112話 コーヒーカップって絶叫マシンだったんだな
「わ、わかった。じゃあ……乗るか?」
「うん」
春人の言葉に頷く美玖を確認し宏大がまた豪快に笑う。
「あははっ!そうかそうか。ではこっちだ!」
宏大は春人たちを引き連れて教室に入る。
入ると接客担当の生徒なのか扉付近にいた男子生徒が春人たちに声をかけてくる。
「いらっしゃいませ――って、桜井さん!?まじで!?うちの教室に!?」
美玖を見て男子生徒は動揺を露にしている。
「おい鈴木どうした?後輩の顔を見てそんな驚くか」
「いやだって……まさか桜井さんが来るとは」
「?おかしなやつだな。そんなことより早く案内してやるぞ。百瀬たちは俺たちのクラスのコーヒーカップを乗りに来てくれたんだからな」
「ああ……」
鈴木と呼ばれた男子生徒はいまだに困惑しているが宏大が先を促す。
それでも鈴木の反応はこの場では正しいのだろう。
コーヒーカップまで案内される短い道のりでも教室内にいる生徒から好奇な視線を向けられる。
(これは一体どう思われているんだろう。カップルとか思われてんのかな)
今日何度目だろうか。こんなに注目を集めるのは。
春人は身体に突き刺さる視線に耐えながらコーヒーカップの中に座る。
そしてもちろん美玖も座るのだが……。
「……美玖さん近くない?」
「狭いんだし普通だよ」
「普通……普通かぁ」
コーヒーカップは一応三人くらいなら余裕で座れそうな広さはある。
こんな肩が触れるくらいまで密着する必要なんてないと思うのだが……。
それに先ほどから美玖は、つーんっと拗ねたように口許が結ばれてる。
「あのさ……俺何かしたかな?」
もう考えてもわからないので春人は美玖に直接聞くことにした。
そんな不安そうな顔を作る春人を横目で一瞥し美玖は決まりが悪そうに口を開く。
「春人君は……悪くはない」
「俺はって……」
「ただ……私が……」
そこまで言うと美玖は口を閉じてしまう。
「え、なんでそこで止めるの?」
一番気になるところで口を閉じられ春人も対応に困る。
「いいから……もういいから。とりあえず春人君は悪くないから」
「それならまあ、これ以上聞かないけど……」
なんなのかとここに来てから春人は困惑しっぱなしだ。
コーヒーカップの準備ができたのか人力の回す役の生徒が配置につく。
するとその回し役の一人に宏大が声をかける。
「すまん。今回だけ変わってくれんか?」
「え、いいけど。……加賀美が回すのか?」
「当然。折角百瀬が来てくれたのだからな。部活に勧誘してたときに迷惑もかけたことだしここで楽しんでもらわないとな」
宏大なりの埋め合わせなのか春人に楽しんでもらおうと回し役を買って出たようだ。
「いやー……代わるのはいいけど……」
回し役の生徒達で目を合わせる。
すると全員が春人に視線を向ける。なにか心配するような同情するような視線を向けられる。
(え、何その目。なんかすごい嫌な予感がするんだけど)
先輩方の不穏な視線に危機感が強くなるが宏大がコーヒーカップと連結されている棒を力強く握る。
「それじゃあ行くぞお前たち!全力で回せよ!」
「「「お、おー……」」」
微妙に覇気のない声で返事をするとコーヒーカップが回りだした。
「お、おぉーすごいな。本当にコーヒーカップみたいだ」
「ほんとだね。でもちょっとはや――きゃっ」
回りだして数秒、助走がついていたコーヒーカップが一気に回転を加速させた。
重力に振り回され美玖の身体が春人にもたれかかる。
「美玖!?だ、大丈夫か?」
「だい、じょうぶだけど……動けない」
ぎゅーーーと美玖のいろいろな箇所が押し付けられ春人は身体を硬直させる。
(ちょっ、めっちゃ柔らかっ――じゃなく!これ結構きつくないか?)
他の客を見れば悲鳴を上げながらコーヒーカップの端に必死に掴まっている。
回し役なんて宏大が張り切るものだからそのスピードについていくのに必死のようで顔を真っ赤にしながら足を動かしている。
「加賀美先輩!少し速すぎませんか!?」
「なーに、この程度まだまだだ!もっと速くできるから存分に楽しんでくれよ!」
「いえ、だから、速いんですってもう!」
春人の言葉は届いていないのか、コーヒーカップは更に加速を続ける。
宏大の手によってコーヒーカップという名の絶叫マシンと化していた。
「マジでこれは……ちょっと美玖平気か?」
「大丈夫、ではないけど。この体勢なら何とか」
もう身体を立たせることも困難なスピードに美玖の身体は完全に倒れ春人の太腿の上に乗っかっていた。
そしてこんな拷問めいた状況の中、美玖は興奮で心臓をドキドキと高鳴らせていた。
(これって膝枕。膝枕だよね。春人君に膝枕されてる!)
口許をわなわなと震わせ現状を満更でもないと、むしろ嬉しさを感じながら楽しんでいる。
(あぁ、どうしよう。どかないと顔にやけちゃう。でもでも……)
動けないのだから仕方ないと美玖は膝枕された状態を受け入れる。
にやにやしそうな顔は春人のズボンに押し付けて。
「っ!ちょっと美玖!?なんで顔押し付けてくるんだよ!?」
「気にしないで」
「押し付けた状態でしゃべんな!なんかムズムズする!」
美玖の声で変に震えるズボンがくすぐったく、現状も相まって春人は悲鳴じみた声を上げる。
(ほんと……本当に誰か助けてくれっ!)




