155話 そういうところが惹かれる要因なんだろう
人間動けばお腹が減る。一通りスポッチャを楽しんだ春人たちはファミレスに移動していた。
「小宮お前……俺の純情を何だと思ってんだ!」
注文を済ませてドリンクバーでそれぞれ飲み物を揃えた後に谷川が眉根を寄せて元々怖い顔をより怖くしていた。
「いやー、谷川が元気になってよかったな」
「うっせえよ!あの女子たちお前の差し金だったんだな!俺のこと応援してくれてると思ったのに!」
「応援はしてたろ?」
「表面上だろうが!」
サッカーの後、女子たちがいないことといきなりの声援に遅れながら不審さを感じた谷川だったが小宮があっさり白状した。
その場ではとりあえず流されたがここに来て不満をぶちまける。
「表面上だとしても嬉しかっただろ?」
「嬉しかったけどよ!違うんだよ!」
春人も今回ばかりは谷川の気持ちもわかる。流石に少しかわいそうに思う。
「まあ、落ち着けって。小宮も一応は谷川を思っての行動だったんだからさ。お前の気持ちもわかるけど」
「くっ、俺だってわかってはいんだよ。これでも一応感謝してんだ」
先ほどよりも幾分か冷静になった谷川が顔を顰める。
「今日だって俺のために集まってくれたんだろ?」
「誤魔化したってわかるだろうしな。そうだぞ」
「そりゃそうだよな。いきなり誘ってきたからおかしいとは思ったけど」
「でもこうして元気になったんなら正解だったな」
小宮が腕を組み頷く。
小宮主動の今回の計画は見事に成功したと言っていいだろう。その証拠に谷川はいつも通りのうるさい谷川に戻っているのだから。
「でもさ、俺ばかり責められるのもなー。あれの立案者は百瀬だぜ?」
「立案って程じゃないだろ。ちょっと口にしただけだ」
「あれがなかったら俺もあんな方法思いつかなかったからな。流石だよ」
感心したように言ってくれるが春人としては――。
「俺からしたらお前が女子を本当に連れてきた方が流石だと思ったけどな。ほんと何してんだよお前」
「偶然だって」
おかしそうに笑う小宮。春人が口にしたタイミングでその場から消えたのだから偶然なんてことはないだろう。春人は呆れ気味に肩を竦める。
そうこうしているうちに注文していた料理が揃った。小宮がジュースの入ったコップを掲げる。
「そんじゃ谷川の全快を祝してかんぱーい!」
「……かんぱーい」
「乾杯」
小宮の乗りに乗り切れず春人と谷川もコップをぶつけ合う。教室の隅で大人しく過ごしている陰キャには小宮は眩しすぎる。
そんな乗りの悪い春人たちにも気にした様子はなく小宮は来た料理を美味しそうに食べ始めた。
「つうかよ」
しばらく料理に集中していたが谷川が口を開き始める。
「小宮が女子を手玉に取ってんのはわかるけどよ。百瀬も大概だろ」
「なんだよ急に」
「え、俺そんな風に思われてんの?」
突然罵る谷川に食事の手も自然と止まる。
「だってそうだろ。あの桜井に慕われてるなんて……羨ましすぎる」
本当に心の底からそう思っているのだろう。谷川の言葉には恨みつらみいろいろな負の感情が混ざり合っていた。
(慕われてるか。確かにそうなんだけど)
春人は顔を顰める。
「手玉には取っ手ねえからな俺は」
そこだけは否定しときたかった。
「俺も別に手玉に取ってるわけじゃないぞ?」
「確かに違うとは思うけど似たようなもんだろ百瀬は」
「いや違うだろ、なんだと思ってんだお前」
「なぁ、俺の話聞いてる?」
谷川から見た春人はどう映っているのか……。他にもこんな風に思っている人がいると思うと複雑である。
「実際さお前ら付き合ってんじゃないの?」
本当に最近はこの話が多い。春人は内心苦笑する。
「最近よく聞かれるけど別に付き合ってるとかではないからな」
「あれで?」
「あぁ」
「嘘だろ……あんな激甘空間作り出せる二人がか?」
「なんだよその空間」
「無自覚かよこいつ」
谷川が初めて見る呆れ顔を晒している。こいつにこんな顔をされる日が来ようとは思わなかった。
「あははっ、だよなー。無自覚だよな百瀬は」
二人の会話を聞いていた小宮がおかしそうに声を上げて笑う。
「でも付き合ってはないと思うぞ本当に」
「なんでお前にそんなことわかんだよ」
「わかるだろ、百瀬の反応見てれば。嘘ついてるようには見えないしな」
「は?なんだそれ。そんな感覚的な……」
「わかるって。百瀬嘘つく時鼻の穴膨らむし」
