150話 思い出を語ろう
「それで。もういいのか?」
「うん。お見苦しいものを見せてしまいすみません」
「いや、別に見苦しいなんて――」
春人は途中で口を閉じる。冷ややかな視線が美玖から飛んできたからだ。
「はる君のえっち」
「何でだよ!」
「見れて嬉しかったんでしょ?」
「それは……まぁな」
「えっち」
なんで責められているのか。見たのも偶然だし見苦しいこともなかったのだからしょうがないだろう。
「まあ、もういいよ。それで?この公園に何か用があったんじゃないのか?」
永遠に続きそうだったので話を逸らす。
「じーーーーー」
美玖はまだ何か言いたそうにしているが春人が、もうこの話は終わりだ、と言わんばかりに目を合わせないので美玖も「もう」と口を開く。
「用ってわけじゃないんだけど……もう一回見ときたいなって思って」
「見ときたいってなんでだ?」
「はる君と初めて会った場所だから」
優しく目を細める美玖。まるでここじゃない遠くを見るように。儚げな横顔が印象的だった。
(昔のことでも思い出してんだろうな)
何を考えているかは春人でもわかった。美玖にとって大切な思い出だろう。数年後も覚えて約束まで守ってきたのだから。
それに比べて春人の記憶は継ぎ接ぎだらけだ。最近になって誤解も解け少し思い出した部分はあるがそれでも少し前まで思い出したくない記憶だった。意識的にも忘れようとしていたこともあってかかなり曖昧な記憶となってしまった。
「はる君」
そんな朧げな記憶を辿っていた時だ。美玖が声をかける。
「あのこと覚えてる?ブランコでどっちが靴を遠くに飛ばせるか勝負したよね」
「え……あー、靴飛ばしか。そんなこともやったな」
「うん。それではる君靴飛ばし過ぎて木に乗ってさ」
「あー、あったあった。結局取れなくて俺裸足で帰ったんだよな」
そんなこともあったと春人は今の今まで忘れていた記憶が蘇る。
「あとさ、他にも――」
記憶を振り返る暇もなく美玖がまた話しかけてくる。
再び過去の思い出だ。今回は最初の説明では何のことかわからなかったが美玖が詳細に説明してくれたおかげで何とか思い出すことができた。
それからも美玖は思い出を語る。ここまでくると美玖がなんでここに来たのか春人でも察しがつく。
(思い出させてくれようとしてるんだろうな……昔のこと)
春人の継ぎ接ぎだらけの記憶が少しずつ整理され綺麗に整えられていく。鮮明な記憶が蘇っていく。
「あははっ、そんなこともあったよな」
思い出す度に懐かしくて春人は無意識に笑っていた。
昔のことを素直に楽しいと思えていた。たぶん美玖と再会できてなければこんな気持ちを味わうことはなかった。
胸の中が温かいもので満たされるのを春人は感じていた。
「――美玖、ありがとな」
「え」
つい声が漏れだした。感謝の気持ちが溢れてしまった。
無意識だったため春人も自分の行動に呆然としている。
そんなおかしな言動を取った春人に美玖は微笑を浮かべ――。
「ふふふ、よくわからないけど、どういたしまして」
あくまでわかってない方向で話を進める。本当は気づいていそうだが美玖も自分から言うつもりはないのだろう。すぐにまた思い出話に花を咲かせる。
時に楽しそうに声を上げ、時に恥ずかしい思い出に赤面し、時にどちらかの揶揄いにムキになり……。
本当にかけがえのない記憶だ。今まで忘れようと思っていたのが嘘のように今は愛おしく感じてしまう。
おそらくもう一生忘れることはないだろう。
「はる君楽しい?」
美玖が顔を覗き込むように視線を向けてくる。そんな美玖に春人は頬を和らげる。
「あぁ、すっげえ楽しい」
心の底からそう思えた。楽しくて楽しくてこの時間が永遠に続いてほしいと思えてしまう。
そんな春人の反応に美玖は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「そうか!」
無邪気なその笑顔が春人も嬉しくつい笑みがこぼれる。
その後も会話が途切れることはなかった。夕日が自分たちの影を長く伸ばすまで春人たちは昔の記憶を振り返りお互いに笑いあった。




