152話 イチャイチャの基準は
美玖が自分の気持ちを隠さなくなって一週間が経った。最初ほどの春人たちへの興味は減ったようだがそれでもいまだに学校では好奇な目は向けられる。“学校一可愛い女の子”と噂される美玖が特別視している異性となれば興味も引かれるだろう。
表向きは幼馴染だからということになっているが美玖の態度を見ればそれ以上の感情を持っていることは人によってはわかる。
春人へ因縁をつけてくる生徒もいた。だがそういった生徒は春人自身はそうだが香奈や小宮が言葉巧みに丸め込む、そして一度だけ春人に絡んできた生徒に美玖が対応したことがあったがこれがまた後々大変なこととなった。春人を馬鹿にされ頭に血が上ったのか美玖が静かな怒りを露にし生徒を言葉でねじ伏せた。それはまあ怖かったのだが自分がいかに春人のことを考えているか赤裸々に言うものだから春人自身聞いてて顔が熱くなった。それは生徒たちも同じなのか恥ずかしそうに顔を朱に染めているものもおり、香奈にいたっては呆れたようにジト目を美玖に向けいていた。
春人のことを思ってくれた気持ちはとても嬉しかったが美玖にこういった生徒の対応をさせるのはこれっきりとなった。
中には暴力的に絡んでくるような輩も想定していたのだが案外そういった生徒はいなかった。二学期始めに出回った春人の動画がそういった奴らを寄せ付けないでいた。喧嘩で春人に勝てないのはわかっているのだろう。
こういったこともあって春人たちに絡んでくる生徒は極端に減少した。
この短期間で色々なことがあったがそれでも普段の日常が戻りつつあった。
「おはよーはる君」
教室に入るなり美玖が声をかけてくる。
一時期はこれだけですごい視線が集まっていたが今はそれほどでもない。流石にもう新鮮味もないのだろう。
「おはよう」
春人は鞄を机に置くと椅子に座る。
すると美玖が自分の椅子を座ったまま器用に動かし春人の方へ寄ってくる。
「はる君はる君。来週の日曜日暇?」
「日曜日?」
「そう、香奈がねハロウィンパーティーしようって言ってるんだけどはる君もどう?」
「ハロウィン、パーティー?」
春人は美玖からもたらされた単語を繰り返す。
(ハロウィンパーティーとか本当にやる奴っているんだな。陽キャのパーティーってイメージがある)
最近ではハロウィンの季節になるとニュースで大騒ぎしている若者をよく見る。春人としてはあまりいいイメージが持てずにいた。
そんなことを考えていたからか自然と眉間に力が入る。
「……あまり乗り気じゃない?」
そんな顔をしていたからだろうか……美玖が不安そうに眉尻を下げていた。
「あ、いや別にそういうわけじゃないんだけど。というかなんでハロウィンパーティー?」
「ハロウィンの季節だからだけど?」
「まあ、そっか」
何を当たり前のことを、といった様子で美玖が首を傾げる。確かにそれ以外ないだろう。
「じゃあはる君も参加ってことでいいかな?」
「ん?あー……そうだな。いいぞ、どうせ暇だし」
「ほんとっ!?やったー!じゃあはる君もコスプレね!」
「コスプレ?」
太陽のような笑みを浮かべる美玖から何やら不穏な単語が聞こえた。
「コスプレってそんなに本格的な感じでやるの?」
「本格的って言ってもなんかそれっぽい耳とかマントとか付けるくらいだけどね」
「あーまーそれくらいなら……」
いいかと春人も納得する。
「はる君が来るなら琉莉ちゃんもだね。連絡しとこ」
うきうきな美玖がスマホへ指を走らせる。ハロウィンパーティーを心から楽しみにしているみたいだ。
「あっ、美玖~!」
教室の扉を勢いよく開けた香奈が手をぶんぶんと振りながら近寄ってきた。相変わらず元気な奴だ。
「春人に聞いた?ハロウィンのこと」
「うん。はる君来るって」
「おお、流石春人。来てくれると思ってたよ」
「どうせ暇だしな。ところで一体どこでやるんだ?」
「会長の家だよ」
「ん?」
「会長の家大きいから多少多くても人が余裕で入るんだよね」
「ん?ちょっと……え、会長もいるのか?」
「そうだよ。あとくるみ先輩もいるからね。海旅行以来のメンバーだね。あ、まだ琉莉が行けるか聞いてないや」
「大丈夫だよ。琉莉ちゃんも来れるって」
「おっ、じゃあ本当にメンバー全員集まるね!」
美玖がスマホに下ろしていた顔を上げる。子供のようにはしゃぐ香奈に呆れたような視線を向けていた。
(まさかまたあのメンバーで集まれるとは……女子率高いな、前もだけど)
話を聞く限り前回同様男子は春人だけだ。それでも気後れしないのは一度は皆で海に行ったからだろうか。緊張よりも楽しみといった気持ちの方が大きかった。
「そうなると後はどんなコスプレをするかだけど……」
香奈が顎に手を添えながら考えるような素振りをする。
「とりあえず……美玖はエロ担当だから大胆なのいきたいよね」
