140話 相手よりも早く待ち合わせ時間に到着したいのはみんな一緒
「はぁ、はぁ、はぁー……何とかぁ、間に合ったな……」
息を切らしながら春人は時計を確認する。
家を出てほぼノンストップで走ってきた。帰宅部筆頭の春人としてはなかなかの苦行だった。
「案外早かったかもな」
確認した時刻は十二時三十五分。家を出たのが十二時十分少し過ぎた辺りだったのでなかなかの好タイムではないだろうか。春人は衰えを見せない自分の脚力に感心する。
「これならそんなに焦らなくてもよかったかもな。まあ、美玖より遅いよりかはいいか」
春人はスマホを取り出し画面に視線を向ける。適当なアプリを開いて指を動かすがすぐに周りに視線が動くとまたスマホに戻る。そんなことを何度も何度も繰り返す。
(落ち着かねえ)
初めてのデート。しかも自分から誘ったデートだ。緊張で落ち着きのない春人はそわそわと意味もなく身体を伸ばしたり空を見上げたりしていた。
そんな感じで注意力が散漫としていたからだろうか。
「はる君?」
近づいてきていた人物に全く気付かなかった。
「え?」
視線を下ろす。
そこには花のように可憐な少女が立っていた。
綺麗な長い髪は編み込み、ワンピースにカーディガンを羽織った美玖がそこにいた。
その可愛らしい姿に思わず見惚れてしまう。それは春人だけじゃない。周囲にいる人々、男女関係なく恍惚とも羨望ともいえる視線が注がれている。
そんな言葉を失い見惚れる春人に美玖がジト目を向けてきた。
「ねえ?来るの早すぎない?いつからいたの?」
「……あ」
見惚れていたせいで反応が遅れる。春人は咳ばらいを挟み何とか会話を繋げる。
「俺も今来たところだよ」
春人は自然と笑顔を返す。
なんかデートっぽいこと言ったと春人はちょっと浮かれ始めていた。
そんな春人とは対照的に美玖はジト目に唇も尖らせ始める。
「ほんとぉにー?」
「本当だって。それに美玖だって充分早いぞ。お互い様だ」
「それはそうかもだけど」
納得がいかないと美玖は不満げだ。そんな美玖を見て春人は苦笑しながら足を踏み出す。
「そうだって。ほら、早速だけど行こうぜ。時間も勿体ないしな」
「ん……そうだね」
春人の背中を追うように美玖も歩くがその顔はいまだに何か引っかかっているようだ。
「……他に言うことあるんじゃないの」
美玖の口から弱々しい声が漏れる。
先を歩く春人には聞こえない。そもそも聞かせるために発した言葉ではない。
美玖もそこまで期待していたわけではないがそれでもと思う気持ちを抱くのは自然だろう。
自分の着ている服に視線を落としすぐに顔を上げ首を振る。折角のデートなのにこんな気持ちではダメだと。
春人に並び歩こうとした時だ。
「あ、そうだ」
不意に春人が振り返った。
「その服すごい似合ってる」
微笑むように柔らかい笑顔を向ける春人。
ファッションセンスに疎い春人でもわかる。今日の美玖の姿は明らかに気合が入っていた。
そしてその理由もわからないほど春人は鈍感ではない。
照れ隠しのように頬を掻く春人を見て美玖は一瞬時間が止まったように固まる。
目を丸くし固まっているとすぐに花が咲いたように笑顔を作り春人の腕に抱きついた。
「うおっ」
いきなりの行動に春人は驚きこちらも目を丸くする。
「え?ちょっと、くっつき過ぎじゃないですかねぇ?」
「いいの~。デートなんだから今日は甘えていいの~」
嬉しそうに春人の腕に頬ずりし始める美玖。
すれ違う人から好奇な目を向けられるが美玖は気にもならないらしい。今の幸せをこれでもかと感じたいようだ。
(えへへ、やっぱりはる君だよ。えへへ)
本当に嬉しそうな美玖の笑顔に春人も恥ずかしさがどうでもいいと思い始めた。
(まあ、美玖が喜んでるならいいか)
気を取り直して春人は歩き出す。
美玖も春人の腕に掴まったまま歩く。
「はる君」
「ん?」
どうした、と美玖を見ればにこっと満面の笑みが目の前にあった。
「はる君もすごいかっこいいよ」
「お、おう。俺はそこまででもないと思うけど」
「そんなことない世界一かっこいい」
恥ずかしげもなくそんなことを言う美玖に春人の方が恥ずかしくなってきた。
そしてそれと同じくらい嬉しくてやばい。にやけそうな顔を隠すように口許に手を置く。
「あ、なんで顔隠しちゃうの。よく見えない」
「今は見なくていい」
「えー、なんで」
「なんでも」
不満そうな美玖の顔から視線を外し春人は正面を見る。
(何これ。可愛すぎて心臓がやばい)
心臓の鼓動がこれでもかと早くなってきている。
(まだ会って五分も経ってないのに大丈夫か俺)
デートは始まったばかりだ。それも会って間もないのにこの調子で一日もつのかと本気で心配になってきた。
幸せな悩みを抱きながら春人は先ほどからずっとにこにこしている美玖をこれでもかと意識しつつ、とりあえず目的の場所に急いだ。




