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告げる少女

 

 勢いでローレルの伴侶になると返事をしたけど、果たしてわたしにそんなものが務まるのだろうか。

 あれから、誰もいない部屋で日がな一日中考えるのはそんなことばかりだった。

 ローレルは難しいことは考えなくていいと言った。

 ローレルは……わたしと一緒に居られることも含めて、色々と考えているみたいだ。無事に王位を奪還できたその後はいずれ王政は廃止し、共和制にだのなんだのかんだの……。だからわたしはただそばにいてくれればいいんだとローレルは言った。

 でも周りがエルフの王族をそう簡単に放っておくだろうか。

 ローレルの隣に居続けるための道のりはかなり遠そうだとため息をついていると、窓をコツコツと叩く音がした。


「……?」


 そっと目を凝らすと、小鳥が桟にとまっている。小さな可愛い青い鳥だ。


「幸せの青い鳥か、ローレルとの幸せを運んできてくれたのかなー、なんて……」


 自分でも浮かれてるなと思いながら、ふらりと近寄る。

 鮮やかな青い羽を持つその小鳥は、わたしが近寄っても逃げることなくこっちを見返してきた。

 しばらく窓越しに小鳥を観察していたけど、まぁ怯える様子もなく人慣れしている。もしかしたらどこかの飼い鳥だろうかと何気なく窓を開けて――。


「いた。リナリアだ。やっと見つかった……!」


 ハシリと、窓の外にいた人物に次の瞬間手を取られていた。








 とっさに悲鳴を上げようとして、シッと囁かれた。


「リナリア! あたしだよ! 覚えてない? あたし! エマだよ!」


 口元を覆っていた布を下ろしてにかりと笑ってみせた女性に、遠い昔の面影を見る。


「うそっ……エマ……!?」


 唐突な再会に驚きを隠せなくて、思わず言葉を失った。

 目の前の羽の生えた獣人――エマは、あの頃よりもずっと立派な大人になっていた。ステイと同じ青みがかった黒髪を高く結い上げ、引き締まった体は日に焼けた肌が覆っている。わたしよりも随分と大きくなっていた胸を凝視していると、エマに意識を戻された。


「久しぶりにこんなところで会えて言いたいことは色々とあるけどさ、それらはとりあえず置いといて、大事な用件だけ言うよ」


 エマの力は随分と強かった。


「リナリア、今はなにも言わずに聞いてほしい。今すぐここを出よう」


 切羽詰まったようなエマに腕を引っ張られる。


「え、どういうこと……?」

「ここで詳しく説明しているヒマはない。ただ言えるのは、このままここにいたらリナリアの命が危ないってこと。リナリア、お願いだから一緒に来て」

「でも……」


 尻込みしたわたしに、エマの視線が厳しくなる。


「リナリア、お願いだから……!」


 そのとき、庭仕事をしていたフィアロがこっちを見た。


「チッ……!」


 エマは舌打ちして素早く木陰へと身を潜ませる。


「またすぐに来るからね!」


 エマはフィアロに不審がられる前にあっという間に姿をくらませてしまった。


「リナリア様?」


 遠くから歩いてきたフィアロが怪訝そうに声をかけてくる。


「今誰かと喋ってました?」


 わたしの声がしたことに不審に思ったのだろう。久しぶりのフィアロは怪訝そうで、わたしはエマのことを言うべきかどうか躊躇った。


「……なんか久しぶり? だね、フィアロ」


 結局そんな言葉しか出なかったわたしに、フィアロはかすかに苦笑を浮かべた。


「ええ……元気にしてましたか?」


 それにこくりと頷き返すと、フィアロは気まずそうに視線を逸らす。


「その……この間は先走ってしまってすみませんでした」


 窓の向こうに佇むフィアロにかける言葉が見つからなくて、二人とも黙り込む。


「……。ルィンランディア様に聞いてもらえるとは思ってなかったんですけど、お顔を見てたらつい言ってしまって……」


 気まずい空気を誤魔化すかのように、フィアロは空元気に笑った。


「怒られちゃいましたね。リナリア様はあのあと大丈夫でした?」

「大丈夫大丈夫、わたしなんかいつもローレルのこと怒らせてるから」


 フィアロに合わせるように、わたしも空元気に笑う。

 二人の間を再び沈黙が襲った。


「……」


 フィアロの朱の花が浮かぶ淡い瞳がわたしに向けられた。

 フィアロはそのままなにも言わず、しばらく見つめてきた。窓枠越しに二人、言葉もなく奇妙な時間が流れる。


「……リナリア様は、やっぱりルィンランディア様のおそばにいたいんですか」


 やがてぽつりとこぼされた言葉に、妙なことに胸が痛んだけれど、わたしは答えなければならないと思ってその言葉を口にした。


「うん。……本音を言えば、やっぱり、うん。誰よりもローレルのそばにいたくて、一緒にいたくて、ローレルもそれを望んでくれるのなら……それはやっぱり応えたい」


 その答えを聞いて、フィアロは笑った。

 どこか寂しい、諦めたような笑顔だった。


「フィアロが一緒に来てくれるって言ってくれて嬉しかったよ。こんなに優しくしてもらえたの、ほんとに久しぶり。ローレルはずっとツンツンだったしね。フィアロの優しさにはほんとに感謝してる」


 フィアロは首を振った。

 ああ、たぶんこれで最後だなって、なにがってわけでもないけど直感的に思った。


「今までありがとね、フィアロ」


 フィアロは俯くと、小さく頭を下げて庭仕事へと戻っていった。

 その後ろ姿に声をかけようと思ったけど、結局なにも言葉は見つからず、わたしは見送ることしかできなかった。









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