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マリアンデール ~地味令嬢だったけど、記憶喪失になったらオソロシー女になったらしい~  作者: 翠川稜


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第19話 未来のアーチデール男爵


 学院は卒業間近にさしかかると、学生寮がまず慌ただしい。

 卒業式には出席するから必要最低限の荷物を自分の家に送る作業が今、ピークだろう。

 学院内のアデライド様のサロンはそんな喧騒とは縁遠い。

 彼女が卒業したら、このサロンにあるファブリックは瞬く間に消え失せるだろう。

 いや、このまま学院に寄贈かな?


「卒業式のプロムパーティーにて必要なものはございますか?」

「うーんそうねえ」


 アデライド様なら前々から準備に余念がないから、今この時に欲しいものはさしてないように思うけれど。

 先日、兄の実験場をシーグローヴ公爵家の縁戚の領地で確保していただいた。

 お礼に何か差し上げたいところだ。

 兄は喜んでいたが、こっちも条件をつけた。

 実験結果次第で品種改良が成功したものはアーチデール家の取り扱いとするということだ。

 実家とはいえスポンサーだし、私の伝手で実験農場を確保したのだから当たり前だな。


「プロムはまだなんとか許容されるけれど、デビュタントには必要ねえ」


 おや、珍しい。


「マリアンデールのパートナーよ」


 プロムにもエスコートのパートナーは必要だが、私には現状婚約者がいないから、パートナーは不在。そう言った場合は親族が務めるが、うちの父兄はあてにならない。

 プロムはいいがデビュタントのパートナーか。

 しかし、アデライド様がそんなことを言うなんて、どうしたんだろう。

 ロードリック殿下は少し落ち着かれたのかな?

 いつまでも学生気分でいていいはずもない。

 次期シーグローヴ公爵になるのだから。


「まあ結婚は無理なお話ですよ」

「そう……わたくしのお友達はだいたい決まったようよ」


 決まったとは縁談のことだろう。

 私も義妹の縁談をそろそろ本格的に探さなければ。

 アデライド様派閥のご令嬢達のように、学院卒業しデビュタント終了後に婚約先と結婚の話をすすめなければならないからな。

 今の義妹ならば、当初の計画通り、二つ上の爵位の令息だろうと可能性は高い。


「おめでたい事でございます」

「あら、また何か企んでいるのね?」

「とんでもないことでございます。義妹の婚約者を探さなければと思っておりました」

「優しいのね、マリアンデールは。あの子のお相手ね。わたくしも協力するのにやぶさかではないわ」

「ありがとうございます。アデライド様」

「マリアンデールは、王都に残ってくれるのよね?」

「領地を持たない商人あがりの男爵家でございますから」

「嬉しいわ。社交シーズンは退屈しないで済みそうで」

「商会の方から卒業記念品が仕上がったと連絡がありました」


 今から三か月ほど前、アデライド様に進言した。

 卒業記念になる品をアデライド様派閥に用意すると。

 記憶を失ってからの学院生活、多少うるさいこともあったが、概ね有意義な時間をもてたのはアデライド様のお力のおかげだから、お礼をしたいと。

 アデライド様はじめ友諠を結ばれているご令嬢に、学院を卒業しても、それを見れば懐かしい学生時代を思い出すような記念品を――そう進言したのだ。

 アデライド様派閥の卒業記念の宝飾品は小さなブローチ。

 ジュエリーケースも小さいからいろいろと意匠を凝らせる。

 記念品のブローチのデザイン画は専門家からのスケッチをアデライド様にお見せしてお気に召す意匠を選んでいただいた。

 費用はアーチデール家で持つ。

 これはアーチデール男爵に相談したら許可がでた。

 これから義母も、そしてまだまだ義妹もお世話になるし、なんといっても、兄の寒冷地の実験農場に打診をかけてくださっているシーグローヴ公爵家へのお礼品と思えば快諾だった。

