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1 呪われた聖女の娘

多少のストレス展開を含みますのでご注意ください。




 生まれたときから、私は呪われていた。





 この国では、神殿に仕える魔力の強い女性を主に聖女と呼ぶ。

 聖女は中央の神殿に多く集まり、地方の神殿では二人三人いるかどうかくらいだ。

 

 聖女の力は主に娘に受け継がれることが多く、力のある聖女の娘もまた聖女になった。

 職業の自由はある程度認められているため、16歳になって成人の儀式を経た後は、聖女として向かないものや聖女を望まない者は、そのまま別の職につくなり嫁ぐなりするのだそうだ。

 

 私の母は、とても力の強い聖女だった。

 若くして神殿では一、二を争う実力の持ち主で、魔物の障気を払ったり、呪われた呪具を浄化したり、中央の神殿で相当な活躍を見せたそうだ。

 そこで、中央の神殿を訪れたとある貴族と恋に落ちた。


 神殿は、次世代の聖女を生むという一面もあってか、聖女の恋に寛容なため、あっさりと結婚が許可された。

 貴族である夫の住む地方で聖女を続けるという母からの申し出もあって、どうぞどうぞの状態だったらしい。


 数年して、母は子供を身ごもった。

 初めての子供で、父も母もそれはそれは楽しみにしていたらしい。

 息子ならば父の貴族を継ぎ、娘ならば母と同じ聖女となるだろう。

 未来は希望にあふれ、なんの問題もなく、とても幸せな家族になる――はずだった。




 とある、春の日だった。

 ――聖女である母から生まれた赤子は、私は、この世の物とも思えないほどおぞましい顔をしていた。


 お産を手伝っていた侍女達は悲鳴をあげ失神し、かろうじて意識を保った侍女頭が取り落としかけた赤子を支え、それでも持ち続けることが適わず震える手で赤子用のベッドに置くとそのまま腰を抜かした。

 母は呆然と周囲を見回し、誰か、誰か来て、と叫び。

 そんな惨状さんじょうの中私はただ泣いていた、と後に聞いた。




 そんなおぞましい顔の持ち主の、聖女の呪われた子供。

 私、アリーサは10歳までそれを知ることなく育った。

 小さい頃から身の回りの世話を侍女ではなく母がしてくれて、遊び相手はいつも母だった。

 おっとりとして優しい母は、それでも一つだけ私に厳しく言い聞かせたことがある。


 「屋敷の敷地外には絶対に出てはいけない」「外の人と会ってはいけない」と。


 私の屋敷は地方のはずれにあり、近くにある村人もめったに入り込まないほど奥深い場所にあった。

 食材は近くの村から買い付けたものを、使用人が運んでくる。我が家の使用人はめったに部屋から出てくることはなく、時々母が呼んで用事を言いつけるくらいだった。

 私の遊ぶ場所は屋敷の中か、敷地内の庭くらいだったのだが、めったにないことだが、偶然通り過ぎたうちの使用人は、私の姿をみかけるとさっと顔を下に向け硬い表情で足早に去っていくのだ。