「何言ってるの香奈?そんなの着ないから」
「まあまあまあ、そう言わずに。折角そんな大きい乳があるんだから使わないと――いたいいたいいたいっ!」
「香奈。それただのセクハラ」
「イタイッ!ほっぺつねらないで!」
香奈の頬が美玖によって餅のように伸びる。本当によく伸びる。人間の頬はこんなに伸びるのかと春人は思わず見入っていた。
数秒ほど伸ばした頬を美玖が放す。するとまた面白いように元に戻っていった。
「うぅ~美玖怒るとすぐほっぺつねる」
「香奈にはそれが一番効くってわかったからね」
香奈が涙目で頬を擦る。
「でもなら美玖はどんなコスプレするのさ。春人だってエロい美玖のコスプレ見たいでしょ?」
「おまっ、反応に困ること聞いてくんな」
なんてことを言い出すのか。本人を前にしてどう返答しろと言うのか。
「じーーーー」
一人あたふたしていると美玖が何やら冷たい視線を向けていた。
「な、なんだよ」
「想像したでしょ?」
「何をだよ」
「私のコスプレ……エロいの」
「………」
黙ってしまった。想像したかと言われればそれはイエスだ。想像しないわけがないだろう男子なら。
そんな春人の内心を敏感に感じ取ったのか美玖の視線の温度がさらに下がる。
「やっぱり想像したんだ」
「……してないぞ」
「したでしょ」
「………」
「ねえ?」
「…………少し」
「やっぱりしたんだぁ!」
美玖の頬がみるみる赤く染まっていく。
「やっぱり!はる君のえっち!」
「いや、しょうがないだろ……今のは」
「どんなの想像したの?」
「ど……言えるか」
「言えないようなもの想像したんだ」
「…………………」
「……えっち」
春人が顔を逸らすと美玖が顔を赤らめながら上目遣いにこちらを見てくる。
その言葉がまた春人の心を揺さぶる。
そんなやり取りを繰り返していたものだからそばで見ていた香奈が呆れたように目を細めていた。
「あのさ、イチャイチャするなら他でやってくれないかな。見てて胸やけしそう」
「イチャイチャはしてないだろ」
「そうだよ。これくらいのことイチャイチャに入らないよ」
「えー、あたしがおかしいの?」
納得できないといった様子で香奈は顔を顰める。
香奈の感覚が正しいのだろうが最近の美玖との絡みで春人も大分感覚が麻痺してきていた。これくらいのことはすでに日常と思っている。
「それはそうとさ。春人もこうして期待してるんだよ。着てみようよ。こんな機会滅多にないよ」
「そんなこと言われても着ないものは着ないから」
「えぇー、ちなみに春人なら美玖にどんなの着てほしい?」
「また答えにくいことを」
「まあまあ、折角だしさ。参考に教えてよ」
ニヤニヤと楽しそうな香奈の笑顔をよそに春人は考える。コスプレする美玖の姿を。春人の脳内フィルターが効いているのか何を着ても美玖はとても似合っていた。
「何を着てほしいかとなると……ナースとかチャイナ、あとゴスロリ……」
思い浮かんだものを口に出していく。
すると香奈が面白いように顔を顰め始めた。
「うわぁ、春人ガチじゃん……」
「引くなよ!聞いたのお前だろうが!」
「だってなんかもっと猫耳とか魔女みたいなもの来ると思ったらまさかの欲望丸出しときたらね」
「欲望とか言うな!」
自分の真相部分を暴露してしまった気分だ。まさかこんなことを考えていたとは自分でも驚きである。
自分の言葉に後悔しているがもう遅い。当人である美玖にばっちり聞かれてしまったのだから。そしてその美玖はというと――。
「へー、はる君は私にそういう格好させたいんだ。へー」
真っ直ぐに春人へ視線を飛ばしていた。じーっと覗き込んでくるような視線に春人はたじろぐ。
「え、なに?なんでそんな見てくるの?」
「はる君そういうのが好きなんだなって」
「まあ、似合いそうだなっとは思ったけど……」
一体何なのだろうか。美玖の視線はいまだに春人へ注がれたままだ。何かを探るような視線は今の春人にはとても居心地が悪い。
「ならさ――」
ようやく美玖からの視線が切れたと思ったら今度は春人へ急接近してきた。お互いの顔がぶつかり合いそうな距離まで近づく。そして美玖は春人の耳元へ口を添えた。
「一つだけ、はる君が好きな格好してあげる。もちろん二人っきりのときね」
あまい声が脳に直接響いた気がした。それほど美玖の言葉は春人に衝撃を与えた。
「お前、何言って――」
「ちょっと、だからいちゃつくなって!」
春人の声が香奈に遮られる。
顔は赤くなっていないだろうか。
美玖の様子を確認すれば、にひひ、と楽しそうな表情を作っている。揶揄われただけなのかそれとも本気で言っているのか。春人には測りかねる。
結局その後も意図してそうしたわけでもないが美玖との接触が多々あり、その度に香奈から小言を言われハロウィンパーティーについては話が進まなかった。




