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104話 女子とお化け屋敷入るのって結構憧れるよね

 梨乃亜に案内されたのは春人たちの教室から少し離れた校舎にある教室だった。


 その部屋は教室二つ分の広さを有しているためお化け屋敷みたいな中を移動する出し物にはちょうどいい広さとなっている。


 教室の外の壁には血文字風に気味悪く「お化け屋敷」と書かれていた。


「なんか雰囲気はあるな」


「雰囲気だけじゃないよ。ちゃんと怖いからね~」


 梨乃亜が受付の生徒と少し話、お化け屋敷に続く扉を開ける。


「どうぞ~。ももっち、美玖っち」


「ああ」


 春人が先に部屋に入り、後ろから美玖が恐る恐るといった様子でゆっくりと中を窺いながら続く」


「あ、そうだ」


 そこで梨乃亜が思い出したように声を上げる。


「中は暗いから二人とも手握ってた方がいいよ~」


「「え?」」


「んじゃ、ごゆっくり~」


 二人の声が重なる、だが梨乃亜はそんなこと気にせず扉を閉めてしまった。


「………」


「………」


 残された二人はお互いに無言で見つめ合う。意識するあまり次の言葉が出てこない。

 幸いまだ入り口で顔くらいは見えるが、確かに先の方は足元の蛍光色に光る線のようなものしかなく相当暗いだろう。


(引き返すなら今しかないけど……美玖とお化け屋敷とか普通に入りたい気持ちもあるんだよな)


 女子とお化け屋敷なんてそうそうあるイベントではない。春人としては今この時を楽しみたかった。


 どうしたものかと考えていると美玖の方から手を握られた。一瞬ドキッと心臓が鼓動を刻む。


「っ!え、美玖?」


「ちょっともう怖い」


「あー……」


 見ると美玖の顔が少しだが強張っている。

 春人は思い出す。美玖は相当の怖がりだ。この段階でもう恐怖を感じているらしい。


 そんな美玖を見て先ほどまでの楽しもうと思っていた自分にひどい嫌悪感が湧いてきた。


「そうだよな。うん、やっぱりやめるようか。まだ入り口だし」


「それはなんかやだ」


「ああ、そうだな、じゃあ出よっ……え、なんでだよ?」


「常盤さんに笑われそうで……なんかやだ」


 それはとても想像できる。今引き返して扉を開けようものなら梨乃亜は面白い獲物でも見つけた勢いで美玖を揶揄うだろう。


 こうなったらもうどっちにしても進むしかない。

 春人は美玖を鼓舞するようにその小さな手を握り返す。


「なら行くぞ。怖かったら目瞑っててもいいし」


「うん、ありがと……」


 強張って震える声を何とか抑えながら美玖は春人に手を引かれお化け屋敷の中を進む。


 中は本当に真っ暗だった。その暗い中でカサカサと何かが動く気配や音が聞こえてくるのでなかなかの雰囲気が出ている。


「結構作りこんでるな。あの辺のお墓とかよくできてるし」


「うん……」


 少しでも気を紛らわせようと春人も話しかけたりしているが美玖の緊張は強まるばかりだ。

 そして最初の驚かされるポイントに入ったらしい。


 バシュッー!


 突然空気が勢いよく漏れ出すような音が春人たちの横で聞こえた。


「うおぉっ!」


「きゃあぁっ!」


 よくある音で脅かしてくるタイプの仕掛けだ。

 春人は小さく息を吐く。


「はー、びっくりした。俺この音で脅かしてくるの苦手なんだよな。怖くなくてもびっくりするし……って大丈夫か美玖?」


「だ、だだ、だいじょうぶ……」


 美玖の身体の震えが握った手越しに伝わってくる。全然大丈夫そうではない。暗くてよく見えないが薄っすらと目に涙が浮かび始めている。

 それでももう進むしかないのだが……。


「……行くか?」


「……うん」


 ゆっくりと美玖の歩幅に合わせて歩くが怯えた美玖の歩みはえらくゆっくりだ。なかなか次のポイントまでたどり着かない。

 少しでも美玖の恐怖を和らげようと春人は話題を見つけては美玖へ話しかける。


「えーと……そういえばさっきの琉莉の店のお菓子美味しかったな」


「うん」


「美玖のクリームぜんざいもうまかったか?」


「うん」


「抹茶パフェも良かったぞ」


「うん」


「……俺の話聞いてない?」


「うん」


(あーダメだ。重症だこれ)


 うん、しか言わないオウムのように繰り返す美玖に春人は困ったように頬を掻く。


(でも無理もないよな。実際本当によくできてんだよな)


