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139話 この妹……見るに堪えんよ……

「さあさあ、まずは教えてもらおうか。誰とデート行くのかな?」


 琉莉はベッドに腰を下ろすと足を組み不敵に笑う。


(こいつは本当に……)


 清々しいほどに調子に乗っている。最早反発する気力も沸いてこない。

 本日何回目ともわからないため息を漏らし春人は口を開く。


「えーと……デートといっても別に深い意味はなくてだな。ただ二人で――」


「あー、そういうのいいから。早く」


 意味があるかもわからない予防線を張ろうと思ったがやはり意味はなかったらしい。

 これ以上時間を掛けても何もならないだろう。


「……美玖だよ」


「まあ、だろうね」


 わかっていたと言わんばかりに肩を竦める琉莉。そんな琉莉へ春人は眉間を寄せる。


「なんだよ。わかってたのか」


「お兄とデートするほど仲がいい女の子なんて限られてるからね。一番は美玖さんだし」


 言い返す隙もないくらいにその通りだった。春人が口を割らなくても琉莉なら答えにたどり着いていたのではないだろうか。


「でも美玖さんかぁ、へぇー」


「なんだよ……」


 先ほど以上ににやにや顔を浮かべている。見てて腹が立ってきた。


「まあいつかはこうなるのかなって思ってたし、美玖さんなら私は全然オッケーだしね」


 腕を組んで満足気にうんうん頷き始める琉莉。


「でも美玖さんはいいのかねぇ。こんな男で」


 値踏みするような不躾な視線が春人に注がれる。


「お前なんか勘違いしてないか?」


「ん?」


 首を傾げる琉莉へ春人は言葉を続ける。


「別に付き合ってるとかじゃないからな俺たち」


「……あー、なるほどなるほど。まあ、そうだよね~。流石にまだ付き合ってないか~。それで?今日は美玖さんに誘われてのデートか」


「いや、俺が誘った」


「……ん?」


「俺が誘ったんだよデートに」


「…………え?お兄が?美玖さんを?デートに誘った?……ほんとに?」


「ああ」


「…………………………うっそだぁぁぁあああ!?」


 先ほどまでの笑みが消え琉莉は狼狽える。ありえないものでも見たように。


「うそうそうそ!お兄が女の子をデートに誘うなんてありえない!なに!?何かその辺の物でも食べた!?拾い食いした!?」


「お前ほんとに失礼だな」


 流石にここまで言うかと春人の頬が痙攣する。

 それでも琉莉としては今までの常識がひっくり返るほどの衝撃があったらしい。


「だってあのお兄だよ!女の子なんて興味ありません。妹さえいればいいんですっていうようなお兄だよ!」


「んなこといつ言った!人聞きの悪い捏造すんな!」


「んあぁぁぁ!美玖さんにお兄寝取られたぁぁぁ!」


「………」


 なんだろうか。妹として、というより人として何か大切なものが欠如しているような気がする。


 ベッドの上でジタバタ暴れまわる琉莉に春人は半開きになった口を閉じようともせず冷めた視線を送っていた。


「なにかなお兄その目は?」


「あまりにもお前が哀れでちょっと見るに堪えん」


「……ふ」


 琉莉はふらっと立ち上がると無言で春人に近づき始める。

 その不穏な雰囲気に春人は一歩後ずさる。


「え、ちょっとなんだよ。……なんだよ!?」


 両手を前に突き出し迫ってきたので春人も反射的にその手を握るように掴む。お互いに手を握り押し合うような体勢となった。


「何か言えよお前ぇ、怖えよ」


「だぁれが見るに堪えないってぇ?こんな可愛い妹目に入れても痛くないでしょ?」


「可愛いとかよりも今は恐怖しかないんだけど」


「まあまあそう言わずに。手放してよ」


「やだよ。つうか何しようとしてんのお前」


「そのセットした髪ぐちゃぐちゃにしてやろうかと」


「ぜっっってー放さんからな」


 ぐぐぐとお互いに両手の力が増す。だが力の差は歴然だ。次第に琉莉の顔が苦し気に歪む。


「くっ、やっぱり力勝負でお兄には勝てないか」


「勝てるわけないだろ。ただでさえ非力なのに。おい、蹴るな。脛を蹴るな」


 げしげしと足で蹴られたら一番痛いであろう脛を的確に狙ってくる。


「というかいいのお兄?」


「何がだよ。お前はいい加減やめろ」


「時間、大丈夫?」


「は?」


 春人は琉莉の足への攻撃を躱しながら器用に時計を確認する。時計の短針と長針が丁度十二の位置で重なる。つまり十二時だ。


「うおぉぉぉ!?やっばい!もう出ないと!」


 美玖との約束は十三時に駅前だ。ギリギリで慌てたくないというのもあるが美玖よりは早くついていたいので流石にもう出ないと間に合わない。


 春人は琉莉の手を放すととりあえず洗面所で歯磨きなど済ませるため急ぎ向かう。


「あ、お兄」


「んだよ。もう流石にお前に構ってる暇は――」


「はいこれ」


 琉莉は春人に向かって何かを放り投げる。


「ん、お、っと」


 春人に向かって飛んできたものを反射的に両手で受け止める。それを見て春人は目を丸くする。


「服……?」


「その組み合わせなら変に背伸びしておしゃれぶってなくていいと思うよ」


「琉莉……」


「まあ、楽しんできなよ」


 こちらにひらひらと手を振って見送る琉莉。なんだかんだ言って当初の約束通り服を選んでくれたらしい。


 最終的には春人の味方をしてくれる。それがわかっているから春人も琉莉に甘いところがある。


「ありがとな、琉莉」


「はいはい、いってらっしゃ~い」

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