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18 彼と少年の話



「……すごいな」


 ベルナンは思わずつぶやいた。

 どうなることかと心配してそっと開けた扉の外で見守っていたのだが、一般的にはこの行為は覗きと呼ばれることは言うまでもない。

 隣ではらはらと展開を見守っていたモニカも安堵あんどの涙を流している。


「……すごいな」


 もう一度ベルナンはつぶやいた。

 アリーサの姿がもう普通には見えなくなっているだろうに、その状態であそこまで言えるのはすごい。

 そして泣いている女性をああも慰められるのもすごい。

 もはやすごいという言葉しかベルナンは発することはできそうになかった。

 経験値としてか精神的なものか、一回り以上も年下の彼を上回ることができるのだろうかとすら思った。


「よかった、アリーサ。よかった……」


 モニカはモニカで、良かったという言葉しか発せられそうになかった。同じくらいの言語レベルで、彼らは感慨深くそこに佇んでいた。

 しばらくして泣きやんだらしきアリーサを、レイが優しく慰めている。

 その合間にしっしっと、ベルナンたちに向かって手が振られた。どうやら覗きはばれている。

 これ以上は良くないだろうと、彼らは退散することにした。


「ありがとうございます、ベルナンさん。ありがとうございます」

「いや、俺は何もしていない」


 神殿の一室でモニカは何度も頭を下げる。ベルナンは首を横に振った。

 本当に何もしていない。これはあの少年の手柄だ。執念といえるべきものかもしれないが。


「まあ、あとは後の話だ。あの少年が暴走することのないようにだけは気をつけるべきだが」


 ベルナンは苦笑しながらそう言った。

 彼と初めて会ったときのことを思い出しつつ。




 アリーサが神殿を抜け出してモニカの家に向かったとき、モニカは心を鬼にして彼女を突き放すべく、ヴィオレットの家へ行った。

 モニカがヴィオレットの家に着くと、何があったのかと彼女に尋ねられた。モニカには現状の説明はどうしてもできなかった。

 代わりにベルナンが状況を説明したのだが、レイもまたそれを聞いていたようだ。

 少しして彼らが気付いた時には、レイの姿が家になかった。馬車も一つ消えていた。

 少年はモニカの家へ向かったのだ。




「おい待て、レイ。どうするつもりだ」


 モニカの家の玄関前で倒れたアリーサを抱き上げるレイを見つけ、ベルナンは慌てて止めた。

 不穏な気配を感じて追いかけてきて良かった、と彼は思った。

 覆面姿の少女を大事そうに抱き上げて、レイはベルナンを見た。


「どうするって、連れて帰るよ。アリーサは逃げ出した。もう彼女の試練は終わりだろう」

「まだ終わっていない。モニカさんがどういう気持ちで、アリーサを突き放したと思っているんだ」

「あなたはモニカさんに同情してそう言っているだけだ。浄化が期待できないと判断したなら、もう彼女は僕に返してくれ」


 少年は視線を鋭くしてベルナンを睨む。

 ベルナンはレイを真正面からじっと見た。

 彼のことはアリーサにとって大事な友達、と聞いていた。

 もしそれ以上の想いを彼が抱いていたとしても、きっとそれを成長させることは望まなかったのだろう。

 大人になるということは、アリーサの姿をそのまま見られなくなってしまうことだから。


「一度くらい逃げ出すのは想定内だ。浄化が期待できるできないは、最初から五分五分だ。連れて帰ったって何にもならないだろうが」

「彼女はここに戻ってきた。神殿にいたくないと思ったからだろう。じゃあ、もういいじゃないか。モニカさんがそうしないなら、僕が彼女を守るよ。五分五分程度の可能性ならもう十分だ。これ以上彼女を傷付けないでほしい」


