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マリアンデール ~地味令嬢だったけど、記憶喪失になったらオソロシー女になったらしい~  作者: 翠川稜


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第18話 すべてを手に入れる



「それでね、アデライド様がね、わたしのこと、『可愛いわ』って仰って下さったの! ねえマリアンデールお義姉様、またわたし、お茶会に誘われるかしら? 今度はね、わたしと同じ学年のご令息もお誘いしてくださるのですって!」


 先日、アデライド様のお茶会に姉妹そろって参加した。

 例のお礼の珍しい茶葉をアデライド様に献上し、アデライド様は派閥のご令嬢の他に、義妹を招いてくださった。

 高位貴族のお茶会は、義母も最近になって参加するようになったが、義妹の年齢で高位貴族のご令嬢達に囲まれたお茶会参加に、大変満足している様子。

 それにたった今、義妹が言うところの「同じ学年のご令息もお誘い」という言葉が何よりも義母に関心を齎している。

 二人はご機嫌だ。


「いい子にしていたらお願いしておこう」


 私がそう答えると、義母と義妹は目線を合わせて微笑む。

 その様子を見てアーチデール男爵も相好を崩す。

 同じく、その様子を見て、顔面の色をなくしているのが、『兄』であるアーチデール男爵令息だった。

 家族そろっての食事など、兄の記憶には多分遥か彼方だろう。

 義母と義妹、私と父親、一緒のテーブルで和やかな夕食。

 彼の中では絶対に起こりえないはずの光景が、今、目の前で展開されている。

 そして、兄は「何をしてこうなった」と目線で訴えてくるが、私は料理長が気合を入れて作ったらしい白身魚のムニエルのレモンソースがけを小さく切り取り口に運ぶ。


「お義兄様は、研究の方はどうですの?」


 ふいに義妹から声をかけられて、動きが止まる。


「あんまりおうちに戻ってこないから、お義兄様が、どんな研究をしているかわからないの、お母さまや、マリアンデールお義姉様が、お茶会での会話は率先してお話じゃなくて、いろんなことを聞いて自分の知ることをお話しすることって言うから、わたし、家族のお話をするとき、お義兄様が何をしているかわからないなんて、恥ずかしくて言えないわ」


 義妹の言葉に義母もうんうんと頷く。


「オリバーお兄様の研究は植物学だ。現在、寒冷地でも育成できる野菜や穀物の研究をされている」

「へ~なんか地味?」


 まあ義妹らしい答えだな。

 私は義妹に向かって答える。


「大事なことだ。天候に左右されない、大きな天災による飢饉がおきても、収穫ができる食物が収穫できるのは、非常に有用なんだ」


 義妹と男爵夫人はアイコンタクトをしてうんと頷く。


「うーん……そうなのね。わかったわ」

「そうね、見えない研究や努力で、支えられることもあるものね」


 兄は義母と義妹の興味がなくなってほっとしてる様子だが、お前、ここにきたからには、話を詰める気持ちを固めたのだろう?


