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抗う少女

 

 わたしがエマに抱えられて王宮へとたどり着いたときには、すでにローレルは追い詰められていた。

 たくさんの兵が倒れている。セレンさんやラズラルさんも傷だらけで、項垂れて微動だにしないローレルをなんとか支えている状況だった。








 ローレルの元へと向かう道すがら、エマは渋々今回のからくりを教えてくれた。


「あの裏切り者の耳長族が、ルィンランディアの壊れた奴隷印を密かにエクセリオン側に渡したんだ」


 エマは心底どうでもよさそうに教えてくれた。


「ルィンランディアの奴隷印は核が残っていた。あいつの魔力の型はまだ残されてたんだ。だから魔力探査機であいつの痕跡を辿ることもできた。ということはつまり、修理するか核を移せばまだ使えるということだ」


 その言葉を聞いたとき、わたしは心底ゾッとした。

 わたしを奇襲させてローレルの感情を逆撫ですることで逆上したローレルをおびき寄せ、修理した奴隷印で捕らえる、と。


「本当にいいんだな?」

「うん、いいよ。連れて行ってくれるだけで」


 覚悟を決めたのは、わたしもだ。


「あとはどうにかする。どうにかしてみせる」


 頷いたわたしに、エマはこれ以上どうするかは聞いてこなかった。









 ちょうど爭いがあっている最中の城の中庭へと降り立つ。すぐに武装したエルフ騎士に囲まれた。


「これはこれは、招待もされていないのに訪れたのはどなたかな?」


 整列する騎士の後ろ、そこに佇んでいた人物に目を瞠る。


「今日は呼んでもいない客が多くていやになるね。……ハイレイン、これはどういうつもりだ?」


 話しかけてきたのは一人だけ大層な衣装を身に付けた、金髪の美貌のエルフの男性。……その容貌はローレルによく似ている。ローレルがもしも成長することができていたのなら、さぞこの人のように綺麗な男の人になっていたんだろう。


「どういうつもりもなにも、あんたには関係ない話さ。あたしはリナリアと取り引きしただけだ」


 エマは肩を竦めるとぺっと唾を吐く。


「だいたいあんたたちとの取り引きはもう終わっただろ。これからはこっちの話だ。あんたたちには関係ない」

「これだから傭兵団は……」


 ローレルによく似たとてつもない美貌の男……おそらくエクセリオンは、エマとわたしにその透き通った目を向けてきた。


「君たちは利益があると見れば、あちこちに尻尾を振る」

「あいにくとそれが傭兵なもんでね」


 エクセリオンはエマにため息をつくと、しげしげとわたしを眺めてきた。


「それで? 有魔族の生き残りのお嬢さんはこんなときに、私になにか用かい?」


 不思議な男だった。

 こんな血なまぐさい現場で、今にも唯一の血縁の甥をその手にかけようというのに、まるで彼は森の中で日光でも浴びているような高潔さで佇んでいる。


「はい。……ローレルの奴隷印を返してください」

「ローレル?」


 エクセリオンは少し考えて、合点がいったように笑った。


「もしかして()()の奴隷時代の呼び名? 君まだそんなふうに呼んでいるの」


 エクセリオンにバカにされたみたいで、顔が赤くなった。

 そんなんじゃない。ローレルは、ローレルという名前は決してそういうつもりでつけたのではない。

 わたしだけの、ローレルがそう呼んでと願った、二人だけの名前。


「せっかくここまで来てもらって残念だけど、それは聞けないな」


 エクセリオンは腰からすらりと細い剣を抜いた。


「なにせ彼は密かに謀反を起こしてこの現王である私を抹殺しようとした。罪には罰で応えなければね」

「それを言うなら、あなたも今までの罰を受けるべきだ!」


 言うが早いが、暴風を巻き起こして彼らへとぶつける。

 不意に巻き起こった暴れる風に、わたしを取り巻く騎士たちは体勢を崩した。


「捕らえよ!」


 視界が霞む中、エクセリオンの怒号が響き渡る。

 自分でもめちゃくちゃな使い方だなと自虐するほど、今までにないってくらいに全力で魔力を放出して辺りをめちゃくちゃに引っ掻き回す。

 飛ばして、飛ばして、飛ばして。とにかく今までろくに使ったこともない力を使いまくる。ひっちゃかめっちゃかあたり一面にエクセリオン側の騎士を飛ばしまくって、土埃をもうもうと巻き上げる。これで少しはエクセリオン側の勢力を削れただろうか。

