告白する少年
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
ここからは更新が不定期になります、すみません。
暗殺騒ぎから数日。わたしはバルコニーのない部屋へと軟禁されていた。
あぁ……それにしてもヒマだな……。
窓からフィアロが手入れする中庭を眺めながら、あくびを一つ浮かべる。
あれから庭に降りるのは危険だからということで、バルコニーのない部屋へと移動させられ、どこにも行きようのない生活を送っている。
フィアロとはあれから口も聞いてない。こうして遠くからその姿を眺めるだけだ。
下手に話しかけてとばっちりで怒られるのは向こうだと学習してからは、おいそれと誰彼構わず話しかけることなどできなくなってしまった。
そんなある日のこと、ここしばらく忙しそうにしていて姿を見せていなかったローレルが久しぶりに部屋を訪れた。
ローレルは迎えるわたしに開口一番、なんでもないかのような口ぶりで驚くような事実を口にした。
「そう遠くない先、エクセリオンを糾弾しに行く」
「……は?」
「再びおまえに危害を加えられる前に、奴を王座から引きずり降ろす」
「え……?」
「正当な王位継承権を持つのは私だ。奴の所業を明るみに出し、私がまだ生きていることを知らしめて、王の座に返り咲いてやる」
「な、な……」
「そして……無事にここエレン・ケレブの王となった暁には、私はおまえを妻に迎えようと思っている」
「はっ……えぇ!?」
あまりにも寝耳に水ばかりの話で、とにかく間抜けな声しか出ない。
「……え、とはなんだ、え、とは」
途端に向けられた冷たく眇められた目に、慌てて言い訳する。
「いやだってさ! いきなりそんなこと言われたって……!」
あまりにも一度にたくさんの情報を与えられて、脳が処理し損ねている。
「……大丈夫なの。その……」
「勝算はある。荒事になるだろうが、こちらはいずれも精鋭ぞろいだ。それに武芸の腕で叔父上に負けるつもりは毛頭ない」
「ちゃんと戻ってきてくれるよね」
「当たり前だ。その暁には私の伴侶にと言っているだろう」
「……。わたしは連れて行ってくれないの?」
ローレルは静かに首を横に振った。
「そ……その……妻ってことは……結婚……?」
「……そういう意味でずっと一緒にいたいと言っていたのではなかったのか」
ローレルの声の温度が下がっていく。
「だったらどういう意味だ。もしかして、おまえは私をずっと使用人としてこき使うつもりで生涯寄り添えと言っていたのか」
「んなわけないって!」
一人でとんでもない誤解を生み出しているローレルに慌てて弁明をする。
「いや、どういう意味でって改めて突きつけられたらその……ちょっと……いやかなり恥ずかしいけど! 妻……妻って……。っていうか、そもそも結婚とか言う前に、すっ飛ばしてることがあるよね?」
「……。なんだ?」
明らかに都合悪そうに目を反らしたローレルに反撃とばかりに噛みつく。
「君、人にはいっつもそうやって強要するくせに、肝心の君の気持ちはちっとも伝えてくれないよね?」
「……そうだったか?」
「そうだったか? じゃないよ! いっつも黙って耳ばっかりく、口づけて……君こそいったいどういうつもりでそばにいろとか伴侶とか言ってるの!」
「……」
ローレルはいかにも言いたくなさそうに黙り込んだ。
「言わなければダメか?」
「言わないと返事しないよ?」
今度はわたしが目を眇める番だった。
ここでうやむやにされたら、一生うやむやにされたままになりそうだ。
ローレルはわざとらしくコホンと咳をするとしばらく宙に目を泳がしていたが、覚悟を決めたのか、案外と真面目な顔をしてわたしの前に跪いた。思ったよりも堅苦しい雰囲気に、こっちもカッと顔が赤らんでいく。
ローレルはそのきれいな指を伸ばしてわたしの手を取ると、まるで希うかのようにそっと口づけた。見上げてきたリーフグリーンの瞳は陽の光を受けてキラキラと輝いて、ミルキーブロンドの見事な金髪も相俟って、まるで本物の王子様のようだった。
「おまえを愛している」
渋っていた割には、落ち着いたしっかりした声音だった。
「あのとき交わした約束を守りたい。共にこの長き生を眺め、そして隣で最期を迎えたい。……おまえがいいんだ。その役目はおまえじゃないと駄目だ。これからもずっと私のそばにいてくれないか」
あまりの衝撃に口から火を噴きそうだった。
恥ずかしいのか嬉しいのか、自分でもよくわからない。泣きたいような、笑いたいような、なんだか変な気持ちでどうしていいかわからなくて、困ったようにローレルを見つめる。
「……で、返事は?」
だけど、ローレルが本物の王子みたいだったのはここまでだった。
彼はさっさと立ち上がるとさっと表情を変え、高圧的にわたしに迫った。
「……ぅえ?」
「だから、返事は」
見えない圧力を感じる。
「言わせたからには、ちゃんとした返事が返ってくるんだろうな?」
ローレルが待っている。わたしが強要したことと全く同じことを強要して、それにわたしが従うのを待っている。
さっきとは違う種類の冷や汗が吹き出してくるのがわかった。
「どうなんだ? 言わなければわからないぞ」
ローレルの抜け目ない冷静な目がじとっとわたしを観察している。誤魔化し笑いを浮かべる隙もない。
「なるのか? ならないのか?」
「……えーと……」
「まさかここまできて今さらすっとぼけるのか?」
途端に細められた目に、慌てて首を振る。土壇場で照れが先行して途端にしどろもどろになったわたしに、ローレルは早くもしびれを切らしたようだった。
「……。おまえがどういうつもりか知らないが、ここまで言っても私の伴侶にならないのなら、そのときは私は他の選択肢を考えなければならないな」
「っ……なんでそんな意地悪言うの!」
あまりにも意地の悪い言葉に思わず涙目になると、ローレルは少し表情を緩めた。
「じゃあちゃんと言え、おまえの言葉で」
「……っ、……」
「私はちゃんと言った」
「……なる。こうなりゃなにがなんでもなるよ! ローレルの伴侶に! 体が還るその日まで、なにがなんでも最期までずっと隣にいて離れないよ!」
だってわたしにはローレルしかいないんだから。
そうヤケクソでめちゃくちゃな返事をしたわたしに、ローレルは――この表情を見せてくれたのはたぶん初めてだ――仄かに笑った。
「そうだ、なにがなんでも隣にいてもらう」
一転して上機嫌になったローレルが、わたしの髪をかき上げて耳の外縁を撫でる。
「私はとっくに覚悟を決めている。おまえと添い遂げる覚悟だ。おまえも決めろ。私と一生を共にする覚悟を」
明るいリーフグリーンにちらりと熱が灯る。
あっと気づいて逃げる前に、ローレルは獲物を捕らえて喰らいつくようにわたしの耳へと口づけた。




