122話 二人っきりで
昼食の時間は最近、美玖と香奈と一緒に過ごすことが多い。
というのも美玖が昼休みになればすぐに春人を誘うので自然とそういう流れになる。
春人も普段から一緒に食べる人を決めているわけではなかったのでそこは全然いいのだが……。
今回はまた美玖の様子が違った。
何やらそわそわと春人の方を確認しながら落ち着きなく身体をもじもじと動かしている。
授業終了のチャイムと先生が教室から出て行くのとほぼ同時に美玖は春人に声をかけた。
「春人君!」
「え、なんだよ?」
何やら気合の入った声に春人は仰け反り困惑する。
「今日一緒にご飯食べない?」
「まあ、最近ずっと一緒だし別にいいけど」
なんでこんなに前のめりなのかはわからないが春人はとりあえず了承する。
そして机をいつものようにくっつけようとするが――。
「あ、今日は……ここじゃなくて……」
「ん?」
歯切れの悪い美玖に春人はいよいよわからなくなり疑問符を頭に浮かべる。
「どうしたんだ今日は。何かあったか?」
「何かあったわけでもないんだけど……あのね」
美玖は上目遣いに春人の顔を見上げる。
「今日、香奈が生徒会の仕事でいないの」
「あーそうなのか」
「うん、それでね……二人で食べたいなって」
「?ああ、いいぞ。別に最近だと二人で食べることも増えたし」
香奈が生徒会でいないことはたまにある。その際は自然と春人と美玖の二人で昼食を取ることになるがこれに対して最近ではクラスも慣れた光景のようで特に何か言われるようなことも減った。
というか……。
(文化祭からなんか周りの態度が変わったんだよな)
文化祭が終わって以降、春人が美玖と一緒にいても何か詮索されるようなことも無くなってきた。
今は一緒にいて当たり前のような雰囲気だ。
まあ、文化祭中あれだけ仲の良い姿を周りに見せびらかしていたら当然かもしれないが。
春人が美玖の話を余所に最近の周辺の変化を考えていると頬を膨らました美玖が顔を寄せてきた。
「ちょっと、春人君聞いてる?」
「おっ……ああ、聞いてるぞ」
「ほんとにぃ?」
疑わし気にジト目を向けられるが春人は必死に笑顔を貼りつけ誤魔化す。
そんな春人の様子に美玖は疑いを濃くするがすぐに視線を外す。
「まあいいや。それでね。二人で食べたいの」
「うん。だからいいぞ食べても」
なんでこんなに何度も確認してくるのか春人は首を傾げていると少し頬を染め始めた美玖が更に言葉を続ける。
「二人っていうのはあのね……二人きりってことで……」
もじもじと落ち着きなく身体を揺らし始める。
その美玖の様子に流石の春人も言いたいことを理解する。
「あー……なら……この前の渡り廊下のとこはどうだ?あそこなら人来ないし」
春人は人目がなさそうな場所を提案し美玖に伝えると美玖は、ぱっと春人の顔を見て目を丸くする。
「いいの?」
「だからいいって。別に美玖と二人きりでご飯食べてダメなこともないだろ」
春人の返答に美玖の顔は次第に花が咲くように笑顔に変わっていく。
「うん、うん!なら早く行こ!折角の二人の時間が無くなっちゃう!」
「そんなことあまり大声で言うなっ」
本当に嬉しそうで美玖は周りが見えていないようだ。
春人は周囲に視線を向ける。
何人かには聞こえていたのではないだろうか。
それでも美玖がさっさと廊下に出て行ってしまうので春人も後に続く。
しばらく美玖と並んで歩けばすぐに目的の場所に到着する。
ここは文化祭中に偶然見つけた場所だ。
授業でも滅多に使わない校舎の渡り廊下なので当然人目がない。
渡り廊下の階段部分に二人は並んで腰かける。
春人は早速弁当箱を包んでいる布を解くと蓋を開けた。
美玖も遅れて弁当を開ける。
「じゃあ食べるか」
美玖の準備が終わるのを見届けていた春人が箸を持ち手を合わせる。
しばらく二人は黙々と食事を取っていたが……。
「……はる君、あのね……」
美玖が視線を弁当箱に落としながら躊躇いがちに口を開く。
「どうした?」
「えーと、その……」
春人の方も見ようとせず頬まで染めて恥ずかしそうにしだしたので春人も少し不安になる。
「え、本当にどうした。なにかあったのか?」
「いや、違うんだけどそのね…………今日このお弁当私が作ったの」
尻すぼみに声が小さくなるが春人はしっかり聞き取れた。
「そうなのか?美玖って料理もできるんだな」
「うん、少しだけどね。それでね……ちょっと食べてみてほしいなって」
「食べてって、美玖の弁当を?」
美玖は黙って首をこくっと縦に振る。
いつもらしくないしおらしい反応に春人は少し微笑ましく笑みを作る。
「そんな緊張しなくても」
「す、するでしょ。自分が作ったもの好きな人に食べてもらうなんて……」
「そ、そうか……確かにそうかもな……」
いきなり好きな人とか言われると流石に照れる。
春人は頭を掻きながら照れを誤魔化す。
美玖も恥ずかしさからか顔を真っ赤にし口を結んでいるが、意を決したように顔を上げると弁当箱内の卵焼きを箸で掴む。
「は、はい!はる君!」
「お、おう」
気合でも入れたいのか気迫のようなものを感じる美玖が卵焼きを春人の口許に運ぶ。
二人きりで食べたいと言い出したときから何となく察していた。
「やっぱりこうやって食べるんだな」
「い、いいでしょ!これくらい……」
美玖は普通に春人に、あーんと食べさせようとする。
春人の指摘に美玖は目に見えて恥ずかしそうに視線を逸らす。
「というか前まではこれくらい平然とやってなかったか?」
初めて美玖から直接食べさせてもらったときは結構自然となんてことないと言った様子だった。
それが今はなんて初々しい反応を返してくれるのだろう。
美玖の変化に春人は少し困惑していた。
その春人の言葉に美玖は更に恥ずかしそうに耳まで真っ赤にする。
「だ、だって……前までははる君が好きなこと隠してたから……あとで何とでも言い訳できたけど、もうそれもできないでしょ?私が好き過ぎてはる君に尽くしたいってバレちゃうわけだし」
熱のこもった瞳がチラチラと春人を窺うように見てくるのが可愛らしく春人は顔が熱くなるのを感じた。
(何この可愛い生き物。健気過ぎて俺の方がどうにかなりそうなんだが)
春人は嬉しさや恥ずかしさでにやけそうになる顔を必死に抑える。
こんなことを言われて嬉しくない男子などいないだろう。春人の反応は一般的な男子高校生として普通のものだ。
「あの、はる君。恥ずかしいから早く」
美玖は卵焼きを春人の口許に運んだ状態のままだ。
恥ずかしさからなのかぷるぷると卵焼きが揺れている。
美玖の可愛らしい反応につい春人も現実から離れてしまっていた。
「あ、ごめん。じゃあ……食うぞ?」
「はい、どうぞ……」
恐る恐ると春人は美玖から差し出された卵焼きを口に含む。
その際、箸が唇に触れ春人はピクっと肩を揺らす。