 レイはベルナンに対し、敵意を込めて言い放った。

 ああ、とベルナンはため息をついた。


「……お前もか」

「お前も?」

「黒い顔の女に、モニカさん。そしてお前か、レイ。……アリーサは呪われすぎているだろう」


 ベルナンの言葉に、彼が何を言いたいのか理解してレイは眉間に皺を寄せた。


「……ああ、それを呪いと呼ぶなら呼べばいい。僕はそれでいい」

「お前がそれでよくても、俺はよくないんだよ」


 呪い主が開き直るのを、ベルナンはげんなりしながら言った。

 まるで誘拐犯に人質をとられて説得しているような気分であった。


「こんな雁字搦がんじがらめでよくもまあ。よし、レイ。とりあえずアリーサを俺に渡せ。神殿に戻す」

「この流れで僕が素直に頷くと思っているなら、あなたはお花畑で花でも摘んでいたらどうだろう」

「そんな遠回しにお前は馬鹿かと言われたのは初めてだ。レイ、年齢相応に、普通の付き合いをして、普通の女の子を好きになったほうが、たぶんお前は幸せになれると思うぞ」


 レイはアリーサの体を抱えなおして、ベルナンに冷たい視線を向けた。


「僕の幸せをあなたの物差しで測るのはやめてほしい。僕は幸せになりたいんじゃない。彼女を幸せにしたいんだ。それが僕にとっての幸せなんだよ」

「それこそ、お前の同情じゃないのか。呪われているアリーサを哀れに思って……いや悪かった。刺すな。とりあえず落ち着け」


 レイは腰の剣に手を伸ばした。こいつらは沸点が低すぎる、とベルナンは思った。


「アリーサを幸せにしたいなら、それこそ呪いを解くための努力を認めてやれ。このまま終わりにしたら、何のためにアリーサはこの一ヶ月苦しんだんだ」

「認めたさ。それが彼女の望みだったから。でも、もう彼女は戻ってきた。それが結論だろう」

「……」


 平行線だった。どうしようかとベルナンが思ったときに、遅れて馬車がモニカの屋敷に入ってきた。


「ベルナンさん、レイ!」

「……!」


 モニカだった。彼女の姿を見て、初めてレイは動揺した。

 モニカは馬車から慌てた様子で降りると、レイと、そしてアリーサの姿を見た。

 辛そうに顔をゆがめて、それでもモニカは娘に駆け寄りはしなかった。


「レイ、お願い。ベルナンさんに……」


 それ以上何も言えない様子のモニカを見て、レイはひどく悩んで……そしてため息をついた。しぶしぶといった様子でアリーサをベルナンに渡した。


「モニカさんを持ち出すなんて卑怯だ」

「なんとでも言え。誘拐犯は家族の説得しか聞かないだろう」


 やっと人質が帰ってきた気分で、ベルナンはアリーサを抱え上げる。

 行きがけに念のためモニカに声をかけておいてよかった、とベルナンは思った。


「アリーサは、神殿に連れて帰る。彼女にこれ以上近寄ってくれるなよ、レイ」

「僕も行く。このまま別れるなら少しでも長く、彼女といたい」

「お前が話を聞く気がかけらもないのはよく分かった。残念だが俺の馬車は二人乗りだ」

「僕の馬車がある」

「屋敷に来てすぐ、お前の馬車の綱を切った」


 獰猛どうもうな獣のようにレイが唸るのを、どうどうと宥めてベルナンは言った。


「そして神殿に入るには通行券である俺が必要だ。レイ、諦めてモニカさんと一緒に家へ帰れ」


 彼はしばらくこの状況を打破する手段をいろいろ考えていたようだが、仕方がなさそうに息を吐いた。


「今日は、引くよ。アリーサがまだ神殿で頑張るというなら、それだって応援する。側で支えることは、たぶん、できないけど……」


 辛そうにアリーサの姿を目を細めて見て、レイは身を翻した。


「ここまで来ても、アリーサに触れないモニカさんの気持ちも察してやれ」

「分かってる。そうでなければ、あなたにアリーサを渡すものか」


 ベルナンに背中を向けたまま、吐き捨てるように言って、レイはモニカの方へ向かった。

 彼女は目に涙をいっぱいにためながらも、娘を抱きしめるのを我慢している。レイはその背をそっと押して馬車へと向かった。

 大きなため息をつきながら、ベルナンは何とか守り抜いたアリーサを抱えて、神殿へと戻るのであった。




 * * * * * * * * * *




 アリーサが街で怪しい男に声をかけられたという知らせを受けて、すぐにベルナンは街へと向かった。

 幸いそのときは中央神殿の街にいたので、手遅れになる前に駆けつけることができた。

 男は指名手配されていて、その報奨金がいくばくかベルナンにも渡された。

