表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/39

目を覚ます少女

 

 目を覚ました瞬間、わたしを出迎えてくれたのはどこかやつれた様子のローレルだった。


「……リナリア」


 すぐには、ここがどこだかわからなかった。

 今まで目にしたこともない、ふかふかのベッド。かけられているシーツは見たこともないほどに真っ白だ。まるで波のように広がっているそのシーツの向こうに、なんだか今にも死にそうな顔をしたローレルがいた。


「ローレル……?」


 握られている左手に違和感を覚える。あまり感覚がない。

 見上げたローレルの姿にも眉を顰める。ふんだんにあしらわれた宝石のついた、重そうなアクセサリー。その滑らかな絹の衣服は、繊細な刺繍がところせましと入っている。

 まるで……まるで、王子さまとか貴公子だとか言われても違和感のないくらい、あまりにも様変わりした様子だった。


「ここは……?」


 起き上がろうとして、ローレルに止められる。


「まだ本調子じゃない。毒も抜けきっていない」


 毒。その途端、最後の光景がフラッシュバックしてきた。

 そうだ。わたしは殺されそうになって……。


「水を飲むか?」


 せりあがってきた記憶は、ローレルの静かな声にかき消された。


「喉が渇いただろう」


 コクリと頷くと、彼は殊勝なことに水差しから水を注いで差し出してくれた。それを受取ろうとして、反対の手でローレルに押しとどめられた。


「いい。私がする」


 むりやり口に押し当てられて思わず顔を背けるけど、ローレルは許してくれなかった。


「薬湯だ。飲んでおいたほうがいい。少しは楽になる」


 どこかハーブの香りを漂わせたそれに、顔を顰めながら仕方なく飲み干す。すべてを呑み終えたわたしにローレルは満足そうに頷くと、再び力の入らない左手を握ってきた。


「どうだ。触っているのがわかるか?」

「うーん、あんまり……」


 そう答えるとローレルは顔を顰めて、「待ってろ」と一言言いおいて部屋を出て行ってしまった。扉の外へと消えてしまった背を追って、視線を動かす。

 そこは、まったく見覚えのない部屋だった。

 明るいアップルグリーンの壁紙に、うっすらと浮かぶ月桂樹の模様。ローズウッドの家具にはオールドローズの花模様の入った飾り布がかけられている。

 どこからどうみても、裕福な屋敷の一室という風情だ。

 たしかにローレルのことはおそらくどこかのいい家のお坊ちゃんだろうなとは思っていたけれど、でもこれは、本当に只者ではない雰囲気だ。

 動かない体に必死に力をいれて、なんとかベッドから起き上がる。矢が撃ち込まれたであろう左腕にはぐるぐるに包帯が巻かれているけど、動いてもそこまで痛みは走らない。というか、感覚が鈍い。動かそうとして、思うように握ったり開いたりできないことに気づいた。……マジか。

 そうこうボーッとしているうちに、わたしはまた微睡んでいたらしい。気づいたらベッドサイドにはローレルと一緒に、まっ白な髪をきれいに伸ばしてローブを羽織ったナイスミドルなイケオジのエルフが待ち構えていた。


「リナリア……。調子はどうだ。まだ眠たいのか」


 それにコクリと頷き返すと、ローレルは隣の人物を紹介してくれた。


「彼はクルグルだ。こう見えてなかなか腕のいい……医者だ」

「これはこれはリナリア様、はじめまして。まさか生きているうちに有魔族の方と相見えることができますとは」


 鷹揚に笑っている彼を、しかしローレルはぶすくれたように睨めつけている。


「笑っている場合ではない。左手がいまだに動かないと言っただろう」

「どれ、このじいに見せていただきましょう」


 促されるままに、力の入らない左手を開いたり閉じたりして見せる。その様子を彼はじっと観察していた。


「……ふむ。おそらく耳長族と有魔族の違いでしょう。体内にある魔力のせいで、毒の効き目が耳長族とは違っているのやもしれませんな……うーむ、これは非常に興味深い」

「実験ではないんだぞ。私は治せと言っているんだ」

「わかっておりますとも、ルィンランディア様。そう焦っても病気や怪我というものは一朝一夕で治せるものではありませぬ。聡明なあなたなら言われなくても存じていることでしょう。あなたらしくもない」

