124話 本人になんて相談しているんだ
放課後の昇降口にまで続く廊下で琉莉は無意識に足を止めていた。
「あ」
思わず漏れた声にも気づかず前方から歩いてくる人物に視線が止まる。
「あれ、琉莉ちゃん。どうしたの?」
美玖は廊下で突っ立っている琉莉に気づくと首を傾げる。
いつもなら何よりも先に美玖に駆けつけている琉莉なのだが今日はそういうわけにもいかなかった。
どこか気まずげに顔を顰める。
(どうしよう。まだ美玖さんとどう接したらいいかわかってないのに……)
春人から美玖について話を聞いて以来、琉莉は心の整理のために美玖と会っていなかった。
だが同じ学校、同じ学年、会わないにも限度があり今日ついに顔を合わせてしまった。
「久しぶりだね琉莉ちゃん。文化祭以来?」
「……そうだね」
琉莉の視線が右下へと逸れていく。
まともに顔を見るのもどこか気まずい。
そんな琉莉の不審な様子に流石の美玖も気づいた。
「琉莉ちゃん?どうかした?」
「あの、どうかしたとかはないんだけど……」
どう言えばいいのか琉莉も言葉に迷う。
しばらく琉莉が自分の今の気持ちでどう美玖と向き合うか考えていると美玖の方から声をかけられた。
「琉莉ちゃんって今日この後あいてるかな?」
「え……」
一体何のことだと思ったがすぐに琉莉も理解する。
「えーと、今日は特にやることもないからあいてるけど……」
「ならちょっとお話しない?最近話してなかったから琉莉ちゃんともっと話したい」
「それは、いいけど……」
突然の美玖の誘いに琉莉は戸惑いつい了承の言葉を口にする。
言葉にしたらもう美玖は嬉しそうに笑顔を浮かべて琉莉の手を取っていた。
「ほんと?やった!じゃあ行こうか!」
「え、美玖さん――」
美玖にしては少し強引な行動に琉莉は困惑を顔に色濃く表す。
琉莉は美玖に連れられるがまま歩き、昔、幽霊騒動で春人たちと調査した校舎の近くにあるベンチまでやってきた。
「ここあまり人来ないから二人でゆっくり話すのにいいんだよね」
「そう、なんだ……」
未だに困惑を残したまま琉莉はそう答える。
美玖はベンチに座り隣のあいたスペースを手で叩く。
「ほらほら、琉莉ちゃんもおいで」
琉莉は躊躇いがちに足を一歩踏み出すとそのままゆっくり歩いていき美玖の隣にちょこんと座る。
(なんで今日の美玖さんこんなに押せ押せなの……)
心の整理も終わってないのに琉莉は美玖の積極的な姿に只々押されていた。
押されるがままにこんなところまで来てしまった。
(確かにずっとこのままってわけにもいかないから美玖さんと話せるのはいいんだけど……それでも今じゃなくてもなぁ)
内心琉莉はひよっていた。
いろいろ言い訳をして美玖と話すのを先延ばしにしてきた付けがここに来て琉莉を苦しめる。
そんな琉莉の内心などわかるはずもないのだが美玖の言葉で琉莉は心臓が口から出るのかと思うほどに驚く。
「琉莉ちゃん最近何かあった?」
「――ッ!?」
一体なぜと顔中に表すように琉莉は目を大きく開けて美玖を見る。
誤魔化すとかそんな余裕もなかった。その反応に美玖も確信したのか言葉を続ける。
「最近会ってなかったなってのもあったけど、廊下で見た琉莉ちゃんが少し様子おかしかったからさ。ちょっと気になって」
「……そうか」
琉莉は俯き小さく呟くように言葉を吐き出す。
ちゃんと隠せているとは思っていなかったがいきなり確信をついてくるとは琉莉もどう対応したものかと一瞬悩むが……。
(これって一応チャンスだよね。美玖さんと話す)
ずっと避けてきたがこの際どんな形でも美玖と二人きりで話せる場面はそうないだろう。
香奈は膝の上に置いた手を強く握りながら意を決して口を開く。
「……あのね美玖さん。ちょっと悩んでることがあって」
「うん、なにかな」
「その……昔の友達なんだけど。ずっとその子が悪いと思ってたことが最近ただの勘違いで何も悪くなかったってことがわかってね……でも私はずっとその子が悪いと思ってたから今更どう接していいかわからなくなっちゃって……だからその……困ってて」
流石に直接美玖の名前を出すわけにもいかず、話をぼかしてみたはいいが……。
(なんで本人にこんなこと話してんの私!?おかしいでしょ!美玖さんに美玖さんとどう接していいかわからないって相談するの!あー、こうなったのも全部お兄のせいだ!)
