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154話 単純すぎる男

 テニスにバッティング、アーチェリーなどいろいろな種目を遊んでみたが抜け殻になってしまった谷川が元気になることはなかった。


 今はサッカーで春人と谷川がボールを取り合っている。ボールは春人がキープしている。谷川も善戦していると思うがここってところで気持ちが乗り切れていないように思える。


 谷川がボールを奪いに来た隙に春人は谷川の横をすり抜けゴールへとボールを蹴り上げた。蹴ったボールは真っ直ぐにゴールへ吸い込まれネットを揺らす。


 転がっているボールを谷川がとぼとぼと拾いに行く。ゴールを決められた方が拾いに行くとルールで決めたがその後ろ姿を見て少し罪悪感が生まれてしまう。


(なんかいじめてるみたいでちょっとなー)


 そんなつもりではないのだがいつもの谷川との違いに調子が狂う。


「いやー百瀬流石の運動センスだな」


 小宮が感心するように笑って近づいてきた。


「つうか百瀬ってサッカーやってたか?」


 特段変わった質問でもなかったがその言葉に春人は表情を強張らせる。


「ん……ああ、やってたな」


 それでもほんの一瞬のことだ。小宮が不思議に思うことはなかった。


「やっぱりそうだよな。俺もサッカー部だからわかるけど身のこなしが違うからな」


「まあ、中学までやってたからな。――それはそうと」


 あまりこの話題を続けてほしくない。春人は話題を変えるため少し無理やりにでも話を逸らす。


「谷川、このままやってても意味あるんかなって思うんだけど」


「あー、それは俺も思ってた。これはどうしたもんか」


「だなぁー。谷川のことだから女子とかに声かけられたら元気にならんかなぁ」


「女子かぁ……」


 いつもの谷川なら女子と話せたら飛んで喜ぶだろう。だから何気なく言ったのだが小宮はしばらく考えるような表情を作っていた。


「どうした小宮?」


「あー、んや、なんでもない。ちょっと俺トイレ行ってくるからしばらく谷川と遊んでてくれ」


「ん、あぁ」


 わかった、と春人が言うと小宮は片手を上げ走っていく。するとちょうど谷川が歩いてきた。春人は反応が薄い谷川に事情を話し再び二人でサッカーを始めた。


 それからしばらく経ってのことだ。


「ん?」


 春人はコートの外で二人組の高校生くらいの女子がこちらを見ているのに気づいた。ただ少し気になったから、とかではなくじーっとこちらを見ている。

 一体なんだろうと思った時だ。


「「がんばれーっ」」


 なぜか女子二人から声援が飛んできた。


「え、なんだ一体」


 春人は突然の女子からの声援を不審に感じてしまった。そして流石に今までこれといって反応がなかった谷川までも女子たちの方に視線を向けている。


 本当にどうしたというのか。この状況を飲み込めないまま困惑していると更に春人を驚かすことが起こる。


「がんばれーそっちの目つきが悪い人ー」


 女子たちの視線。声援の向きが明らかに谷川に向いていた。これに気づかない谷川ではない。

 目には確かな生気が戻り始め、その目は女子たちに注がれている。


 だが春人は別に視線を動かしていた。気づけば小宮が戻ってきていた。何やら含みのある笑みを浮かべている。


(あいつ何したんだよ)


 状況的にどう考えても小宮が一枚噛んでいるのは確かだろう。そんな小宮に末恐ろしさを感じていると谷川が急に騒ぎ出した。


「よっしゃー!百瀬!次行くぞ次!」


「え、えー……」


 急に元気になった谷川に少し引いてしまう。


「お前さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたじゃねえか」


「うるせえよ!俺にもやっと春が来るかもしれねえんだよ!早く行くぞ!」


「何なんだよお前」


 先ほどまで少しでも心配していた自分がバカみたいだ。騒ぐ谷川に冷たい視線を飛ばしていると小宮が楽し気に近寄ってきた。


「やー、百瀬の言う通りやってみたら効果覿面だったな」


「お前何したんだよ」


「さっきトイレに行ったときに連絡先教えてほしいって声かけられてさ。だから教える代わりにそこの顔怖いやつの応援してあげてってお願いしたら聞いてくれた」


「お前すげえな」


 トイレに行ってる間にとんでもないことをしてくれた。まさか春人の思い付きを実現させるとは思わなかった。しかもそれがしっかりとした効果を出している。


「おーい!早くしろよ!さっさと始めるぞ!」


 先ほどまでの谷川はきれいにいなくなっていた。代わりにいつものうるさい谷川がそこにいた。

 女子を前に気合が入っているのだろう。


 それでもこれは小宮が作り上げた状況であって決して谷川に女子たちが引かれているわけではない。そう思うと浮かれている谷川がとても惨めに思えてくる。


「ほら!何やってんだよ!早くしろって!」


 谷川がうるさく騒ぐ。今この場で状況を理解できていないのは谷川だけだ。


「結構えげつねえことするな小宮」


「そうか?まあいいだろう。こうしてあいつも元気になったんだから」


 あははっと笑う小宮がちょっと恐ろしい。それでも谷川の調子が戻ったのは事実なので複雑だ。


 こうして春人たちがしゃべっている間も谷川はわーわーとはしゃいでいる。女子たちの心が谷川に向いていないとも知らずに。


「しょうがないから相手してくるわ」


「おう、いってらー」


 手を振る小宮に見送られ春人は谷川の方へ向かう。


 調子が戻った谷川だがそれでも春人に敵うことはなく女子たちも気づけばいなくなっており、かっこいいところを見せられなかったと谷川が春人へ理不尽な怒りをぶつけていた。

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