「え!?マジで!?」
「いや嘘」
「お前なんなんだよ!?」
咄嗟に反応してしまったが揶揄われたことに気づき春人は眉間に皴を作る。そんな春人の反応も面白いのか小宮はおかしそうに笑い出した。
「見ろよこのわかりやすい反応。こんな奴が嘘とか付けるわけないだろ」
「うーん、まぁ言われればそうかもしれんが……」
「そうだって。よかったな春人、疑い晴れて」
「なんでかな、素直に喜べねぇ」
腑に落ちないが一応は信じてもらえたようで春人は食べてる途中だったハンバーグに箸を入れる。
「付き合ってないんだったらなんなんだよお前ら」
「美玖も言ってたろ。幼馴染なんだよ」
「ならなんで今まで黙ってたんだよ」
「お前みたいのがうるさいだろうなって」
「はぁ~?俺が友達のことをそんなことで揶揄う人間だと思ってんのか?」
「そういう人間だろお前は」
自分の胸に手を当てて考えてみろと春人は思う。
「でも百瀬の気持ちもわかるけどな」
小宮が賛同するように口を開く。
「桜井さんの態度が明らかに変わった日からやっぱり百瀬への周りの態度も変わったもんな」
「小宮にはその件では世話になったな」
「気にすんなあれくらい」
春人に強い態度を取ってきた生徒との間に入ってくれた小宮に春人は本当に感謝していた。
「しかしなぁ……これから大変だと思うぞ百瀬」
「なにがだ?」
「やっぱり気づいてないか……」
小宮は苦笑し少し言おうか迷うような素振りを見せる。
そんな反応をされては春人も気になってしまう。
「え?なんだよ」
「んーまーいっか。女子たちの様子、なんか変わったなぁとか気づかなかった?」
「?いや」
「だよなー」
首をひねる春人を見て小宮は苦笑する。
本当に何が言いたいのだろうか。さっぱりわからない。
「百瀬今女子たちの間で株が上がってんだよ」
「え?なんで――」
「なんでそんなことになってんだよ!」
小宮の言葉に春人が反応するよりも先に谷川が大きな反応を見せた。
眉間に皴を寄せた怖い顔を作りながら谷川はテーブルに手をつき前のめりになる。
「なんでだ!なんで百瀬ばっかり!」
「お前元気になってからいつも以上にうっさいな」
「うるせえ!モテ期が来たからって調子に乗るなよ!それで!?なんでそんなことになってんだよ!?」
血走った目が小宮を睨む。流石の小宮もこの鬼のような形相に顔を引きつる。
「兆候は前からあったんだぞ。動画が出回ったあたりから。そして今回の桜井さんの態度の急変だ。桜井さんが特別視する男子ってだけでブランドが付くんだよなきっと」
「そんな人を物みたいに……」
「でもそうなんだぞ。中には桜井さんへの対抗心って女子もいるみたいだけどな」
「対抗心?」
「“学校一可愛い女の子”なんて言われてるけど皆がみんなそれを良いように思ってはいないってこと。中には妬んでる女子だっているぞ」
小宮の言葉に春人は顔を強張らせる。
確かに特定の人物を褒めるような噂を面白いと思わない人間はいるだろう。だが――。
「美玖が望んだわけじゃないってのに」
こんな噂、誰かが勝手に流したものだ。いわば美玖は被害者といっていい。そんな美玖に妬みや敵意を向けるのは違うのではないだろうか。
当然こんな考えが全て正しいとまでは思わない。人間なんだから感情で動いてしまうことだってあるだろうが……。
「お~い百瀬」
「ん」
「顔。ちょっと怖いぞ」
「………」
小宮に指摘されて気づく。自分でもわかるくらいに顔が強張っている。春人は頬に触れ固まった筋肉をほぐすように動かす。
「ははっ、こういうとこなんだろうな桜井さんが百瀬にだけ心開いてんの」
なぜか嬉しそうに笑う小宮に春人は訝しむ。
「なんだよそれ」
「わかんないならそれはそれでいいけど」
「あー、悔しいが桜井が百瀬のことを特別視するのもわかるわ」
谷川までそんなことを言うとは……自分だけ話についていけていない状況に春人は少しショックを受けていた。
「ほんとどういう意味だよ」
「こういうことは自分で気づかないとな。気づけないなら百瀬は今谷川以下だな」
「お前どういう意味だよそれ!?」
再び谷川が小宮に鋭い視線を向ける。その視線を受けながら小宮はおかしそうに笑っていた。
うまい具合にはぐらかされたようだ。
春人は二人のやり取りを何気なく眺めながら先ほどの小宮の言葉を反復しながら考えていた。