言葉にしてみたはいいがやっぱりおかしな状況だ。
先ほどまでチャンスなのではなど考えていた琉莉だが次第に自分でも意味がわからなくなってきていた。
そんな困惑しており琉莉を余所に美玖は難し気に顔を顰めていた。
(あれ?これってもしかしなくても私のことじゃ……。多少話を誤魔化してるみたいだけど、勘違いどうのって最近すごく聞いた言葉だし)
春人と話した際にお互いに思い込みがあり長らく勘違いしていたと聞かされた。
だからこそとても印象に残っている言葉だ。
なので最初から琉莉の言葉を美玖視点に置き換えてしまえばすぐに答えにたどり着いてしまった。
(えぇ、どうしよう……私が聞いてよかったのかなこれ……)
自分から聞いておきながら美玖は気まずく顔の筋肉が硬直し冷や汗が流れる。
それでも何も言わないわけにはいかず美玖は悩まし気に口を開く。
「えーと……勘違いってその子から何か聞いたの?」
「ううん、私は直接聞いてない。兄さ――友達から聞いたの」
「そ、そうか」
(今兄さんって言いかけたよね!?やっぱりそうかぁ……)
決定的な言葉を聞き美玖は天を仰ぎ見る。
(別に軽い気持ちで聞いたわけじゃないけど、まさか自分が原因の悩みだとは)
どうしたものかと美玖は悩んでいるとその顔を琉莉が不安げに見つめていた。
美玖は急いで身なりを整える。
(だめだめ。今は私が琉莉ちゃんの悩みを聞いてるんだから!私のことなんて後!)
美玖は気持ちを入れ替え琉莉に向き直る。
「あのね。えーと……琉莉ちゃんはその友達と今後どうしたいのかな?」
「どうって……ちゃんと話したいけど……」
「けど?」
「……やっぱりまだ気持ちが整理できない」
琉莉は弱々しく口を動かす。
長年ずっと嫌悪感をいだいていたのだから無理もないだろう。
「なら、その子のことをまだ嫌いだったりする?」
「それはない!」
食い気味に琉莉が声を上げる。鬼気迫るような琉莉の声に美玖は目を丸くする。
「それはない……ないよ」
もう一度琉莉は繰り返す。自分の気持ちを確かめるように。
先ほどのような切羽詰まったような様子はないが、それでも琉莉の気持ちは美玖にも痛いほど伝わってくる。
「それならその気持ちをそのまま友達にぶつければいいと思うよ。その友達も……その、拒否したりしないと思うし」
美玖は気恥ずかし気に頬を掻く。
自分のことなので言葉にするとどうしても照れが出てしまう。
そんな美玖の言葉と態度に琉莉も何となくだが察してしまう。
(あぁ、これ美玖さんにバレてるな……ほんと恥ずかしい……でも)
琉莉は照れ隠しに髪を指先で弄んでいる美玖を見ながら頬を緩める。
(気づいてそんなこと言ってくれてるんだね)
琉莉がどんな気持ちを抱いていたとしても美玖は拒絶などしないと。
事前に伝えて琉莉を安心させようとしてくれている。
(やっぱり美玖さんなんだね……)
実際昔にどんなやり取りがあったかは当事者ではない琉莉は知らない。
それでも今の美玖が琉莉が知っている美玖だ。
その事実を再確認し最近の自分を悩ませていた憑き物が徐々に消えてなくなっていく。
安心して心も軽くなり琉莉は美玖の身体に抱き着いた。
「わっ……琉莉ちゃん?」
「ちょっとだけこうさせて美玖さん」
この暖かい気持ちが消えてなくならないように心に止めるように美玖へぎゅっと抱き着く力を強くする。
最初は呆然としていた美玖もそんな琉莉の様子を見て優し気に顔を和らげる。
「うん、いいよ。好きなだけそうしてて」
言葉と一緒に琉莉の頭を優しく撫でていく。
春人と一緒に長年琉莉を苦しめていた心に刺さった棘が今日やっと抜けて消えてくれた。




