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夜空を見上げる少年

 

 あっという間に日は沈み、辺りを薄暗闇が染め上げていく。


「本当に大丈夫なのか」


 花冠を編む手を止めて、ローレルは訝しげにわたしに目を向けてきた。その目が暗に帰るべきだと訴えているのに、ひらりと手を振り返す。


「大丈夫だよ。どれだけこの森に住んでいると思ってるの」


 ローレルはちらりと手元に置かれた弓矢を見遣った。

 たしかにこんな軽装備で夜の森の中、焚き火を焚べるわけでもなく、なんと不用心かと憤るのも仕方がないだろう。


「それより、ほら」


 帳を降ろしてきた空を指差すと、ポツリポツリと星が瞬き始めたところだった。


「あんなもの……ここに来てからいやになるほど見飽きてる」

「ここで見る星空はまた格別だって」


 ムードもくそもないローレルに苦笑を返す。ローレルは手元に視線を落とすと、完成した花冠をわたしに渡してきた。


「くれるの?」

「好きにしろ」


 すぐにふいと顔を背けられてしまう。

 わたしが作ったものと同じ、白とオレンジと赤い花でできた、わたしのよりもはるかに形の整った花冠。それを嬉々として被ると、ローレルの頭にもわたしが作ったものを被せる。


「おい……」

「お揃いだね」


 文句を言おうとしたローレルに満面の笑みでそう言うと、彼は絶句したように口を閉じた。


「だって、そうでしょ?」


 薄暗闇の中、ローレルはしばらく口を開けたり閉じたりしていたが、やがて観念したように「そうだな」と息を吐き出した。


「ここで運命を共にする者同士の、孤独を埋め合う花冠だ」


 ローレルはそっと花冠に手を遣ると、そのまま黙って段々と濃くなってきた夜空を見上げ始めた。わたしもそれに倣って頭上に視線を遣る。

 ポツポツと灯る星々が瞬き始めたところだった。







 そのまま、ローレルは再び微睡み始めたようだった。座ったまま目を閉じているその姿をなんとなしに眺める。月明かりのぼんやりとした明かりだけでは、その様子はよくわからない。少し冷えた夜風にさらされて、ローレルの柔らかな髪がふわりとかき乱れていく。


「情緒がないなぁ……」


 一人苦笑気味にそうごちて、わたしは夜空を見上げ続けた。

 この世界のどこかでステイとエマもこの空を眺めているだろうか。ふと、そう思った。

 二人は元気だろうか。今ごろなにをしているだろう。わたしとも人とも時の歩みが違う彼らは、今はどんな姿になっているのだろうか。

 ふいにローレルが目を覚まして、振り返ると同時に弓矢を手にとった。

 そのまま伺うように、森の中を凝視している。


「だから不用心だと言っただろう」


 眠りを邪魔されたせいか、随分と不機嫌そうだ。


「ごめんって。寝てていいよ」


 森の中から光る目がいくつか、こっちを見ている。

 ローレルに手を上げて弓を下ろすように促すと、彼は訝しげにこっちを見返してきた。


「彼らもバカじゃない。森に棲むものたちはわたしに手を出せないことはとっくに学習してるよ」


 それでも心配ならと、手を振って光る玉をいくつか作り出す。それを足元に投げつけて威嚇すると、すぐに密やかな足音は遠ざかっていって、光る目たちは消えていった。


「今のは……」

「あれ? 狼かな……熊だったかも」

「そうじゃなくて」


 暗闇の中、膝をついたローレルがまじまじと見下ろしてくる。

 さっきと同じポゥと光る玉をいくつか空中に出してみると、すぐに「消せ!」と怒られた。


「できるたけ使いたくないと言っていただろう! 見つかるかもしれないからって……なのになんでそんな軽率に使った!」


 あまりの剣幕に、両手を上げて降参の意を示す。ローレルはフンと鼻を鳴らした。


「心配しなくても、私だって無闇やたらと殺しはしない。おまえが余計な気を回さなくても、私もここでの生活を守る。……ついでにおまえのことも守ってやる。だから、そうやって時折信じられないほど投げやりになるのはやめろ!」