 不思議なことだと思ったが、あまり気にせずに私はそのまま大きくなった。


 そして10歳を越える頃にふと母に尋ねたのだ。


「そういえば、本で読んだのだけど、子供たちは学園で勉強をするのですってね、お母様。私はいつ学園に行くの?」


 居間のソファで本を読んでいた私の言葉に、母は困った顔をした。

 優しい母が困るのは、いつも私が「敷地外に遊びに行きたい」や「お友達が欲しい」というおねだりをしたときだ。

 そんなお願いを母は決して聞いてはくれなかった。

 ただの疑問であり、学園に行きたいというわけではなかった私は首を傾げた。

 私の向かいのソファに座っていた母はゆっくりと立ち上がると、私の隣に腰をかけた。


「……アリーサ、あなたもそろそろ物事が理解できる年頃になったから、大事な話をしましょう」


 母は私の手を握り、視線を合わせ、ゆっくりと話し出した。

 呪われた娘を生んだその話と、その後を。




 母が私を生んだ時、屋敷は阿鼻叫喚あびきょうかんの状態になった。

 侍女はそろって卒倒し、部屋に飛び込んできた父も凍り付いた。

 母が疲れ切った体にむち打って、泣いている赤子を大事そうに抱えてあやしていた。

 父は恐怖に顔を染めて、母に震える声をかけた。


「きみ、それは……いったいそれは……」

「あなた、大変なの。みんな倒れてしまって……」

「きみが抱えているそれは、いったい何なんだ! 化け物じゃないか!!」


 父の悲鳴に驚いて、母は我が子の顔をのぞき込んだ。

 ひどく泣いている普通の赤子がそこにいた。顔立ちは母に似ているが、鼻の形は父そっくりだと母は思った。


「あなた、何を言っているの? 化け物って、いったい何を?」


 戸惑う母に、父は信じられないとばかりに頭をかきむしる。


「何が起こっているんだ、頭がおかしくなりそうだ。私の子供はどこなんだ!」

「子供って……ここにいるじゃないの!」


 母が抱えた子供に、父は激しく首を横に振った。


「それが我が子だと言うのなら、私は聖女じゃなく魔物を嫁にしたのだと言われるだろうよ!」

「あなた!!」


 母にとってはどう見ても普通の赤子だったが、それはあくまでも聖女である母だけにであった。

 あまりにおぞましい顔立ちの赤子を、父は自分の子供だと認めず、かといって殺すほど非情にもなりきれず、人の少ない遠い田舎の地方の屋敷を母に渡したまま疎遠となった。

 私はその田舎で10歳を越えるまで母と数人の使用人達と一緒に暮らしていたのだ。


「たくさん調べたの。あなたは私から見て普通の女の子なのだもの。これは明らかに何らかの呪いだろうと思って、何度も浄化を試みたわ。けれど私の子供だから、私の魔力に抵抗があったのね。一度も成功することがなかった」


 母は綺麗な顔立ちを悲しみと申し訳なさに歪めた。


「中央神殿の聖女時代の友達にもお願いをしてあなたを見てもらったわ。友達はあなたを『普通の女の子』と言ったの。『呪われているけれど普通の女の子』って」


 私も自分の顔を触った。目、鼻、口……普通に、母と同じようについているし、自分自身の顔を鏡で見て、おぞましいと思ったことはなかった。そりゃあもう少し鼻が高かったら母のように美人になれただろうとは思ったけれど。


「神殿に依頼もしたわ。それでも『浄化はできない』と言われてしまった。あなたの中の私の魔力が呪いと反発しあって、より強固に、結びついてしまっていると。私の力が浄化の邪魔をしてしまうと」


 ――母が詳しく調べてみると、それは母が聖女となってすぐの頃に、とある呪われた小物を母が浄化したときのことだった。

 小さな手鏡の中の呪いを、母は浄化した。はずだった。


 ところがその呪いは、浄化されたはずが無駄に根性のある呪いだったようで、母にとりついて着々と力を付けた。浄化の力があった母は無意識のうちに呪いを消滅させ、呪いはすぐに復活する。聖女の力による消滅と復活を延々と繰り返し、いつしか身ごもった子供にと戦の場を移しながらも、果て無き戦いは続いていた。

 なまじ、母が力の強い聖女だったのが良くなかったようだ。魔物が聖なる光に段々と耐性を持つことがあるように、呪いも浄化を繰り返されるうちに、より強くなっていった。

 そして母から切り離された出産の瞬間、呪いは絶え間なく続いた浄化からの解放と同時に、一気に顕在化した。

 この世の物とも思えないほど、おぞましい顔の赤子として。


「ごめんなさい、アリーサ。私がもっと早く気づけたら。いっそ私に降りかかった呪いだったら……」


 私の両手に添えられた母の手は震えていた。

 悲しげな母の顔を見たくなくて、私はぶんぶんと首を横に振った。


「泣かないでお母様! 私、そんなのちっとも気にしてないから!」


 その言葉は母を慰めるという面もあったが、正直、事実でもあった。

 元来あまり深くを気にしない性質だったのもあってか、使用人が素っ気ないとか、友達がいないとかで悩みこむことはあまりなかった。

 唯一、父親と顔を合わせることがなかったのだけは気になっていたのだが、その理由もやっと分かった。

 どれほど自分がおぞましい顔をしているのかはよく分からない。自分のせいで母親と父親が顔を合わせることもないのだろうと、少し悲しく思った。しかし、それで母を責める気にはなれなかった。それよりも母親の笑顔が見たかった。


