130話 借り物競争
自分のクラスのテントで春人は次の競技が始まるのを待っていた。
というのも次は美玖が出る借り物競争だ。
美玖から「応援よろしくね」と言われてしまったので見届けないわけにもいかない。
そもそも言われなくても美玖が出ているので見るつもりではいたが。
(俺もこれくらい楽そうな競技がよかったな)
春人はグラウンドに並んでいる借り物競争の選手たちを羨ましそうに見つめる。
春人は先ほどまで百メートル走に二百メートルリレーに出ていた。
走ること自体はそこまで好きではない春人にとって、どちらもとても疲れる競技だった。
ぼーっと眺めていると整列していた生徒たちが動き出す。
いよいよ競技が始まるみたいだ。
(美玖は……どこだろうな)
生徒に埋もれて美玖の姿を見つけることができない。
(まあ、応援はしてるし……いいか)
できればこの目で見て応援したかったがこればかりは仕方がない。
半分諦めていたが借り物競争開始のスターターピストルの音を聞き春人がグラウンド中を駆け回る生徒を眺めていると運よく美玖の姿を見つけることができた。
「あ、いたわ……ん?」
ちょうど美玖が借り物のくじを引いた時だ。
内容を確認するやいなや春人の方に走ってくる。
「なんか……こっちにきてないか?」
一直線に駆けてくる。ほどなくして美玖は春人の目の前にやってきた。
「春人君来て」
来て早々そんなことを口にする美玖。
来て、ということは春人が借り物ということだろうか。
ここで春人は嫌な予感がして眉根を寄せ美玖に近寄り声を押さえて口を開く。
「まさか俺が借り物なの?」
「そうだよ」
「……ちょっとお題見せて」
春人の言葉に美玖は素直にお題が書かれた紙を見せてくれた。そこには――。
『好きな人』
紙には大きくそんな文字が書かれていた。
その書かれた内容に春人は目を丸くしたと思えば次第にジトッとした目を美玖に向ける。
「バカなのか?」
素直にそう思った。
一体何を考えているのかと。
それでも美玖は春人の言葉に反論するように唇を尖らせる。
「だって私の好きな人ははる君だし間違ってないでしょ?」
「間違ってないかもだけどダメだろ。こんなお題で俺が連れてかれたら一瞬で皆にバレるだろうが」
「大丈夫だよ。お題の確認は実行委員の人だけだし」
「それでも同じだろ!こんなん絶対一瞬で広まるぞ!」
美玖の価値観が春人とずれているのか問題ないと主張し続ける。
それでも春人がこれに答えるわけにはいかない。
一向に春人が頷いてくれないものだから美玖は頬を膨らませて拗ねたように口を開く。
「もう、わかったよ。しょうがないから琉莉ちゃんにお願いしてくる」
離れ際美玖は、じーっと睨むように視線を向け琉莉がいるテントの方に走っていった。
「はぁー……」
春人はため息を漏らす。
申し訳ないとは思う。春人の身勝手な感情のせいで美玖に我慢をさせているのだから。
それでも流石にこれはまずい。
「公開処刑だろこんなの」
春人は美玖のお題を知らずについていった場合のことを考え身震いする。
絶対ろくな結果にならないと。
とりあえずは難を逃れ春人が落ち着いて観戦を再開しようとするとまた一人近づいてくる生徒がいた。
「やっほ~ももっち」
梨乃亜が片手を振って春人に近寄ってきた。
「……なんだよ。今度は何企んでんだ」
「ひどいな~アタシはただももっちを借りに来ただけなのに」
「お前もかよ……」
春人は疲れたようにまたため息をつく。そんな春人に梨乃亜は怪訝な表情を作る。
「どうしたん?」
「いやこっちのことだ気にすんな。それで、何だよお題は」
「う~ん、それは教えられないかな~。行ってからのお楽しみ的な?」
可愛らしい笑顔を向けてくるが絶対に裏がありそうだ。
春人は警戒に顔を顰める。
「そんな何かもわからんお題についていきたくないぞ」
「え~アタシとももっちの仲じゃん」
「そんな仲良くなった覚えもないんだけどな」
「うぉ~ドライだねももっち。でもさアタシは行ってあげたよね?ももっちの呼び出しに」
「確かにそうだけど、それとこれとでは話は別だろ」
「アタシは別にいいけどね~。ただももっちに呼び出されたアタシがどんな話をしたか話すのはアタシの自由だよね。告白されたとか皆に言っちゃおうかな~」
「お前な……」
いきなり脅迫まがいのことを言ってきて春人は眉を顰める。
それは春人にとっても少し都合が悪い。
「……変なお題じゃないだろうな」
「変じゃない変じゃない。ふつ~のお題だよ」
ふふっと含みのある笑みを浮かべる。
何かありそうだが梨乃亜の態度からは全く彼女の心意が読み取れない。
春人は渋々立ち上がると梨乃亜に並ぶ。
「仕方ないから行ってやるよ」
「お~さすがももっち。そんじゃ行こうか」
春人の重い足取りとは対照的に梨乃亜はどこか楽し気な様子だ。
ゴールまで一緒に行くと梨乃亜は実行役員の生徒にお題の書かれた紙を手渡す。
「はい、お題確認しますね。えー、お題は“男子生徒”ということなのでオッケーです」
「うん、ありがとね~」
梨乃亜が実行役員の生徒にお礼を口にしている横で春人はじとーっと睨むような視線を向けていた。
「おい」
「ん~どしたん?」
「なんだよお題、男子生徒って、誰でもいいじゃねえか」
「そんなことないよ~。折角だしももっちを借りたかったからね~。それじゃ、ありがとねももっち♡」
競技が終わると梨乃亜はさっさとどこかへ歩いて行ってしまった。
「なんなんだよあいつは」
無駄な労力だったと春人は肩を落とす。
「帰ろ」
春人も自分たちのテントに戻ろうとした時だ。
肩を誰かに掴まれた。
「ん?」
一体誰だと振り返ってみれば――。
「なんで常盤さんと一緒にゴールしてるのかなはる君」
満面の笑みを浮かべる美玖がそこにいた。
笑顔は笑顔なのだがものすごく圧を感じる笑顔だ。
春人は冷や汗が背中に伝うのを感じながら頬を引きつる。
「いや、ちょっと……いろいろあってね」
「そうか。向こうで少しお話ししようね。二人で」
「……はい」
美玖に連れられ春人はグラウンドを抜け出した。




