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119話 今までの空白の時間を埋めよう

「あ、ねえねえ、ここ入ろうよ」


「ここって……」


 美玖が通りかかった教室を指さしながら立ち止まる。

 春人は教室前に立てかけられている看板を見る。


「占いの館……占いか」


「うん、私たちの相性見てもらおうよ」


「バカなの?」


 春人は思わず真顔でストレートに言葉が出てしまった。

 そんな春人に美玖は目を見開き抗議する。


「なっ、バカってなに!?」


「相性ってそんなん恋人同士が見るものだろ。そんなの占ったら俺たち付き合ってますって言うようなもんだ」


「別にそんなことないでしょ。普通に友達でも占ったりしてるし」


「それでも人目ってもんがあるだろ。ただでさえ目立ってんのにこんなとこ入ったら不審がるやつらは絶対いるぞ」


 春人は周囲に視線を向ける。

 実際に行き交う人がチラチラとこちらを見ている。


「むー、考えすぎだと思うけど」


「考えすぎの方がいいんだよ。とりあえずここはなし」


 美玖が不満げにジト目を向けてくるが春人は一切引く気はない。

 いらぬ誤解は生まないに限る。


「なら春人君はどこがいいの?」


 一応人前だから気にしてくれているのか、春人の呼び方が戻っている。


「どこって……思いつかないからこうして歩いてんだけどな」


「これもいいんだけど、もっとデートっぽいことしたい」


「さっきは歩いてるだけでデートっぽいとか言ってなかった?というかあまりデートとか言わないで」


 誰が聞いているのかもわからない。

 春人は咄嗟にチラっと周りを確認してしまう。


「それはそうなんだけどー。実際やってみると欲が出るというか。もっとそれっぽくしたいというか」


 美玖が拗ねた子供のようにわがままを言う。


「もっとそれっぽくと言われてもな」


 春人は困ったように頭を掻きながら考える。

 文化祭を女子と回るのなんて初めてなのになんともハードルが高い。


「あ、なら俺たちのクラスに行ってみるか?」


「私たちのって……デート終わりってこと?」


 美玖が見てわかるほどにしょんぼりと眉尻を下げる。

 あまりにもわかりやすい反応に思わず苦笑してしまう。


「いや、そうじゃなくて。普通に客として行こうって。俺たち接客とかばかりで客としてはクラスを楽しんでないだろ?」


「あー、そういうことか、なんだ……でもいいのかな、お店の宣伝もあるのに」


「むしろ美玖が教室にいれば客が来ると思うけどな」


 歩いているだけでも宣伝にはなるだろうがやはり大半の客の目的としてはメイド姿の美玖を見ることだ。

 宣伝として歩いていればその目的はもう達成されてわざわざ美玖のいないクラスにまで足を運んでくれる人は少ないだろうが美玖がクラスにいるのなら行かざる得ない。


「そういうことなら行ってみようか。私たちの教室」


「ああ」


 春人たちは目的地も決まり迷うことなく歩みを進める。


 教室に到着するとやはり美玖がいたときほど混みあってはいない様子だ。

 それでも列を作っているので美玖の宣伝の効果は出ているのかもしれない。


 数分並んだところで春人たちの番が回ってくる。

 店内に入るとクラスメイトに迎えられた。


「いらっしゃ――って、百瀬くんと桜井さん?帰ってきたの?」


「いや、客としてきたんだよ。最後に自分のクラス楽しんでおこうと思って」


「あー、そういう。ならちゃんと接客しないとね。――いらっしゃいませ。席にご案内します」


 女子生徒は春人の話を聞き終えるとすぐに店員として二人を迎え入れた。

 店内に入るとメイドがメイドを接客する構図が出来上がり物珍しさに店内が少し騒がしくなる。


 席に案内されると春人と美玖は向かい合って座るが美玖が落ち着かないといった様子でそわそわと身体を揺らしている。


「なんかこの服で接客されてるの変な気分」


「普通接客する側だもんな。見ててちょっと面白かったぞ」


「楽しんでるんだろうなとは見てて思ったよ。春人君ニヤニヤしてたし」


「に、ニヤニヤはしてないだろ」


「さぁ、どうだろうねぇ」


 揶揄うように笑みを作る美玖に春人は頬を引きつらせる。

 なんとも甘い空気を漂わせていると接客してくれていた生徒が春人たちに声をかける。


「あの……注文いいかな?」


 二人の間に入る気まずさからか女子生徒は躊躇いがちに笑っていた。


 すっかり女子生徒の存在を忘れていた春人が慌てて口を開く。


「あっ、すまん。注文だな。俺はコーヒーで、美玖は?」


「私は紅茶にしようかな」


「ふふふ、コーヒーと紅茶を一つずつですね。では二人ともごゆっくり~」


 なにやら微笑ましいく笑顔を向けると女子生徒は厨房の方へと消えていった。


「しまったな。普通に話してた」


「話すぐらいいいんじゃない?」


「話すの事態はいいんだけど、なんていうか……空気が変わるというか。さっきの俺たちの会話って普通か?」


「普通でしょ?そもそも普通がよくわからないけど」


「その辺の線引きがむずいな。油断してると美玖が暴走しかねん」


「ちょっと、なんで私が何かやらかす前提なの?」


「ついさっき相性占おうとか言ってたからな」


「だからあれくらいは普通だって」


 むすっと頬を膨らませた美玖だったが――。


「ぷっ」


 次の瞬間にはなぜか吹き出していた。


「何がおかしいんだ?」


「だって今まではこんな話しできなかったなーって」


 春人との関係の変化を実感したのか美玖は嬉しそうに微笑を浮かべる。

 そんな美玖の様子に春人もつられて笑みを作る。


「確かにな。こんなこと今まで考えもしなかったし」


「これも春人君が思い出してくれたおかげだねー。本当に今幸せ」


 とろんっと目尻を下げる美玖。


 こんなにも素直に気持ちを伝えられると春人も嬉しいが気恥ずかしい。

 誤魔化すように視線を逸らす。


「あ、照れた」


「照れてねえよ」


「絶対照れたよー。にひっ」


 先ほどからずっとご機嫌に笑顔を振りまいている。


 周りの生徒も春人たちが気になり様子を窺っているが美玖が笑うごとに淡いため息を漏らしている。


「ふふふ、はる君」


「なんだよ」


「楽しいね」


 小声で春人を呼ぶ美玖は本当に楽しそうで幸せそうな顔をしていた。

 そんな美玖に照れていたことも忘れ春人は一瞬見惚れてしまう。


「ああ……楽しいな」


 愛おしさがこもった優し気な声が自然と漏れる。


 文化祭が終わる時間まで春人たちは今まで空白になっていた時間を埋めるように、時に笑い、時に揶揄い合いながら語り合った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回で文化祭編が終了となりました。徐々に縮まる二人の距離感と甘いやり取りを描くのはとても楽しかったです。


とりあえず一区切りといった感じとなりました。

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