「今はいいが、現状のように、いつまでも研究をしていたら、今後のアーチデール家については、どうなるかな?」


 私の発言に、義母も義妹も兄も、視線は一斉に当主であるアーチデール男爵に向けていく。


「家も落ち着いてきたことだし、研究がきりのいいところで帰宅しては? アーチデール男爵令息」

「いや、そ、それは……」


 情けないことに、兄は助けを求めるようにアーチデール男爵に視線を向けてる。


「オリバー、そしてマリアンデール。少しお前達に進路について話をしたい」


 だよな。大事なことだ。

 アーチデール男爵家の後継ぎのことだからな。

 義妹はこのまま玉の輿コースに進んでもらう。

 義母の興味も義妹に向かっている。

 義妹の結婚について落ち着くまでは、私がこの家の奥向きを仕切る事に反対を唱えることはない。

 念のために一応は確認をとったが「マリアンデールに任せる」とのことだ。

 楽だからな。

 実際男爵家の奥向きは、有能な家政婦長と執事がいれば、案外回るものだと思っている節がある。

 それは私も思う。

 アーチデール家の執事と家政婦長ならば奥向きを丸投げしても問題はない。

 有能な使用人+私というアドバイザーがいれば、夫人の社交にも問題はないだろう。


 料理はメイン、合鴨肉のコンフィが私の前に給仕される。

 赤ワインとフルーツをベースにしたソースとよく合う。

 グリフィスが言うには、料理長の下に一人、助手を入れたいという希望が出ているらしい。

 キッチンメイド達だけでは、やはり遣りにくくなってきたか。


「料理長の下に人を入れようと思っている。今後、シンシアが社交デビューしたら、この家で茶会なども開くことになるだろうから、準備をしておきたい」


 私の言葉に義妹と義母が顔を輝かせ、二人ともアーチデール男爵に期待を込めた視線を送っていた。

 単純だな。

 だが記憶喪失直後よりは断然可愛げがある。

 そのままいい子でいてくれ。

 私の邪魔をすることなくな。


 ◇◇◇


 晩餐後、私と兄、そしてグリフィスはお茶の給仕(男爵には晩酌)をするために執務室にいた。

 重苦しい沈黙が続く。

 今まで自分のやりたいこと自由にやってきた二人に、私の学院卒業後についてどうすべきか。

 先日、兄の研究室に行き、相談? を持ちかけてから、どうやらこの二人は私の今後を考えてくれていたらしい。

 やれやれようやくか。


「マリアンデール。お前の記憶喪失後、その状態にも関わらず、アーチデール家の奥向きを上手くまとめてくれて感謝している」


 今頃になって感謝か。

 本当にこいつら、短鞭で一発打擲してやりたい。

 だが我慢しよう。

 こいつらが自由にやりつくしているように、その権利、私ももらう。


「そんなお前にすべてを任せてしまい、わしもオリバーも反省している。それでだな、お前が希望することがあるなら叶えてやりたい。言ってみてくれ」


 青みがかった鋼色の瞳を父親と兄に向ける。

 そんなに下手に出ていいのか? アーチデール男爵。

 記憶を失う前の私が味わった苦渋は、今の私にはわからない。

 だが、こうまで言ってくれるのだ。

 この好機に乗らないでどうする。

 人生一瞬先なんて、わからないのだから。


「アーチデール男爵位。家督を渡して貰おうか」


 最初は肩書は兄に譲り、実権は私が握る。

 世間的にも、それが一番通りがいい。

 ついこの間までそう思っていた。

 だがこの兄を男爵という爵位に据えても、このアーチデール男爵家の先行きは暗いものになるだろう。


 だからよこせ。


 嫡男が健在なのに、爵位を妹である私に継承させる場合、かなり複雑な手続きに加えてある程度、金を積まなければならないだろうが、金の件はこの家ならば問題はない。

 問題は手続きだな。

 どんなに困難だろうと、やってもらうぞ。


 過去の私を顧みず、今の私を舐めているこの二人に、思い知らせる絶好の機会だ。

 アーチデール男爵である父と兄は互いの顔を見合わせる。


「わかった。いいだろう。だがもう少し待て」


 男爵の言葉に、私の眉間に皺が寄る。

 ずいぶんあっさり了承したな。


「ちょっと長い引継ぎ期間と思え。長女とはいえ、兄を押しのけて家督継承するとなると、時間がかかるのはお前もわかるだろう。このことは正式に書面に起こす。オリバーを当主にするより、記憶がなかろうが、今のお前ならば、アーチデール家の為になる。お前にとっていい父親ではないが、商売人、男爵家当主として、それだけははっきりとわかる」


 男爵は困ったように、私に向かって優しく微笑んだ。

 そんな顔をしても、私は絆されはしないがな。




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