閑話 困った婚約者(アデライド視点)
「もしかして、アディ、やきもち⁉ やきもちやいてくれた⁉」
マリアンデールとロードリック殿下を挟んでランチをした放課後、わたくしのもとに訪れたロードリック殿下のうきうきしている口調に、思わず笑みを浮かべた。
学院ではなるべくべたべたしたくないと、わたくしが入学前にお願いした通り、殿下はその約束を守っていてくださっていた。
だって、殿下がずっと傍にいらっしゃると、学院での社交がままならないことがあるんですもの。
女子生徒のほとんどは浮足立ってしまうでしょう?
マリアンデールのように、そうならない子もいるけれど。
まあ、あの子は記憶喪失とかそういうことも含めてだから特別かもしれないけれど。
でも、そうでない女子生徒の方が多いんですもの。
「さあどうでしょう?」
わたくしの言葉に殿下は、「んーこうすれば、アディがやきもちやいてくれると言われたんだけどなあ」とこぼす。
おかしいと思っていたわ。
わたくしのお友達の間でも流行している絵小説のような出来事が起きているなんて。
ロードリック殿下は誰にでも親しみやすいお人柄ではあるけれど、婚約者をないがしろにして、別の女子生徒に執着するような方ではないと思っていたから。
その相手がマリアンデールなら、殿下はきっと「記憶喪失の人」っていう部分で興味を持たれただけなのよね。
「まあ、どなたがそんなことを仰ったのかしら?」
なんでも殿下の側近候補の一人が、元々マリアンデールを気にかけていたそうなの。
高位貴族なんだから、アーチデール男爵家当主に打診をかければよかったのに、どうやらマリアンデールに婚約者が決まり、彼にも別のご令嬢との婚約話があがったらしいのよね。
で、ずっと気にしていて、声をかけたかったんだけど、マリアンデールは怪我で休学、そして復学したら例の騒ぎで、声をかける絶好の機会と思ったみたい。
一人で勝手にやればいいのに、騒ぎが最初大きくなりそうだったから、殿下も一緒に諫めたらしいの。
殿下は面白そうだからって、すぐに動いてしまわれるのよね。
側近候補の方の選別中だったらしいから、何かお考えがあるとは思っていたし。
ご自身からも「アディとべたべたしちゃダメなら、こういう機会を活用しないとね。だって、学院にいる時だけだろう? こういう自由も」なんて仰るから……。
この方の気質で、この国の第二王子殿下というお立ち場というのは、たしかに窮屈な思いをされているとは幼いころから思ってはいたから……殿下の身に危険が及ばないかぎりは、黙認して控えてましたわ。
「記憶喪失なんて珍しいじゃないか、どういう感じなのか聞いてみたかったんだよ」
マリアンデールの怪我の状態――記憶喪失って言葉が、好奇心旺盛な殿下の興味を引いた。
だから足繁くマリアンデールのところへ通っていたと。
目端の利く派閥の子がご注進にきたけれど、様子を見ていたら、マリアンデールの方からコンタクトがあって、ちょっと嬉しかったわ。
頭のいい子は大好きだから。
「俺はアディが一番だよ、ほんとだよ。記憶喪失の男子生徒だったら、周囲はそんなに騒がなかったのにね」
「……そうですね」
その場合、一部の女子生徒は騒いでしまうかも。
ロードリック殿下は、この学院では人気者ですもの。いつでも注目の的ですから。
「最初からアディに頼むのも良かったんだけどさ」
傍にいる側近がそわそわしていたとか。
怪我で婚約解消なら自分にもチャンスが、婚約の話はまだ正式じゃないから、殿下を通じてお近づきになりたい……。そういう感じだったのですって。
「ずいぶんと、意気地のない方をお傍においていらっしゃるのですね」
「そういってやるなよ。本気の恋はなかなか言い出せないだろー」
「男らしくないですね」
「ねえそれ、アディだけじゃなくて、女子全体的に思うものなの?」
時と場合によりけりですが、殿下のその側近の方は、今回は絡め手は使わず、ストレートに告白すればよろしかったのに。
しかも殿下の興味が色恋とは別だろうとわかっているところも、なんというか、安全圏から接触を試みている感じがして、小さいわ。
告白したとしても、上手くいかなかったでしょうね。
「マリアンデールは、わたくしと感性が近いから、その方では上手くいきませんわ」
「そうだよねえ、記憶喪失で家庭教師にいろいろ詰め込み式で覚えてやってるっていうけど、あの子元々頭よかったんじゃないの?」
「学業の成績は優秀でしたわ」
そう、この件でマリアンデールがわたくしに接触を試みる前から、わたくし、彼女に注目していたもの。
だって、爵位は低くてもこの国の経済の要ともいえるアーチデール男爵家の者ですし、かつてブラックウェル伯爵家のご息女だった方のお血筋よ。
成績も優秀だったし、ただ性格がね、大人しやかな方っていう印象だったのよね。
記憶喪失になって、おもしろい感じになっていたから、寄子のドリスから声があった時は、うっかりわくわくしてしまったわ。
できれば彼女の記憶は戻らないで、このままでいてほしいなと思うぐらい。
「うん、なんていうかな~それだけじゃなくて、立ち回りがさあ、アディに話をすぐにつけるところとか、そういうのも隙がないよね」
そういうところも、気に入っているのよ。
学院内でも爵位に差があるとなかなかつながらないもの。
公爵家と男爵家なんて。
「それで、彼女と一緒にお話ししたかった方は、どうされますの?」
「うーん、どうしようかなー」
好奇心旺盛で無邪気を装うけれど、殿下はちゃんと考えていらっしゃる。
マリアンデール風にいうと「ダシにされた」ってところですものね。
面白そうだから、それを承知で行動されていたみたいだけど。
「アディにやきもちやかせたい作戦は、不発に終わったし、自分で動かずに、俺を動かそうというところは、ちょっとねえ」
「そうですわね。一歩間違えば、殿下の御身が危険でしたわ」
わたくしがそう言うと、殿下はキョトンとする。
「何が?」
「ベインズ男爵令息です。マリアンデールの言葉を聞かなかったでしょう? 誰が何を言っても聞きませんよ。マリアンデールに近づく殿下の御身にも危険が伴いますわ」
「うーん、物理でも、倒せる程度の相手だったけど」
「わたくしが心配ですので」
わたくしがそう言うと、殿下は嬉しそうな笑顔を見せて下さった。
そういうところです。
本当にそろそろ落ち着いてもらわなければならないのに。
「困った方ね。でもそういうところも可愛くてよろしいけれど、ほどほどに」
「え、もう一回! 可愛くてよろしいのところ、大好きって変えて!」
そう無邪気にせがむ殿下を見てわたくしは微笑む。
困った方ね。
「殿下を唆した側近の方のお名前を教えてくださいませ。そうしたら、何度でもお伝えいたしますわ」
わたくしの言葉に、殿下はにっこりと微笑まれた。
「だめだよ、せっかく炙り出しが終わったんだから、僕が片づけておくよ。アディあの子に謝っておいてね。選別に利用してごめんねって」
「ランチの時にでも、殿下から直接に」
「はーい。でも、仲良しだからランチの時よりも先にアディとお話しそうだし? 女の子の機嫌とか、アディ以外はどうでもいいのが本音なんだよねえ」
……ほんとうに困った方だわ。