「仕方ないわ、お母様がいてくれるから私はぜんぜん平気よ。本当よ」


 笑顔を作ってぎゅっと母の手を握ると、母もまた笑顔のようなものを作った。申し訳ないという表情ながらも、母は言う。


「そうね……。だからアリーサ、あなたは敷地の外に出てはいけないわ。聖女ならあなたが普通の子供だって分かるけど、なんの魔力もない普通の子だと、あなたをきっと傷つけるから」

「そう……なのね」


 私は神妙な顔を作って頷いた。しかし、まったく実感がわかない。使用人以外の人間には全然会ったことがない。

 ……あ、いや、例外がいた。

 私はその姿を思い浮かべて尋ねた。


「ヴィオレットのおばさまは?」


 私の言葉に、母は「ああ」と頷いた。ほころぶように笑顔になる。


「ヴィオレット。彼女も聖女なのよ。私と同じように、結婚して息子がいるの」


 何ヶ月かに一度、母の元に友人が尋ねてくる。南方の貴族のところに嫁いだという話を聞いている。

 ヴィオレットという彼女は、とても快活で朗らか、活動的な女性だった。きれいな赤毛をざっくりとまとめ、シンプルなドレスを好む人だ。山のようなお土産とともに「アリーサ、来たよ!」と彼女が訪れると、私はすっとんで飛びついた。

 嫌な顔ひとつせず、彼女は何時間でも私と遊び、話を聞き、時には母にはできない悩み事も聞いてくれていた。

 大好きなおばさまである。彼女もまた私にとって大事な人だ。


「そうなのね。てっきり親戚のおばさまなのだと思ったわ」

「アリーサが最初にそう勘違いをしたみたいだから、そのままでいいとヴィオレットが言ったのよ。ただの母の友達よりは、たくさんの悩み事も話せるでしょうって」

「でも私、ヴィオレットのおばさまに息子がいるなんて聞いたことないわ。私はたくさん悩み事を話したのに、不公平よ」


 ちょっと頬を膨らませて言うと、母はまた困った顔をした。

 いけない、これもまた呪いに関する話なのだろう、と私は口をつぐんだ。


「……そうね。ヴィオレットには、あなたより一つ下の息子がいるの。でも、あなたと会ってもし……彼があなたに傷つけるようなことを言ってしまったら。子供は無邪気でもあり、残酷でもあるから。かといって、ヴィオレットに息子がいるといったら、あなたは会いたがるでしょう?」

「……」


 確かにそうだ。大好きなおばさまの息子なら、なおさら「会ってみたい」とだだをこねただろう。

 それはできないと言われたら、どうしてなんでと、ひたすら尋ねたろう。


「ヴィオレットは嘘をつくのが苦手だから、なら最初から内緒にしておこうって話になったの。時がきたら、全部話して謝るって」

「……そうなんだ」


 私は頬を膨らませようとして、できなかった。

 ヴィオレットのおばさまは、確かに嘘が苦手である。一緒にクッキーを作ろうとしたときに、私が台所に小麦粉を全開でぶちまけてしまったことがあった。

 半泣きの私に対して、とっさにヴィオレットのおばさまは「台所に粉なめ妖怪が出て……!」と母に言い訳をして、私と一緒に叱られた過去がある。私ですら「それは無理がある」と冷静に思った。


「じゃあ、でも、その子とは遊べないのね。聖女じゃないから、私をみたら恐ろしいって思っちゃうのね」


 私はがっくりと肩を落とすと、母はしばらく考え込んだ。


「そう……ね、でも、もしかしたら。ヴィオレットも力のある聖女だったから、聖女の魔力が産まれた子に受け継がれているかもしれないわ。でも、実際に見るまで確証は持てないのだけど……」


 母は逡巡しゅんじゅんした。私に友達を作ってあげたいという気持ちと、それで私を傷つけるかもしれないという気持ちで。

 私はじっと待った。母の顔を見上げていると、やがて母は困った顔で笑った。


「……会って、みたい? 会ってみる?」

「みる!!」


 勢いよく、頷いた。


 それが私と彼――レイとの出会いのきっかけであった。





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