125話 はる君の妹ってことは私の妹みたいなものでしょ?
見上げれば雲一つない青い空。太陽の下にいると少し暑いくらいだが時折吹く風は肌を優しく冷やしてくれる。
今日は体育祭の当日だ。
春人はグラウンドにクラスごとに並ばされ今は生徒会長である葵の選手宣誓を聞いていた。
いつもなら聞き流すところだが、知り合いが皆の前で堂々とした姿を見せていると何となく気になってしまう。
葵の選手宣誓が終わればいよいよ競技が始まる。
春人は最初は特に出る種目もないのでクラス用のテントで他の種目の観戦をすることにした。
並べられたパイプ椅子に座り観戦していると知り合いの姿が目に入る。
「あいつ気合入ってんな」
春人の視線の先にはハードルを駆けながら飛んでいく谷川の姿が映る。
身体能力自体高いのでハードルも綺麗なフォームで飛んでいき見事に一位をもぎ取っていた。
「俺が言ったこととはいえここまでやる気を出すとは……あいつ女に飢えてんのか?」
体育祭の競技決めの際に、かっこいい姿を見せればモテるぞと、谷川にその場のノリで言ってはみたが……思いのほか効果があったらしい。
だが気合を入れてくれるところ申し訳ないが……。
「怖えんだよな顔」
必死になるあまり元々の顔の怖さが際立っている。これでは女子どころか男子も近づかないだろう。
やる気を出したきっかけが春人なだけに少し申し訳なく思う。
そんな感じで他の生徒の活躍を何気なく見ていると春人の隣に誰かが腰を下ろす。
少し視線を動かしただけで誰かは分かった。
「ん、美玖か。どうした?」
いきなり来たので特に意味はなかったが春人は美玖に問いかける。
「別にどうもしないよ。ただ隣に来たかっただけ」
言うと美玖がにこっと笑顔を向けてくる。
可愛らしい理由と反応に春人は気恥しくつい苦笑してしまう。
「……そうか。美玖ってなんの競技出るんだったっけ?」
恥ずかしさを隠すようにすぐに話題を変えたが美玖は不思議に思うこともなく春人の問いに答えてくれた。
「私は借り物競争と百メートルだよ」
「借り物競争……俺も狙ってたんだけどな」
「あはは、あれは仕方ないよ。春人君は運動神経いいんだから皆期待してたんだし」
悔し気に顔を歪ませる春人に美玖はおかしそうに笑う。
「あ、香奈だ。香奈~!」
美玖が手を振り少し大きな声で名前を呼ぶと香奈も気づきこちらに飛び跳ねながら手を振りだした。
「あいつはいつも元気だな」
「そうだねー。あ、行っちゃった。生徒会の仕事忙しいのかな」
「文化祭もそうだけど体育祭も学校の大きなイベントだからな。生徒会ならやっぱり忙しいと思うぞ」
それでも競技の準備や生徒たちの誘導や整列などはほとんど体育祭実行委員が行い文化祭よりかは手はあくらしいが。
美玖とのんびりとグラウンドで動き回る香奈を観察していると春人は後ろから声をかけられる。
「兄さん、美玖さんも二人もまだ競技ないんだね」
「どうしたんだ琉莉?クラス違うだろ」
「折角兄さんが一人で寂しくしてないか心配してきてあげたのに何て言い草」
「心配してくれたのはありがたいけど失礼な奴だな。見ての通り一人じゃない」
「そうみたいだね」
言うと琉莉は春人の前を横切り美玖の隣の椅子に座る。
「美玖さんが一緒だったらもっと早くこればよかった」
「もう、琉莉ちゃんくすぐったいよ~」
琉莉は美玖に抱き着いて自分の頬を美玖の頬に押し当てている。突然始まった百合っ百合な展開に春人の視線も奪われる。
「お前俺が心配で来たくせに真っ先に美玖の方に行ったな」
「美玖さんいるのに兄さんの相手するわけないでしょ」
「なんだこいつ、さっきまで心配だったとか言っといて」
言動と態度が合わない琉莉に春人は半眼で呆れる。
そんな春人など放っておいて琉莉は美玖とずっといちゃついていた。
そして、その様子に春人は少々不思議に思った。
