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138話 上下関係 妹>兄

 休日の朝。


 珍しく琉莉は早く目が覚めていた。

 いつもは休日前の夜は遅くまでゲームをしているので起きる時間は昼を過ぎることが多いのだが…………もしかしたら第六感的なものが働いたのかもしれない。


「じーーーーー」


 琉莉は食い入るように見ていた。扉の隙間から。春人の部屋の扉から。

 その視線の先には鏡の前で服を吟味する春人の姿があった。


「こっち、いやこれか……?」


 両手に持った服を交互に身体の前に掲げて首を傾げている。

 初めて見る姿だった。いや実際には前からこんな感じで服を選んでいたかもしれないが……。


「これなのか?んー?」


 鏡に映る春人の真剣な姿は初めて見るものだった。


「お兄何してんだろ?」


 久々に早く起きたから兄を驚かせようと思い部屋の様子を窺っていたらこれだ。

 なんとも面白そうな状況だ。


「これは……なにかあるな」


 にやっと口角を上げ琉莉は扉を勢いよく蹴り開けた。


「おっはよぉーっ、おっ兄ぃーっ!」


「――ッ!?」


 いきなりの闖入者に春人は面食らう。目を白黒させながら今しがた入ってきた琉莉を凝視する。


「は?おま、なんだよ?」


「なんだよ、じゃないよ。何してんのお兄?そんなに真剣に服なんか選んじゃって」


「い、や、別に……」


 春人は視線を逸らす。

 明らかに何かを誤魔化そうとしている反応だ。この反応に琉莉は更に好奇心にあふれる不敵な笑みを深めた。


「なになにその反応。一体何を隠してんのさ、お兄よ」


「だから別に何も隠してねえよ」


「嘘だねー!私の目は騙せないよ!」


「お前の目が節穴なんだろ――って、おい勝手に漁るな」


「なーんかおしゃれ感出したそうな服ばかりだね」


 春人が出した服を琉莉は指で摘まみ上げる。普段春人が着ているジャンルじゃない。


「デートでも行くみたい」


 ふとそう思って口にした。ただそれだけだったのに。


「――ッ!」


 春人が顔を強張らせるのを琉莉は見逃さなかった。


「え?マジで?」


「………」


「デートなの?」


「………」


「デートなのッ!?」


 今日一番の笑顔を琉莉は浮かべた。


(うおぉぉぉっ面白くなってきたぁぁぁっ!)


 これでもかと顔を顰める春人に構わず琉莉の質問が飛ぶ。


「誰!?誰とデート!?私が知ってる人!?」


「いや、お前朝からテンション高すぎだろ」


「こんなもんテンション上がるに決まってんだろうが!」


「あーうっさいなー、お前寝とけよまだ。いつもなら寝てんじゃねえか」


「こんな面白過ぎる状況で寝れるか!あほか!」


「ほんとにうっさいな!マジでどっか行けよ!お前に構ってる暇ねえんだよ今!」


「ひどい!妹に向かってそのもの言いはどうかしてると思う!」


「あーもうわかったよ。俺が悪かったからどっか行ってくれ」


「悪いと思ってるなら行動で示して!さあ、吐け!誰とデートか吐けぇぇぇ!」


「ほんとーーーにうるさいな!出てけよマジで!」


「いいの!?そんなこと言っていいのかなお兄は!」


「いいに決まってんだろ!今はお前の相手してる暇ねえんだっつうの!」


「服一人で選べないくせに」


「………」


 春人の顔が石造のように硬直する。それを見て琉莉は更に言葉を重ねる。


「服選べないからさっきから鏡の前で唸ってたんでしょ。お兄のセンスでデートに行く服選べるの?折角のデートなのに初っ端から失敗しちゃうかもよ?ダサい服着てデートに行くことになるかもよ?」


「く、こいつ……」


 春人の心が揺らぐ。


 琉莉の指摘は的を射ていた。実際春人は着る服が選べずずっと悩んでいる。


「私ならデートに着ていってもおかしくない服選べるけど?」


 どうする?と挑発的な笑みを浮かべる琉莉。

 服を選んでやるからデートの相手を教えろと、そういうことだ。


 実際琉莉の服を選ぶセンスはいい。日ごろから人前では猫を被っている琉莉は自分の見た目にも妥協しない。


 春人が答えに迷い黙っていると琉莉は踵を返し扉へと向かって行く。


「え、ちょ――」


 いきなり出て行こうとする琉莉に春人は無意識に手を伸ばす。

 そんな春人の行動にも気づいているだろうが琉莉は構わず歩みを進める。


「まあ、出て行けって言うなら仕方ないよね。頑張ってよ。ふ・く・え・ら・び♡」


「くっ、……くッ!」


 最早春人に勝ち目はない。完全にしてやられた。


「……わかった」


 春人は苦渋の決断を下す。


「教えるから服を選んでくれ」


「選んでくれ?ください、でしょ?」


「お前なぁぁぁ」


 調子に乗るなと春人は目尻を上げるが琉莉は「はぁ」とため息をこぼし扉の取っ手に手をかける。


「しょうがないね。それじゃっ」


「選んでください!お願いしますから!」


「ふふふ、それでいいんだよ」


 いかにも楽しそうに口角を上げる琉莉。勝ち誇ったその笑みは春人には悪魔のように映る。


 こんな妹相手に下手に出なければならないとは……春人の兄としての威厳が地に落ちようとしていた。

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