 聞くと、アリーサも報奨金を受け取ったようだ。彼女はそれを持って本屋に向かい、歴史書を買ったのだという。

 読書は好きだと聞いてはいるが、歴史書を好むほど勉強好きではないだろうに。

 そう思った瞬間、何かに思い至ってベルナンは馬車を用意した。

 予想通り、辿りついた屋敷ではレイが出かける準備をしていた。


「待て、落ち着け、レイ。ステイだステイ」


 思わず隣国で使われる言葉でベルナンが宥めるのを、たいそう不愉快そうにレイは見た。


「人を犬扱いするような人と話すつもりはない」

「何で知ってるんだ。いいか、レイ。儀式まであと半年もない。もう少し待て」

「最初に最低でも半年間離れるよう言われたけど、もう半年は過ぎたはずだ」

「それはお前がアリーサを呪っていなかった場合だ」


 正確には呪いではないが、今のタイミングで彼をアリーサに会わせたくはなかった。

 ベルナンだって正常な友情を邪魔する気はない。友達と縁を切れとも思っていない。

 だが、今は駄目だ。まだ神殿で半年しか過ごしていない。

 ここでアリーサが彼に甘えてしまっては、今までの苦労が水の泡だ。


「友達に誕生日の贈り物をもらった。僕はそれのお礼を言いに行きたい。どこか間違っているところはある?」

「どこも間違っていない。お前は正しい。だけど行かないでほしい」


 率直なベルナンのお願いに、レイは面食らった顔をした。


「前と同じように、僕に無理矢理言うことを聞かせる気かと思った」

「それで通じるならそうするが、人の行動を完全に支配することはできない。だから頼むだけだ。アリーサに会うのは待って欲しい。彼女の苦労を無駄にしないでほしい」

「……」


 レイは黙ってじっとベルナンを見た。その目に彼を偽ろうとする想いがないか、大人の都合で話を進める気がないかを計ろうとするように。


「僕と会って、アリーサの苦労が無駄になると?」

「そこまで高い可能性ではないが、彼女にもう立てないから引っ張って欲しいと言われたら、お前は断れるか。自分でせっかく立とうとしていたのに、それまでの苦労を全部無駄にしても、側にいて欲しいと言われたら」

「……」


 レイはもう一度沈黙した。


「……断りきる保証は、できない。努力はするけど」

「じゃあ行かないでくれ。アリーサは今傷ついている。お前にすがる可能性がある」

「傷ついている? 何に? アリーサに、何があったの」


 その言葉にすぐにレイは反応した。ベルナンは淡々と告げた。


「その贈り物だ。彼女のお小遣いでは買えない」

「そうだろうけど……モニカさんがお金を足したんじゃないの?」

「金銭面も含めて、モニカさんにはいっさいの手出しを控えてもらっている」


 レイははっきりと顔色を変えた。


「じゃあアリーサは、僕にこれを買うために何をしたの」


 ベルナンは冷静に、彼の誕生日の贈り物を買うために、男に騙されそうになった話をした。

 レイはその男が目の前にいたらくびり殺すのではないかといったような表情で、話を聞いていた。

 話がすべて終わると、レイは怒りをどうにか押さえ込むように息を吐いて、憎々しげにいった。


「なるほど。吐き気がするようなクソ野郎だね。余罪もありそうだ。しっかり罰を与えて欲しい。僕がそいつをぶった斬らないように」

「そいつの予言通り三年以上は牢屋に入るだろうよ」

「生やさしいと思うけど、まあ詐欺未遂と窃盗罪ではそのくらいか。……ベルナンさん」

「なんだ」


 ベルナンは初めて、レイの眉間に皺を寄せた以外の表情を見た。


「アリーサを、守ってくれてありがとう」


 ベルナンは何度か目を瞬かせて、「……いや」と首を横に振った。


「それが俺の仕事のうちだ」

「そうだとしても。彼女がどうしようもない道に引きずり込まれなかったことに、感謝している」


 小さく笑ってレイは馬車の手配を止めた。

 それは彼への礼の意味でもあったし、自分が近寄ることで彼女の傷を癒そうと試みてしまうことへの配慮であった。

 ようやく安堵してベルナンが神殿へ戻ろうとすると、後ろでレイの声が聞こえた。


「……まるで一日が千日のようだ。時が遅くなる呪いでも、かけられているんじゃないかと思うくらいに」


 ベルナンは振り返って、彼の周りに何の呪いの痕跡も見いだせずに、もう一度背を向けた。

 それはきっと、呪いに近いものには違いないのだろうけれど。




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