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151話 妹には知る権利がある

 玄関の鍵を開け春人は靴を脱ぎリビングへ向かう。


(流石に疲れたな)


 公園では楽しすぎてはしゃぎ過ぎた。学校でもいつも以上に疲労を感じてたのだからもう疲れてすぐにでも寝れそうである。


「飯食って風呂入ったらもう寝よ」


 リビングの扉に手をかけて開ける。


「あっ、お兄おっそい!」


 扉を開けて最初に目に入ったのはソファに寝転がりくつろいでいる琉莉の姿だった。

 春人は身体を脱力させる。何か面倒なことになりそうな雰囲気を肌で感じ取れた。


「遅かったじゃんお兄。どこ行ってたの?」


「別に、少し寄り道」


「美玖さんと?」


「………」


 すぐに返答できなかったことに春人は後悔する。なんてことないと普段通りに返せていればそれで話も終わったかもしれないが……何か返答に困るようなことがあったのではと疑われてもおかしくない。


「美玖さんなんだ」


「さあな」


「この前デートしたのにまた二人っきりとは仲がいいね」


「二人とは言ってないだろ」


「お兄他に一緒に寄り道する友達いないでしょ?」


「いるわ。失礼な」


 春人は鞄を床に置きキッチンでコップを手に取ると麦茶を注ぐ。

 公園でしゃべりすぎて喉が渇いていた。一気に中身を呷る。


「ふう……」


 ようやく一息つくことができた。夕食まで部屋に籠ろう。春人は足早にリビングから出ようとするが――。


「おい待て。話は終わってないぞ」


「俺は別に話すことなんてない」


「私が話したいの!この前のデートのことだってぜんぜーんっ教えてくれないし!」


「言う必要ないだろ」


「妹には知る権利があるの!」


「なんでだよ」


「私が面白がりたいから」


「………」


 春人は面倒くささを隠そうとせず琉莉を見る。そんな据えた目を向けられ琉莉はムッとする。


「なんだよ。なんだその目は」


「面倒だなって。お前の相手」


「ひどい!たった一人の妹になんて目を向けるのさ!」


「はぁぁぁぁぁ……」


「ちょっと止めて。本気でそういう態度取るの止めて。地味に傷つくから」


 露骨に面倒くささを出す春人に琉莉は少ししゅんとする。

 これはこれで反応に困るから面倒くさい。「はぁーったく」面倒な妹だと春人はため息を吐く。


「悪かったよ。そんな顔すんな」


「わかればいいんだよ。わかれば」


「てんめぇ……」


 先ほどまでの反省した様子から一変いつも通りの憎たらしい琉莉に戻る。

 演技かと春人は得意顔でこちらを見る琉莉を睨む。


「それでそれで?」


 琉莉は春人に近づいてくるとそのまま通り過ぎて扉の前に陣取る。逃げ道を奪われた。


「美玖さんとどんなことがあったの?今日すごい噂になってたよ」


「まあ、その話だよな」


 今日したい話となるとこれしか思い浮かばなかった。気になるのは仕方がないだろう。学校であれほど騒がれれば。


「どう話せばいいんだろうな……」


 春人は悩む。そもそも話していい内容なのかと。春人に対する美玖の好意を琉莉は知らないはずだ。そう思っていたのだが……。


「美玖さんってお兄のこと好きだよね」


 いきなり確信をついてきた。驚く暇もなく琉莉は言葉を続ける。


「今日も面白そうだから廊下から様子見てたけどさ、いつも以上に甘ったるいよね空気。そもそも美玖さんが隠す気ないように振る舞ってるし」


「……本人に聞いてくれ」


「それもう肯定してるようなもんだよね」


 ここまでわかってるなら春人から言うこともないだろう。そもそも琉莉が言う通り美玖にはもう隠す必要もないのだ。


「そうか~、美玖さんがお兄を……へ~~~」


 にやにやと面白がる。

 春人の直感は当たっていた。ここからまた面倒なことになるだろう。


「それでそれで。付き合ってんだよね二人は」


「別に付き合ってねえぞ」


「え?」


 まあ、こういう反応だろう。というか今日はこの話ばかりだ。


「え、なんで?なんで付き合ってないの?」


「いろいろあるんだよ」


「美玖さんはお兄のこと好きなんだよね?じゃあお兄が美玖さんを……好きじゃない?」


「好きじゃないなんてことないぞ」


「じゃあなに?どういうこと?」


 わからないと琉莉は首を傾げる。

 まあ、これも予想通りの反応だ。普通はおかしいのだろうこんな関係。


「……もしかして昔のことが関係しちゃってる?」


 目に見えて反応はしなかったが春人は内心驚いていた。勘がいいというか……たまに察しがいい。


「昔のことが尾を引いてるとか……そんな感じ?」


「………」


 春人は黙ってしまう。返答に困る部分だ。むやみやたらに話すようなことではないし春人自身あまり話したい内容ではない。

 そんな春人の内心を敏感に琉莉が感じ取る。


「まあ、そういうことならいいや」


「いいやって……いいのか?」


 あっさり引いた琉莉に春人は面食らう。


「昔のことって当然美玖さんのことでしょ?私だって流石にあの頃のことを根掘り葉掘り聞きだしたいわけじゃないし」


 事情を分かっているからこそ聞き出せない。


 琉莉は「はぁー、面白い話が聞けると思ったのに」とがっかりしたような態度を取っていたが琉莉なりの気の使い方なのだろう。


「でも美玖さんがね~。へ~~~」


「なんだよ」


「いんや、なんもないよ~」


 にやにやとムカつく笑顔を向けてくる。こうなった事情は聞かないが面白がるつもりではいるらしい。


「そうかそうか~美玖さんが私のお姉ちゃんになる日も近いんだね」


「ぶっ!お前っ、そういうこと……」


「ひっひっひっ、お兄顔真っ赤~、なぁに想像してんの~?そうだよね~。美玖さんが私のお姉ちゃんになったらそれはもういろいろと進んでるはずだもんね~。一体どこまで想像し――うにゃっ!」


 あまりにもうるさい琉莉をデコピンで黙らせる。衝撃で仰け反った琉莉から面白い鳴き声が漏れた。


「いったぁぁぁ!なにすんのさ!」


「うるせえ。他に用がないなら俺は部屋に戻る」


「ちぇー、もういいよ。さっさとどっか行っちゃえ、しっしっ」


 琉莉との無意味なやり取りが終わった。春人は一度ため息を吐くとドアノブへと手をかける。


「あ、そうだ」


 また琉莉が口を開き始める。面倒ごとに巻き込まれる前に急いで出ようとするが構わず続ける。


「手ぐらい握った?」


「……ッ、うっせえ」


 何気なく冗談みたいな感じに聞いただけの言葉だった。それでも思わず反応を返してしまったがそれがまずかった。


「え、ほんとに?握ったの?……握ったんだぁ!」


「ほんとうっさいなお前!」


「やっぱり詳しく話せ!」


 掴みかかってこようとした琉莉を躱し春人は自室へ避難する。扉前で攻防を繰り広げていると母親が帰宅し、何を騒いでいるのかと二人揃って怒られた。

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