「……煩い」


 ローレルはなんだかカリカリしているようだった。


「御託はいいからさっさと薬を煎じてこい。なんとしてでも治せ」

「わかっておりますとも。仰せのままに」


 クルグル先生はわざとらしく大仰な礼をすると、わたしに一つ軽快なウインクを投げてきて、本当にさっさと部屋から出て行ってしまった。

 残されたのは、だだっ広い部屋にローレルと二人。


「ローレル、ここは?」


 起き上がろうとして、また押しとどめられた。それに顔を顰める。


「なにがあったのかな。わたしはたしか弓で狙われてて……この扱いは、いったい……」

「説明する。だから、お願いだからちゃんとベッドで休んでくれないか」


 なんだかきれいに着飾って偉そうに振る舞うローレルは、まるで別人みたいだ。そう思うと、その顔をうまく直視できなかった。


「エレン・ケレブって、前に話をしただろう」


 エレン・ケレブ。エルフたちの隠された王国。許された者しか入れない、本当にあるかもわからない幻の森の王国だ。以前ローレルとその話をしたことがあったが、彼は誤魔化すような曖昧な態度で言葉を濁してきたのを覚えている。


「もしかして、つまりここが……?」


 ローレルは肯定するように頷いた。

 ……驚いた。なんの気なしにその話をしたときのことを思い出す。あのときのローレルはなんだか曖昧な反応だったけど、実際に隠れ里はあったのだ。


「ここはそのエレン・ケレブ内の知人が所有している別宅だ。ちょっと事情があって、今は匿ってもらっている」

「事情?」


 ローレルは重々しく頷いた。問いかけるように見上げた先の美貌には、苦々しげな色が浮かんでいる。


「その……私は、王の血を引く末裔なんだ」


 言われたことがにわかには信じられなくて、ポカンと口を開いたまま、間抜け面でローレルを見つめるしかなかった。

 だったら、なにか。彼はエルフの王子様とでもいうわけか。だから今はこうして豪奢に着飾っていると?

 ――だとしたら、わたしはエルフの王族を人身売買で購入しただけでは飽き足らず、彼に掃除や家事などを強要したことになる。


「どうりで、射殺されそうになるわけだ……」


 合点がいくと、気が抜けてきてベッドに倒れこんだ。右腕で顔を覆うと、慌てたようにローレルが顔を覗き込んでくる。


「安心しろ。不当な扱いを受けていないことはもう説明している。おまえが奴隷印から解放してくれたことも。すでに誤解は解けて、今は皆おまえの治療に奔走しているところだ」


 それは……本当だろうか。本当に解けているといいんだけど。

 脳裏にあのエルフの女性の燃えるような目が思い浮かぶ。


「ごめん……ちょっと頭がついていけてないや」


 ローレルはなにも言わなかった。わたしに告げられる言葉を、どこか恐れてさえいるようだった。


「……なんだか疲れたな。まだ体も本調子じゃないみたいだし。……ちょっと一人にしてくれる?」


 ローレルからは、返事がなかった。


「ローレル?」


 腕をどけて見上げると、ローレルはなんともいえない顔をしている。


「……ああ、ごめん。君はローレルじゃなかったね。それに君っていうのも失礼か。なんだったかな、君の本当の名前は独特の発音で難しいんだよね。ええと、ルィン……」

「ローレルでいい」


 ローレルの顔がくしゃりと歪んで、強く肩を掴まれた。あまりの強さに思わずうめき声が出る。慌てて緩められた力は、それでも離してはくれない。


「私は……ローレルだ。これからもそう呼んでくれ」


 なんだかローレルの様子が変だ。どうしたものかと困って、歪められた美貌から目を反らした。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