「ありがとう」


 自然と、その言葉が出ていた。


「ローレル、ありがとね」


 ローレルは虚を突かれたようにしばらく黙ってわたしを見つめていたようだったが、やがて腰を下ろすとため息をついた。


「わかったのなら、いい加減もう休め」

「でも……」

「今度は私が見ててやる。おまえが星空を眺めろというのなら、ひたすらに眺めていてやる!」


 その手が伸ばされてきて、若干乱暴に頭を撫でられた。


「……だから、おやすみ」


 月明かりだけでは、その表情はよくわからなかった。だけど少し柔くなったその言い方から、少なくとも怒ってはいないのだろう。宥めるように撫でてくる手はまるで安心させるかのようだ。

 そこまで言うのならと、お言葉に甘えることにした。


「それじゃあ、少しだけ」


 横になって体を丸める。バサリとなにかが掛けられた。ローレルが羽織っていたマントだ。

 そのままローレルはなにも言わず、わたしの頭を撫でては朱銀の髪に手を滑らせている。

 色々と言いたいことがあった。

 わたしにマントなんか被せて、ローレルのほうが風邪を引いちゃうよ、とか。今日は頭なんか撫でてきちゃって随分とわたしを甘やかすんだね、とか。明日起きたら、君はいつもの君に戻っちゃうのかな、とか。

 ……もう少しだけ、そうやって頭を撫でていてほしい。

 夢現のなかでぼんやりとそう願いながら、わたしはいつの間にか眠りに落ちた。








 まぶたを開けたら、もう朝だった。

 マントの中から顔を覗かせると、隣でローレルがぼんやりと空を眺めている。


「……おはよう」


 そう声をかけると、明るいリーフグリーンの瞳がちらりとこっちを向いた。


「満足したか?」

「それはわたしが聞きたかったんだけど……」


 掛け物代わりにしていたマントをお礼を言いながら返すと、ローレルは照れたようにふいと視線を逸らす。

 朝日に照らされたローレルはキラキラと輝いていて、相変わらず美しかった。


「……まぁ、また一年経ったら付き合ってやらなくもない」


 全然素直じゃないその言葉に思わず笑いが出た。ケラケラ笑っているわたしに、ローレルがちょっと頬を赤くして怒ってくる。


「っ、笑うな!」

「ごめんごめん、来年も楽しみにしてるよ」


 浮上した高揚感のままにローレルに花冠を手渡すと、自分もそれを被って手を差し出す。

 ローレルはほんの少しだけ躊躇っていたけど、すぐに諦めたようにため息をついて同じく花冠を頭に乗せると、渋々感を全面に出しつつも、わたしの手を引いて立たせてくれた。








 帰宅してローレルが入浴に行ってしまったあと、テーブルに置かれた二つの花冠を前に考え込んでいた。

 しばらくそうやって考えていたが、壁に打ち込まれていた釘があったのを思い出して、そこに二つ並べて立てかける。そしてローレルが見ていないのを見計らって、ふわりと手を振ってミスト状の霧を作り出し、振りかけた。そのうち枯れてしまうだろうが、できるだけドライフラワーのようにならないか手入れをして長持ちさせたい。――だってこれは、初めてローレルにあげたプレゼントで、そして初めてローレルからもらったプレゼントだ。

 ――また来年、新しい花冠を交換しあうまで。

 次は葡萄酒を持っていくのもいいな。記念日に合わせてつまみになりそうな乾物やナッツ類を買い込んでおくのも忘れないようにしなければ。

 久しぶりだった。こうやって未来のことを考えて、そしてその先を楽しみに思うのは。

 ガチャリと扉を開けて中に入ってきたローレルに、振り返って笑う。ローレルはその明るいリーフグリーンの目を見開いて、壁に飾られた二つの花冠を見つめていた。








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