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111話 彼女を連れてくるなら言ってくれればいいだろう

 香奈は生徒会の仕事があるというので再び美玖と二人になる。


 中庭は先ほどのステージの盛り上がりと美玖目当ての生徒が多く集まり人でごった返していたので再び人目の少ない渡り廊下に帰ってきた。


「春人君、次は行くとこ決めてる?」


「ああ、さっきパンフ見ててちょっと気になるのがあって」


 春人がパンフレットを開くと美玖も覗き込む。


「ほらこれ。コーヒーカップ」


 春人がパンフレット内の文字を指さす。示された文字と春人の言葉に美玖は少し驚いたように目を丸くする。


「え、コーヒーカップ?文化祭で?」


「珍しいよな。だからちょっと気になって」


 春人は無邪気な子供のように目を輝かせていた。

 遊園地で乗ることはもうほとんどないが文化祭でとなると違った楽しみがある。

 どんな感じのものなのか好奇心でわくわくしていた。


「コーヒーカップか……」


 美玖が息を漏らすように言葉を吐き出す。

 その反応があまり乗り気じゃないように思え春人は少し気落ちし聞いてみる。


「あれ?もしかしてあんまり興味ない?」


「っ!ちがっ、違くて……興味はある」


「そうか、なら……行くか?」


「うん……」


 何やらぎこちない美玖に春人も戸惑いを見せる。


 しかも美玖の頬が少し赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか。

 先に歩き出した春人の背中を美玖は目で追う。


「コーヒーカップって……二人で乗るんだよね……」


 ぼそっとこぼれた言葉に美玖は、はっと口許を押さえる。


 チラッと前を見れば春人は気づいていないのかそのまま歩いて先に進んでいる。

 美玖は、ほっと胸を撫でおろし春人の後を追った。


 コーヒーカップを出し物にしているクラスに到着し美玖は驚いたように目を丸くする。


「教室なんだ。外じゃないんだね」


「俺もなにかの間違いかと思ったけど、実際中でやってるもんな」


 春人は教室の中を覗き見る。


 そこでは三つのコーヒーカップが連結されており、その連結された中心部から伸びている棒を数人の生徒が押して人力でコーヒーカップを回していた。


 乗ってる側は楽しそうだが回している側は結構辛そうだ。

 春人がそんな肉体労働を強いられている生徒たちを見ながら眉を顰めていると後ろから声をかけられた。


「おお!百瀬じゃないか。お前も俺たちのクラスを見に来てくれたのか?」


「あ、加賀美先輩。ここ先輩のクラスだったんですか?」


「ああ、どうだ、結構な力作だろう。あははっ!」


 豪快に笑う宏大に春人は苦笑気味に笑う。


(なるほど先輩のクラスだったか。なんかすごい納得できるな)


 教室でコーヒーカップなんて出し物を実施する豪快さはとても宏大らしい。


 そして宏大は春人の傍らにいる美玖に気づく。


「お?百瀬一人ではなかったのか。確か……桜井だったか?」


「あ、はい。あの……体育館以来ですね?」


「ああそうだな。なんだ百瀬、彼女を連れてくるなら言ってくれればいいだろう」


「ちょっと加賀美先輩っ!?」


 とんでもない勘違いをしている宏大に春人は声を上ずらせる。


「ん?違ったのか?」


「違います!俺と美玖はそんなんじゃ――って、え?」


 不意に美玖の方にも視線を向ければ何やら不満そうに唇を尖らせていた。


「あの……どうかした美玖?」


「そんな強く否定しなくても」


 ぼそぼそと呟くような美玖の言葉は春人には聞こえず思わず聞き返す。


「え、何?」


「別に……」


 目も合わせてくれず、ぷいっと視線を外された。

 明らかにご機嫌斜めだ。


(えー……そんなに彼女って勘違いされたの嫌だった?)


 少しショックを受けながら春人は美玖のご機嫌をどうにか直そうと奮闘する。


「美玖その……加賀美先輩も悪気とかがあったわけじゃないし、あまり気にしなくても」


「別に先輩の言葉は気にしてない」


「え……じゃあ何が……」


 わからず春人が困惑していると美玖からじとーっと刺すような視線を飛ばされる。

 その視線の意味がわからず春人は余計に困惑する。


 そんな二人を見ていた宏大がおかしそうに大声で笑い出す。


「あはは!そうか、俺の勘違いだったみたいだな悪かった。だが、二人でここに来るくらいには仲がいいと見ていいのだろう?」


「?どういう意味です?」


 春人は宏大の言ってる意味がわからず首を傾げる。


「コーヒーカップに男女二人で来るんだ。相当仲がいいのだろう?」


「コーヒーカップに男女って――ッ!?」


 春人は強い衝撃を受けたように一瞬身体を硬直させる。

 宏大のこの言葉で春人はようやく理解する。


 コーヒーカップに男女二人で乗るなんてそんなの――。


(付き合ってるカップルみたいだ……)


 宏大の勘違いにも納得してしまう。


 こんなの誰でも想像できてしまうだろう。

 好奇心が先行して全く春人は考えていなかった。


(こうなるとちょっと乗りにくくなるな……)


 というより乗らない方がいのではないだろうか……。

 周囲に変な誤解を生むくらいなら乗らない方がいいかもしれない。


 春人は美玖に向き直る。


「その……ごめんな。ちょっと俺の配慮不足だった。やっぱり止めて違うの行くか――」


「乗る」


「え」


「乗る」


 美玖が不機嫌そうな顔はそのままに口を開く。


 春人は首筋に汗が流れるのを感じながら美玖に恐る恐るといった様子で声をかける。


「いやでも、いろいろと勘違いされるかもしれないというか」


「勘違いって?」


「だから……さっきみたいに彼女とか思われたりとか」


「私は気にしない」


 なんとも堂々とした姿に春人は息を呑む。


(えー……なんでそんなに意地になってんだよ)


 頑なにコーヒーカップに乗ろうとする美玖に春人は頬を引きつる。

 こうなっては説得はもう無理だろう。


 春人も覚悟を決める。

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