 春人は周りに視線を巡らせる。

 先ほどの墓石はもちろん、破れた障子やコウモリの人形みたいなものまで細部にこだわりを感じる。

 梨乃亜が言う通り高校の文化祭としてはかなりレベルが高い方ではないか。


 曲がり角を曲がったときだった。死角から包帯を身体に巻き血だらけの見た目ゾンビのような恰好をしたお化けが春人たちの前に躍り出て声を上げる。


「うおおおぉぉぉっ!」


「ひいいいぃぃぃっ!」


 美玖が驚くあまり春人の腕を巻き込みながら身体に抱き着く。


 流石はお化け屋敷。こういった人が脅かしてくるタイプは当然あるだろう。


 春人もびっくりはするが美玖のようなリアクションまでは取れないし、それ以上に春人は動揺してしまっていた。


(ちょっとぉ!?くっつき過ぎくっつき過ぎだから!)


 春人の腕に普段ではあまり味わえない感触が襲っていた。それは周りが暗く視界が制限されていることもあってより鮮明に春人の頭に焼き付いていく。


(待て待て待てっ落ち着け俺!これは事故みたいなもんだ。美玖が怖がってんのに俺がこんなんでどうする)


 今も尚腕にしがみついている美玖を見下ろし春人は冷静さを取り戻していく。鋼の意志を見せ春人は至って落ち着いた声を吐き出す。


「あー……大丈夫か?」


「………」


 ついに声も出なくなったのか春人の腕に押し付けた顔をふるふると横に振る。


(流石に限界か)


 春人はそう判断し今脅かしてきたお化けへと声をかける。


「悪い。ここって途中で出れる場所あるか?ちょっともう連れが駄目みたいだ」


「え?ああ、そういう子もいるからちゃんと用意してるよ」


 お化けに話しかけるシュールな光景だがこの際気にしてはいられない。

 ここまで出来のいいお化け屋敷だ。やはりしっかりその辺も準備してくれたようで春人は安心する。


「じゃあ悪いけど――」


 案内を頼もうとした春人の腕が強く握られる。

 握ってきた相手を見下ろし春人は口を開く。


「どうした美玖?」


「私まだやれる」


「いや、だって――」


「やれる」


 頑なに継続すると主張する美玖に春人は困ったように眉を顰める。


(え、なんでこんなに意地になってんの?そんなに常盤に揶揄われるのが嫌か)


 春人はここで止めたら梨乃亜にバカにされると思って意地になっているのかと思っているが――。


(こんなとこでリタイアなんてかっこ悪すぎる。絶対に最後まで続けてやる)


 なんとも小学生のような見栄を気にしてのことだった。

 美玖は、キッと視線を春人に向ける。


「私やれるから!」


「そ、そうか……ならー行くか?」


 その気迫に押され春人は美玖とお化け屋敷の探索を再開した。

 したはいいが……。


「きゃああああぁぁああっ!」


 お化けが飛び出してきたら美玖が叫び。


「い、やああぁぁあああああっ!」


 大きな音がなれば絹を裂くような悲鳴を上げる。


 お化け屋敷としてはここまでのリアクションを取ってくれる客は嬉しいだろう。それほど美玖の反応は驚かされる人の見本のようなものだった。心なしかお化けたちも活き活きとしている気がする。


「はー、はー、はー……」


 出口についたころには美玖は息も絶え絶えに肩で息をしていた。


「美玖本当に大丈夫か?」


「これ、はー、くらい、だい、はー、じょうぶ……」


 焦点も定まらない瞳で必死に声を出す。

 見てるこっちが痛々しく思える姿だ。

 そんな春人たちの前に白い着物の幽霊が表れた。


「二人ともおつかれ~。美玖っち大丈夫~?」


「……余裕」


 明らかな強がりだ。でも先ほどまでの怯えていた姿は完全に消して平静を装っているところは見事である。


「そかそか~。楽しんでくれたなら良かったよ」


「うん、いい出来だったよ」


(今どんな感情で話してるんだ美玖は……)


 恐らく心にもないことを言っているのだろう。お化け屋敷の出来とかそんなこと気にしている余裕なんてなかったのだから。


「あー……じゃあ俺らはこの辺で。行こうか美玖」


「うん……」


 これ以上はいろいろまずいと思い春人は早々に話を切り上げる。


 美玖は少々覚束無い足取りで廊下を進んでいく。

 そんな美玖を梨乃亜が面白い子供でも見るように愛おし気に目を細めて見ている。


「余裕ね~。ここ結構声漏れるんだよね~」


 梨乃亜が廊下にいる間ずっと美玖の悲鳴は聞こえていた。それを強がって、余裕などと言う美玖に梨乃亜は少し興味を示した。


「ふ~ん、かわいっ、美玖っち」


 顔ににんまりと笑みを作りながら梨乃亜も歩き出す。先ほどよりも上機嫌に人混みの中へと消えていった。

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