「なんか二人とも……いつも以上に仲良さげじゃないか?」
なんというか距離が近い。物理的にも精神的にも。
今まで以上に仲睦まじい姿を見せられ春人は少し困惑していた。
そんな呆気に取られている春人をチラッと琉莉は見ると口角を上げて笑う。
「ふふっ、兄さんは知らなくていいんだよ。ねぇ美玖さん」
「そうだね。春人君には秘密かな」
楽し気に顔を合わせて二人して相槌など打っている。
いよいよ意味がわからないと春人は首を傾げた。
(なんなんだ……まあ、正直仲がいい分には全然いいんだけど)
春人は困惑していながらもどこかほっとしていた。
(美玖の話した時ちょっと困ってたみたいだからな。琉莉がいつもみたいに仲良くできてんならいいか)
春人が昔会ってた女の子が美玖だと打ち明けたとき琉莉も動揺していた。
どう接していいかも悩んでいたが今はそんな心配もないらしい。
仲良くくっ付く二人を見て春人は頬を緩める。本当に良かったと。
だがそれを琉莉は敏感に感じ取り春人へじとーっと粘っこい視線を向ける。
「兄さんまた私たちをいやらしい目で見てる」
「おい止めろ。冤罪だぞ。それに他にも人いるのにそんな人聞きの悪いこと言うな」
「美玖さん気を付けて。兄さんが狙ってる」
「聞けよ人の話」
春人の言い分を聞かずに、ほぼ琉莉の中では決定事項らしい。
春人もそういう目で見ていなかったかといえば疑わしいところがあるので強く出れない。
そんな二人の話を聞いていた美玖が口を開く。
「私はどんな目で見られてもいいよ?」
「ちょっ、美玖!?」
なぜかきょとんとしている美玖に春人は目を大きく開け驚いたように声を上げる。
そんな美玖の言葉は当然琉莉も聞いており、こちらも目を丸くして驚いていた。
「え、いいの美玖さん?」
「うん、春人君だしね。今更だよ」
「いや、ちょっと本当に。美玖こっち来て」
美玖は「ん?」と首を傾げながら春人の方に身体を傾ける。
「どうしたの?」
春人は琉莉に聞こえないように小声になる。
「どうしたのじゃない。なんだよ俺にならどんな目で見られてもいいって」
「だって本当だし」
「本当でも琉莉がいるだろ」
「いるけど……なにかまずかった?」
「まずいだろ。他の人たちの前では普通にしてるって言ったろ」
「?だって琉莉ちゃんだよ。他人じゃないし、はる君の妹だし、私の妹みたいなものでしょ?」
「本当に何言ってんの!?」
小声になるのも忘れ春人がそんな声を上げると琉莉が訝し気に視線を向けてくる。
春人は気を取り直すように首を軽く振ると美玖に顔を近づける。
「わかった。とりあえず琉莉の前でも普通にしててくれ。頼むから」
何を言ってもわかってもらえそうにないので、もう春人はこの際色々と言うよりも美玖にお願いすることにした。
そんな春人の懇願に美玖は少々不満げに眉を顰める。
「なに?琉莉ちゃんが私の妹になるのは嫌なの?」
「そういうことじゃなくて、今はとりあえず普通にしててくれ。別に嫌とかじゃないから」
「……まあ、わかったよ」
渋々といった様子で美玖は一応納得する。
そんな美玖の言葉に春人もとりあえずはほっと胸を撫でおろす。
(何考えてんだよ本当に。つうか琉莉が美玖の妹って……いやいや俺も何考えてんだ)
美玖が変なことを言うものだから春人もおかしなことを考え出す。
考えを一度リセットするように春人は首を大きく左右に振った。
そんな春人を余所に美玖は再び瑠璃に向き直る。
「兄さんとなに話してたの?」
「ん~秘密なんだけど……とりあえず琉莉ちゃんが私の妹になるのは嫌じゃないらしいよ」
「え、え?」
何を言っているのかと琉莉は頭に疑問符を浮かべている。まあ、当然の反応だろう。
そして美玖は本当に春人が言ったことを理解しているのだろうか。
その後は美玖が変なことを言い出さないか春人はひやひやしっぱなしで落ち着いて競技の観戦などできなかった。




