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怠惰で小物なクズ領主、保身ムーブかましてたら深読みされすぎてなぜか名君扱いされてしまう  作者: 田島はる


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第37話 緒戦

 影武者として戦場をかく乱するべく、ライゼル軍の後方に潜んでいたアナザは、ライゼルの舌戦に舌を巻いていた。


(いやいや……ボスってば挑発上手すぎでしょ……)


 こちらの役目は敵と交戦し、伏兵の待つキルゾーンまで誘導すること。


 そのためには、敵に対し確実に追撃を仕掛けてもらう必要があった。


 おそらく、この場でバラギットを挑発したのもその一環だろう。


 また、グランバルトでは奇襲を許した経験から、こちらに対して慎重になることは十分予想できていた。


 こちらは策で相手を絡め捕ろうという立場。


 怒りで我を忘れてもらった方が何かと好都合だ。


 とはいえ、こちらの20倍以上の兵を前に挑発に及ぶなど、なかなかできることではない。


 よほどの胆力と、作戦にかける絶対的な信頼がなければ成り立たない行為だ。


 それをいとも容易く行えるあたり、ライゼルの格が知れるというものだろう。


「……いいね。一歩も引けを取らない態度……めっちゃくちゃクールっすよ、ボス!」


 ライゼルの雄姿を目の当たりにし、アナザは密かに闘志を滾らせるのだった。





 バラギットの号令がかけられると、堰を切ったように溢れた軍勢がライゼル軍を飲み込まんと一斉に襲い掛かった。


 こうなると包囲されるのは時間の問題で、あとは殲滅されるのをゆっくり眺めるだけだ。


 バラギット軍の兵がライゼル軍に襲い掛かるのを尻目に、ローガンがバラギットの隣に控えた。


「閣下、わかっておられるとは思いますが……」


「ああ。俺はクールだよ」


 先ほどのライゼルの態度は、明らかにこちらの挑発を意図したものだった。


 おおかた、こちらから冷静さを奪うための策だったのだろう。


 だが、それさえわかれば逆に罠にハメることができる。


 すなわち、こちらがライゼルの挑発に乗ったと思わせて動けば、ライゼルは自分の策が成功したと、嬉々として動いてくれるわけだ。


 グランバルトではまんまとしてやられたが、ここまで注視していればどんな策でも見抜けるだろう。


 ……もっとも、これだけ圧倒的な戦力差を前に繰り出せる策などたかが知れているだろうが――


「ん?」


 ライゼルの陣を眺めるも、どうも様子がおかしいことに気がついた。


 戦いが始まり各兵が奮戦している中、ライゼルはその場を動こうともせず、じっと戦況を眺めている。


 グランバルトでは先頭に立って剣を振るっていたため、今回も同じように戦うものだと思っていたが、これだけの兵数差だ。


 戦力差を縮めるべく自ら戦ってもおかしくない場面なのだが、剣を抜く素振りすらないのはどう考えても異常だ。


 ……おかしい。


「いったい何を考えているんだ、ライゼルは……」





 全方位をバラギット軍に囲まれ、孤島と化したライゼル軍の真っただ中。


 ライゼルはその時が来るのを今か今かと待っていた。


 隣に控えたカチュアに小声で耳打ちする。


(カチュア、そろそろ魔道具使ってほしいんだけど……)


(まだです。十分敵を引きつけて……)


 ライゼルの要請をスルーするカチュア。


 こうした多数の敵を相手にするのに適した魔道具があるのだが、現在は魔力量の多いカチュアに一任している。


 これで最大威力を期待しているのだが、当のカチュアはというと、最大火力をなるべく多くの兵にあてなくては気が済まないらしい。


(カチュア、早く……!)


(まだ……まだ……)


 前線が崩れ、ライゼルの眼前に敵兵が迫ってくる。


 さすがにもう待てないのだが……


 ちらりと目配せすると、カチュアがこくりと頷いた。


「喝ッッッ!!!!!!」


 ライゼルの声に合わせてカチュアが魔道具を発動させると、衝撃波がバラギット軍に襲いかかる。


 ある者は背後の敵もろとも吹き飛ばされ、ある者は大きく転がり、ある者は宙を舞う。


 たちまち前方の兵を纏めて吹き飛ばすと、ライゼル軍から歓声が溢れた。


「あれだけの数の敵が、一瞬で……」


「噂には聞いてたけど、やばすぎんだろ、覇気……」


「なっちまったなぁ~。……伝説の目撃者に」


 ライゼルの活躍に兵たちが士気を高めているのがわかる。


 この流れをアニエスは見逃さなかった。


「全軍、前に出ます! ライゼル様のひらいた道に飛び込むのです!」


(えっ、さらに前に出るの!?)


 こちらの役目としては、適当に戦い敵軍をキルゾーンに誘導し、伏兵と共に包囲殲滅することだ。


 しかしながら、兵力では圧倒的に劣勢を強いられているため、気を抜けばこちらが逆に包囲殲滅されかねない。


 帝国騎士団の副団長を務めていたアニエスの判断なら大丈夫だとは思うが、それでも不安なものは不安だ。


「なあ、アニエス。わかっているとは思うが……」


「もちろん、心得ています」


「そうか。ならいいんだが……」


「敵を油断させるため、こちらの策が乾坤一擲の突撃だと思わせる……ですよね?」


(ダメだコイツ。早く何とかしないと……)

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