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マリアンデール ~地味令嬢だったけど、記憶喪失になったらオソロシー女になったらしい~  作者: 翠川稜


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第15話 公爵令嬢からのランチのお誘い


「よろしかったのですか?」


 執務室から私室へ戻る時に、グリフィスからそう言われた。


「何が?」

「亡くなられたお母様の形見では?」

「記憶にないな」


 意外だなグリフィス。

 この私が物に拘ると思うか?

 なんでそんな痛ましそうな表情をするかな。


「ただの宝飾品だ。だが、あの宝飾品は使える。効果的な使い方を提示するだけだ。惜しいと思うならくれてやってもいいが、効果的な使い方もあるから、その時は使用したい」

「効果的な使い方」

「――ブラックウェル伯爵家の遺産だからな。その血を受け継ぐ娘が社交デビューに身に着けていたら注目を浴びるだろう?」

「……確かに!」

「それまでは義母である男爵夫人にお預かりいただく――……そういう形にしておいた方が、夜会におけるご婦人方の会話のきっかけの小道具になるというものだ。ただブラックウェル伯爵家の遺産だからな、後妻がしているとなると風聞が悪い」

「これがアーチデール家所有の宝飾品や新作の宝飾品ならばそういう陰口もでてこないかと。旦那様も夫人もそこを気にしておられるのでは?」

「うん。まあ、いわくある宝飾品だ。つけるタイミングと、会話のシミュレーションは必須だ。少し考えるさ」


 私は肩越しに後方を付き従うグリフィスを見る。


「義母と義妹の再教育は完了とみていいだろうか?」

「シンシア様はまだもう少し必要かと」

「子供だからな、時間がたてばもう少し大人にもなるだろう。問題は――……兄か」

「オリバー様ですね……」

「そうだ、私も来年は卒業で、デビュタントになるから、兄の意向を聞いておきたい」

「……」

「というか、アーチデール家の後継者として自覚をもってもらわなくては。一度アカデミーに足を運ぶ」

「オリバー様を後継に?」

「アーチデール男爵家嫡男なら当然だ」

「マリアンデール様が当主におなりになるのでは?」

「グリフィス」

「はい」

「女が家の貴族位を継承することは――……この国では難しいとわかるだろう? 女でも爵位を持つ方はいるが、寡婦か、または女系の家系で仕方なく等、相応の理由が必要なのだ」

「ですが」

「安心しろ」


 ある意味、男爵と後継者である兄は似ている。

 男爵は正しくアーチデールの稼業に邁進するが、兄は学術にのめりこんでいる。

 後継者の自覚と野心があれば、義母と義妹がいようと、兄はこの家に残っただろう。

 家族のことは二の次三の次だ。羨ましいといえば羨ましい。

 本当にうちの男共は自分のやりたいことを自由にやりくさって。

 まあいいさ。


「肩書はどうであれ、実権は私が手に入れるつもりだからな」


 私の言葉に、グリフィスははっとしたような表情を浮かべる。

 そうだ。

 今の男爵夫人と同じだ。

 肩書はくれてやるが実権は渡さん。


「兄に会う日程の調整を頼むぞ、グリフィス」


 私がそうグリフィスに告げると「Yes, My Lady」の言葉と恭しい一礼が返ってきた。


 ◇◇◇


 学院での生活は、アデライド様の庇護を受けてから、過ごしやすくなった。

 さすがシーグローヴ公爵家令嬢、学院内の人脈の幅が違う。

 ベインズ男爵家子息が私のクラスへ向かう時に、聞えよがしに囁かれた内容は次の通りだ。


「アーチデール男爵家から、婚約を解消してるのにもかかわらず、しつこく言い寄るなんて」

「迷惑がっているご令嬢に無理やり復縁を迫ろうなんて」

「何度もお断りしているそうよ」

「それはそうよ、記憶を失ったマリアンデール様にとっては、見知らぬ他人ですもの」

「もともと、財産目当てだったというじゃない?」

「義妹さんにも言い寄っているんですって」

「なんでも、別のおうちのご令嬢といい仲だったみたいなのに、この話で別れたそうよ」

「不誠実な男って最低よね」

「本当、気を付けないと……」


 この噂が蔓延したところで男子生徒からもきつい視線が浴びせられる。

 そりゃそうだ。

 明日は我が身だ。

 何もやましいことのない男子生徒はこの男のせいで、自分も一度は疑われたことがあったようで、そこから男子生徒達も一気に団結して、行動を阻止するようになった。

 もちろん、これは王都在住の各貴族家の当主に話が回る。

 ベインズ男爵家はこの嫡男をしばらく休学させることにしたようだ。


 それにしてもさすがシーグローヴ公爵令嬢アデライド様。

 自ら動かず、配下を動かす。

 第二王子殿下はこの方のこういうところを見習えばよいのに。

 そうなのだ。

 元婚約者の件は片付いたが、男子生徒から迷惑をこうむっている女子生徒を助けるという大義名分がなくなったにも関わらず、私のクラスに殿下は足を運ぶ。

 第二王子殿下の興味が義妹に向かわずに、私に向かうのは毛色の変わったところが、気に入っているのだろう。

 義妹に足が向いたら、少し面倒だ。

 あの小娘はまだ再教育中だ。先日注意を施したが、また勘違いを爆発させかねないからな。


「マリアンデール嬢、一緒にランチをとらないか?」


 いつものように側近候補をぞろぞろと引き連れて、第二王子殿下が私のクラスにきた。

 私はドリス嬢と目を合わせる。

 ドリス嬢は他のご令嬢に目配せすると、他のご令嬢はささっとクラスから出ていく。

 アデライド様にご報告してくれるはずだ。


「大変光栄でございますが、アデライド様とのお約束がございますので」


 この言葉も三回目、さすがに三回とも断られている状態だと焦れてくるのだろう。

 普通はここで引くものだが、大体の望みは叶う王族だから引かないときた。

 これは殿下が引かないのか、それとも側近が唆しているのか、どっちだろうな。

 殿下は満面の笑顔だ。邪気がない。

 お連れの側近候補の一人が声を上げる。


「アーチデール男爵令嬢、殿下のお誘いを断るとは、思いあがっていないか? 今まで殿下がはた迷惑な男から令嬢を庇っていたのだぞ?」


 だからやり方が問題だ。

 学院の生徒もわかっている者はわかっている。

 実質排除したのは第二王子殿下ではない。アデライド様だろう。

 側近の言葉に、私は答える。


「私の家は男爵位をいただいているものの、商人の家、商人の家のものらしく、先にお約束をした方とのお誘いを受けなければ、信用に関わると教えを受けております」


「ならば、いつならいいだろう」


 殿下の側近がそう尋ねると、声がした。


「あら、いつでもよろしくてよ」

 鈴を転がすような声が聞こえてきた。

「殿下とご一緒のランチなんて、久々でございますわね」


 側近も殿下も背後を振り返る。

 華奢な細工の扇子を手に、殿下に進み出るのはシーグローヴ公爵令嬢アデライド様だった。


「わたくしとマリアンデールはいろいろとお話が合うの。ランチは卒業まで一緒の約束をしておりますわ。ロードリック殿下。わたくし達とご一緒のランチはお嫌かしら?」




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