115話 再会の喜びと……
春人たちの助けがあってかはわからないが、どうにか吹奏楽部が演奏する時間までに舞台の整理は間に合った。
春人と美玖も間に合ったことに、ほっとしてはいるものの心ここに在らずといった様子だ。
隣に並んでいるのにその間に何か壁を感じるような気まずさがある。
「いやー、ありがとね二人とも」
香奈が笑顔を向けながら二人にお礼を口にする。
「これくらいならどうってことないぞ」
「うん、よかったね香奈、演奏間に合って」
三人で言葉を交えていると葵が近づいてくる。
「助かったよ二人とも。おかげで問題なく進められそうだ」
「会長もお疲れ様です。ずっと指示出してましたけど少し休んだ方がいいんじゃ……」
「私は指示を出していただけだよ。実際に働いていた生徒たちの方が疲れているのに私が休むわけにはいかんよ」
葵はなんてことないと肩を竦める。
それでも人に指示を出すのは言うほど簡単なことではないだろう。実際に動いていた生徒とは違う疲れが溜まっているはずだ。
「あまり無理しないでくださいね」
「ああ、ありがとう」
春人の心配が届いているかはわからないが葵は表情を和らげる。
「ところで君たちはこれからどうするんだ。よければこのまま吹奏楽部の演奏を見ていくか?」
「あー、俺たちは……」
用事ではないがやりたいことは春人にあった。
でもこれは春人のわがままのようなもので美玖に強制することもできない。
葵からの誘いを断るべきなのか悩んでいると制服の裾を引っ張られるような感覚に気が付く。
「ん?」
チラッと確認してみると美玖が指先二本で力弱くもしっかり掴んでいるのが見える。
口には出さないが美玖の言いたいことは春人にもわかった。
「すみません。その……俺たちちょっとやらないといけないことがあって」
「……そうか。なら仕方ないな」
葵は美玖の反応にも気づいたようなそぶりを見せたが特に理由などを聞いてくることもなくあっさり身を引く。
まあ、そんな中空気を読めない人間もいるのだが。
「え、何やるの二人とも?というかさっきの反応の理由を教えて!」
「香奈。君もまだ仕事があったと思うが?」
「え?ああ!そうでした!演劇部との時間調整しないと!」
「ああそうだ。そういうわけで私たちもここで失礼するよ。二人とも文化祭を最後まで楽しんでくれ」
葵は香奈の背中に手を添え早く行くように促す。
明らかに気を使われているような葵の行動に春人と美玖は苦笑する。
「会長なんか気づいたかな」
「どうだろうね。でも察してはくれてたみたい」
一度間を置き二人は葵たちが去っていった方を意味もなく見続ける。
そして吹奏楽部の演奏を見に体育館に人が集まってきたタイミングで春人は口を開く。
「行こうか」
「うん」
春人と美玖は二人並んで集まってくる生徒の波に逆らって体育館を出て行く。
心なしかその歩みはいつもよりも早足気味に思う。
二人黙ってそのまま先ほども来た人通りのない校舎を繋ぐ渡り廊下の場所に到着する。
先ほどまでの体育館が騒がしかったので、ここは異様に寂しく冷たく感じるが今の二人にとってはこの静かさがありがたかった。
春人は周りに本当に人がいないことを確認し一度美玖の顔を見て躊躇うような考える素振りを見せるが意を決し口を開いた。
「さっきの話の続き……しようか」
「………」
美玖は無言ではあったが首を縦に振って同意を示す。
春人は大きく息を吸いゆっくり吐くと美玖の目を真っ直ぐ捉える。
「美玖。小学生の低学年ごろ……俺たちは公園で会ったことがあるか?」
緊張で喉が痛いくらいに乾いてくる。
何度唾を飲み込んでもその乾きが潤うことはない。
春人は美玖の返事を永遠に感じられる時間の中で待った。
すると美玖の方にも動きが見える。
躊躇いがちに唇を震わしながら口が動くと小さいながらもしっかりと聞こえる声が漏れだす。
「やっぱり思い出してくれたんだ。そうだよ……私たち昔会ってるよ」
言いながら笑みを浮かべる美玖の瞳に薄っすらと涙が溜まる。
何年も待ったのだ。嬉しくて嬉しくてもう感情のコントロールなんてできないししようとも思っていない。
ありのままの感情を美玖は今表に出していた。
春人は一度美玖から視線を外すと「そうか」と呟き、再び考えるような素振りを見せる。
難し気に眉根を寄せ何かについてとてもとてもよく考えを巡らせている。
「春人君?」
美玖も春人の様子がおかしいことに気づいたのか訝し気な不安そうな視線を向ける。
「……ふー」
美玖から名前を呼ばれ春人も意を決したように美玖に視線を戻す。
その真剣な表情に美玖は思わず息が詰まる。
一体どうしたのかと不安が押し寄せてきた。




