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113話 昔止まった時計の針が動き出す

 回りだして五分ほど。体感的にはもっと長く感じていたがコーヒーカップという名の拷問マシンから解放された。


 フラフラな足取りで春人はコーヒーカップから下りる。


「うぇー……きもぢわる」


 眉間に皴を作り顔を顰める。


 地面に下りたというのにまだ回っているような感覚だ。

 他の客たちも似たような状態で地面に膝をついてえずいているものまでいる。


「……なんで美玖そんな平気そうなの?」


 そんな中で美玖だけが平然としていた。


「なんでだろう?ずっと春人君にもたれかかって外見てなかったからかな?」


「もたれかかって……いやいいや。うっ……」


「大丈夫?」


 美玖が春人の背中を労わるように擦ってくる。優しく触れてくれるその手から温かみを感じる気がして春人の気分も少しは良くなってきた気がした。


 そんな苦しみから少しずつ回復している中、元凶である宏大がやってくる。


「どうだ百瀬。楽しんでもらえたか?」


「楽しんでるように見えます?」


「気に入らなかったか?もう少し速く回せたら良かったんだがやはり八人も乗ってるとスピードも出せんな。悪かったな百瀬」


「いや。速く回せば楽しんでくれるって考えをまず捨てましょう」


 子供じゃないんだからあんな速度で回されては身が持たない。


「そうか?そういうものなのか。だが桜井は楽しんでくれたみたいだな」


「はい。私は楽しかったですよ」


「マジかよ」


 春人は気持ち悪さと驚きで変に顔を顰める。


「うん。私昔から回る遊具とか好きだったからコーヒーカップも好きなのかも」


「あー、回る遊具って公園とかにあったやつか。確かグローブジャング……」


 言いかけて春人は美玖の顔をありえないものでも見るように目を丸くして見る。

 美玖もどうしたのかと不思議そうに見返してくる。


(いや、たまたまだろ。さっきちょっと昔のこと思い出したからだ。だから少し敏感になってるだけだ)


 こんなことよくあるだろうと春人は自分に言い聞かせる。

 頭ではわかっているのだが一度浮き上がった疑心はなかなか沈んでいってはくれない。


 思えば不思議ではあった。

 高校に入学して美玖は初対面である春人にとてもフレンドリーに接してきた。

 もっと他の言い方で言えば昔からの知り合いみたいな感じに。


 もちろん美玖が誰にでもそうであるという可能性もある。だが、春人が見ている限り女子にならともかく、男子であそこまで距離を縮めるような行動をとってきたのは春人だけだ。


 極め付けは春人を“はる君”と呼んだことだ。


 このあだ名は昔、仲良くしていた少女から呼ばれていたもので、それ以外の人間から呼ばれた覚えはない。


 根拠としてはまだ弱すぎる。


 それでも今、目の前にいる少女と昔の少女の面影がどことなく一致してしまう。


 もう止めることはできなかった。


 もしそうなら知りたかった。


 どうしてあの時来なかったのか。


 なんで黙って行ってしまったのか。


「美玖、俺たちって――」


 春人の口がゆっくりと開いていく。


「――昔会ったことあるか?」


 一瞬時間が止まったような感覚に襲われる。


 こんなこと聞かれたら普通は怪訝に思うだろう。

 だが――。


 美玖の顔が驚いたように目を丸くし口許を押さえる。


「え……思い、出したの?」


 零れるように紡がれたこの言葉はもう確定だろう。

 春人も息を呑み、呼吸をするのも忘れてしまう。

 お互いに目を大きく開いたまま見つめ合う。


 昔止まってしまっていた時間の針が動き出そうとする。


 だがそんなときに思わぬ形でこの針は再び止まる。


「あ、こんなとこにいた!春人ぉっ!」


 突如教室の扉の方から自分を呼ぶ声が聞こえ、春人は怪訝な顔を作る。


 現れたのは先ほど別れた香奈だ。春人の名前を呼びながらバタバタと足音を立てながら近づいてくる。


「は、え?……なんだよ?」


「なんだよ、じゃないよ!ずっと電話してたのに」


「電話?」


 春人はスマホを取り出す。

 確かに香奈からの着信がずらーっと並んでいた。


 ちょうどコーヒーカップに乗っていたころだ。気づけなかったのは仕方ない。


「ちょっと来て、生徒会の仕事で人手が足りないの」


「なんで俺なんだよ。他にもいるだろ」


「あんた、あたしのこと勝手に変な勝負に巻き込んでおいてよく言えるね」


「………」


 それを言われては春人も何も言い返せない。

 黙って顔を逸らせていると香奈が腕を引っ張ってきた。


「ほら!潔く来なよ。悪いようにはしないから」


「それは悪いことになる振りだろっ。というか俺が行くと美玖が一人になるから無理だぞっ」


 春人が美玖と一緒にいるのは変な奴が絡んでこないようにするためだ。美玖を一人にするという選択肢は初めからない。


「あ、なら美玖も来る?人手は多い方がいいし」


「いやそういうことではなく」


 こんなことをしている場合ではない。

 さっきの言葉の真相を春人は早く確認したかった。


 というのに美玖はというと――。


「うん。大丈夫だよ。行こうか」


 香奈に同行することに承諾してしまった。


(なんで!?今それどころじゃなくない!?)


 驚愕と困惑を入り混ぜながら春人は目を大きく開くが美玖は至って落ち着いた様子だった。


 だけどその裏で落ち着きなく目線が揺れている。内心では美玖も春人と同じだろう。それでも香奈についていくのは一度よく考える時間が欲しいのか。


「よし。ならしゅっぱーつ!」


 元気いっぱいな香奈とは反して春人と美玖の心は大きな波を立てとても香奈のテンションについていく気にはなれなかった。

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