボールを取り上げると持っていたカゴ――には入らなかったのでそのまま片手で持つ。
「探すのに邪魔だろ持っててやるよ」
琉莉は奪われた段ボールを見て一瞬怪訝な表情を作ったがその意味を理解すると、にひっと歯を見せ笑う。
「なになにお兄優しいじゃん。私のこと大好きかよ」
「あーはいはい、そうですね」
「うわぁー反応冷たい。妹に対する接し方じゃないよお兄」
「いいからお菓子選ぶぞ」
「は~い」
兄妹のバカみたいなやり取りを挟み、再びお菓子選びに没頭する。
最終的には定番ものから奇抜なものまでこんなにいるかと思う量を琉莉が選び会計を済ませる。
「いっぱい買ったねぇお兄」
「買いすぎだよまったく」
両手に袋をぶら下げ呆れてため息を吐く。
「そういえばまだ買い物あるよね?お兄のコスプレ。荷物邪魔かな」
「あー……まあ、あとで琉莉に荷物見といてもらってその間に買っとくよ」
流石に一度荷物を置きに帰ってもう一度来るのは面倒だ。琉莉には悪いが荷物番をお願いしよう。
だが――。
「ちょっと疲れちゃったし休まない?そこのカフェとか入ろうよ」
「そうだな。俺も少し座りたいとは思ってたし」
琉莉が指差すカフェに春人も視線を向ける。
店内に入ればウエイトレスの人が席まで案内してくれた。
「何頼もうかなぁ」
席に座ると早速メニューを開き琉莉がうきうきと表情を変える。春人もメニューを覗き見る。
「どうしようかな。コーヒーでいいかな」
「えー、折角だからもっと違うの頼みなよ。カフェモカとかどう?」
「あーそれでもいいかなー……ッ!」
メニューに視線を走らせていた春人の目が一点に止まる。
「……琉莉。もう決まったか?」
「うん、この抹茶のラテ」
「了解」
春人は早速店員を呼ぶと注文を始める。
「えー、この抹茶ラテを一つそれと――」
春人はメニューをめくりあるページを店員に見せる。
「このカップル限定パフェをお願いします」
「んな!?」
店員へ注文を伝えると琉莉が聞いたこともないような声を上げる。
それでも店員が不審に思うことはなかったようで何か微笑ましさでも感じられる視線を向けられ去っていく。
春人の意表をつく行動に琉莉は口をぱくぱくと鯉のように動かしながら抗議を口にした。
「ちょっとお兄!なんちゅうもん頼んでんの!」
「ちょっと目に入ってさ。見てくれよこれ。めっちゃ苺と生クリーム載ってて結構安い。たぶんカップル限定料金なんだろうな」
「いやパフェの中身はどうでもよくて。なんで注文してんのって」
「なんでって食いたいからだけど?」
春人の何を当たり前のことをといった様子に琉莉は呆れと苛立ちを示す。
「いや食べたいからだろうけど……カップル限定だけど?」
「そうだな」
「私たちカップルじゃないけど」
「何キモいこと言ってんだ?」
「ふんっ!」
「いったぁ!!」
琉莉は思いっきり靴先で春人の脛を蹴とばす。
「ダメだこの兄。スイーツ目の前にして知性が下がってる」
「お前……いきなりなにすんだ」
「こんなもん頼んで……はあ、こういうことは美玖さんとやりなよ」
机に突っ伏して痛みに苦しんでいる春人を見下ろしながら琉莉が冷たい視線を送る。こういうことは自分の担当ではないと。
「カップルねぇ……美玖さんだったら泣いて喜びそうだよ」
なんでわざわざこのタイミングで自分なのかと考えたら考えるだけムカつきがこみ上げてくる。
せめてもの腹いせに注文の品が揃ったときパフェのてっぺんに載っていた一番大きな苺を琉莉は問答無用でかっさらって頬張った。
春人の悲しげな表情がとても印象的だった。
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