 ようやくその土埃が収まったと同時に、でもそれは悪手でもあったことを悟った。土埃が舞って視界が悪いってことは、自分も周りを視認できないってことだ。

 私は暴風の中、自分に伸ばされた複数の暴力的な手を避けることができなかった。

 背中から掴まれて地面に叩きつけられ、息ができなくなってる間に腕を拘束され跪かされる。


「めちゃくちゃだな……このお嬢さんは。なにもかもやり直しじゃないか」


 エクセリオンは私を捕まえさせた部下たちに目の前に連れてくるように言うと、たおやかな声音でローレルへと宣言した。


「ルィンランディア、これでいい加減諦められるだろう。君が尚も楯突くというならば、私はこの子まで手にかけなければならなくなるよ」


 なにを言っているんだ、どっちにしろわたしまで手にかけるつもりだったくせに。


「おい、エクセリオン! 人の獲物を勝手にとるな! リナリアはハイレインのものになったんだそ!」

「煩い傭兵風情は黙ってなさい。この子は自分からここに飛び込んできたんだよ。自分のものだって主張するなら手綱をつけておけばよかったじゃないか」

「おまえこそうるさい! リナリアがそう望んだんだから仕方がないじゃないか!」


 エマが憤っている。ここでエクセリオンの手にかかるわけにはいかない。この命はもうエマたちに渡した。

 エマは狂ったように空に飛びだした。弧を描くように空を滑空するエマを、エクセリオン側の騎士たちが追うように矢を放つ。

 エクセリオンが握っているもの。あれは紛れもなく奴隷印だ。あのときたしかに壊したもの。ちゃんと処理しておけばよかったと後悔する。残骸の回収はしてたけど、そのまま放置してた。壊すなら徹底的に壊さなきゃダメだ、絶対。

 悟られないように、俯きがちに視線を隠す。チャンスがそう何度も来るとは思えない。一発で決めたい。

 空をめちゃくちゃに飛んでは私を取り戻そうと急下降するエマのお陰で、場は撹乱している。エクセリオンの注意もエマに向いている。ローレルは相変わらず項垂れたまま、微動だにしない。まるで糸で釣られた操り人形が沈黙しているみたいに、ローレルは動かない。


「エクセリオン」


 呼びかけた私に、エクセリオンは深い深い森の奥のような緑の目を向けてきた。


「あなたは今まで有魔族に会ったことがある?」

「残念ながら、会うのはお嬢さんが初めてだね」


 場違いにも顔を上げてにこりと笑った私に、エクセリオンが眉を顰める。


「それはよかった! あなたが私の手のうちを知らなくて!」


 弾くように押し出した水の玉。散弾銃のように辺り一面飛び散っていく。阿鼻叫喚の地獄。顔や目を抑え呻き蹲る騎士たち。一気に体が自由になる。

 一瞬怯んだエクセリオンの隙を狙って、特大の水の玉をエクセリオンの腹目掛けて放つ。それは見事エクセリオンに命中して、彼はもんどり打った。無防備になったエクセリオンの手に今度は炎をぶつける。ボッと燃え上がるあまりの熱さに、エクセリオンは思わず手を振り放す。そこからローレルの奴隷印が飛んでいった。

 慌てて飛び出して空中でキャッチする。そのまま地面に追突する。大地とキスするのはこれで二度目。這いつくばって痛みに呻きながらも、辛うじてスイッチに指を添える。


「ローレル……!」


 手の中で奴隷印が沈黙するのがわかった。糸に吊られたように不自然に固まっていたローレルの体が力を失って、セレンさんとラズラルさんに抱きとめられる。


「なにをする、この小癪な……!」


 間髪置かずにうつ伏せの背に乱暴に足が置かれた。そのまま押しつぶされるようにグリグリと踵で踏まれ、カエルが潰れるような声が出た。


「それを返せ」

「い……や、だ…………」


 絶対に返すものか。早く壊さなければ。

 エクセリオンは私の体に乗り上がって、反対の足で私の手を踏んだ。あまりの痛さに思わず呻く。

 指が折れたんじゃないか。そんなどうでもいいことが頭に過ぎる。今は指の一本や二本どうでもいいんだ。

 せっかく奪い返した手の中のものを、絶対に死守しなければ。


「ローレル…………」


 お願い、起きて。必ず戻ってくるって約束した。だから、どうか……。

 ――そのとき、頭上を大きな影が過ぎった。









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