 今後とも何卒、お引き立てのほどをというわけだ。


「マリアンデール。貴女とお友達になれて、学院生活、とても楽しかったわ」

「私もです。アデライド様」

「卒業してもよろしくね」

「もちろんです」

「卒業したらすぐに、社交デビューの夜会よね……ねえ、マリアンデール、パートナーは本当に大丈夫? そこがわたくし心配なのよ。わたくしが用意してもいいけれど」

「そこまでアデライド様のお手を患わせません」

「ねえ、一ついい案があるの。あなたのところの執事はどう?」

「グリフィスですか?」

「ええ、ちょっと見てみたいの。わたくしのお友達のお話だと、すごく素敵な執事なんでしょう?」


 いつでも当家にお越しくださればと内心思うが、アデライド様は公女様だから、そうそう気軽に男爵家の家には足を運ぶことはされない。


「アデライド様のご希望であれば」


 ◇◇◇


 悪くはない考えだな。父や兄にエスコートされるより、余計な心配はなさそうだ。

 アデライド様のご意見もあるし、うちの筆頭執事にエスコートさせるか。

 夜会服一式、仕立てさせよう。

 ついでだ、うちの使用人達の服もちょっと新しいものにしようか。

 帰宅して使用人達の服を新調すると伝えると、すぐさまアーチデール家の商会系列の服飾デザイナーが足を運んできた。

 使用人の服の新調に、グリフィスとグレンダは喜ぶと思っていたんだが……。

 なぜか二人は頭を抱える。


「ようやくデザイナーを呼んだと思ったらそちらですか」

「我々の服の新調よりも、デビュタントのドレスの仕立てをお忘れでは?」

「忘れていない。デザインは決めてある。今頃仮縫い作業になってるはずだ」


 そこへドアノックされて、グリフィスがドアを開けると、従僕のエリックと男爵夫人が姿を見せる。

 記憶喪失した直後の部屋の入室に比べて、男爵夫人もずいぶんと貴族の令夫人らしくなった。


「デザイナーが姿を見せたというので、男爵夫人もお話がしたいと」


 エリックがそう告げる。


「あら、使用人の服じゃない? 新しくするの? いいわね。それはそれとしてマリアンデールのデビュタント用のドレスはどうなってるかしら? ちょっと気になったのよ。え、これがデザイン? ちょっとまって、男爵家の令嬢だからって地味すぎじゃない? デザイナー誰? もう仮縫い始めてるですって? ちょっと、担当を呼びなさい」


 義母が服飾のことに口を出すときまって義妹もでてくるのが予想される。

 案の定、空いている私の部屋のドアを覗き込んだ義妹がデビュタントのドレスに食いつかないはずはない。


「わかった、わかった、あとでドレスのカタログを届けさせるから、シンシアのドレスは今から選んで夫人と準備するように」


 私がそう言うと、義母と義妹は渋面を私に向ける。


「わかってないわ」

「そうじゃないのよ」


 義母と義妹の言葉に、グリフィスとグレンダとエリックも頷いて、なぜか呼び出した服飾デザイナーも頷いていた。

 私の選んだデビュタントのドレスは却下され、一からデザイン選別に入るという展開になった。もう時間もないのに、縫製担当の針子は大慌てに違いない。私の選んだデビュー用ドレスはリメイクを言い渡しておいた。

 どうせ社交デビュー直後、アデライド様からのお茶会のお誘いがあるだろうからそちらに回す。


 そんな慌ただしい数日を送り、私は学院を卒業した。

 そして翌日からアーチデール男爵について、アーチデールが抱えるいくつかの事業を任される。忙しいが素直に楽しいと感じた。


 そして社交デビューの夜会を迎えた。

 義母や義妹も玄関先に見送りに。

 多分記憶喪失前のままだったら、こんな状態にはならなかっただろう。


「マリアンデール。イヤリングはこちらをおつけなさい」


 男爵夫人は、実母の形見であるパリュールのジュエリーケースを差し出す。


「デビュタントの白いドレスにピジョンブラッドの赤は目立ちすぎるから、イヤリングなら、貴女の髪にも合わせた感じになるわ」

 私が言い出す前に用意したか、男爵夫人。

 そしてコーディネートも考えるとか。そういうセンスはあるんだよな。

「グリフィス、つけてあげて」

 グリフィスが私の耳にイヤリングを飾る。


「いってらっしゃいませ。マリアンデール様」


 私が外出する際は、使用人達は声を揃えて言う。

 もう名前の下に「お嬢様」とはつけていない。

 使用人の統率も完了か。

 馬車の中でグリフィスは眩しそうに私を見る。


「どうしたグリフィス」

「そのドレスがよくお似合いです」

「そうか……夫人はそういうセンスだけはあるからな」

「かつての散財も目を肥やすためには必要だったということですね」

「そうだな」

「エリックを副執事にあげて、小姓を他所からいれようかと思うのです。マリアンデール様もアーチデールの家政だけではなく、旦那様の事業にも参加されましたので、今後何かと動かねばならない時は、私にご用命いただくのが良いかと」


 グリフィスの言葉に私は少し沈黙して考える。


「うん、そうしようか」


 うちの筆頭執事は花が咲いたように微笑む。

 さすが元伯爵家令息。

 夜会会場である王城に到着して、馬車が停まり、御者がドアを開けた。

 グリフィスは馬車から降りて、エスコートの手を差し伸べる。


「この先、何があろうとも、未来のアーチデール男爵、マリアンデール様を、この私が命をかけてお守り致します」


 私はその手をとって馬車から降りた。

 目の前には王城の階段。

 すでに周辺はデビュタントを迎える装飾と灯りで眩いばかりだ。

 私はグリフィスを見上げて、いつものように口角を上げて不敵に笑う。


「よし、任せる。ついてこいグリフィス」

「Yes,My Lady Mariandel」


 そして私は未来のアーチデール男爵として、筆頭執事グリフィスのエスコートで社交デビューの会場へと足を踏み出した。



応援、ありがとうございました!

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よろしくお願いします。


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