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狩りをする少年

 

 その日は珍しく一日中、ローレルは資材庫の中で時間を費やしていた。

 翌日、彼はその成果をちょっと得意げな顔で早速披露してくれた。


「どうだ! 使えるようにしたんだ」


 見せてくれたのは、古びた弓矢。


「へえ、器用なことができるもんだ」

「これで干し肉も買わなくていいな」


 ローレルは意気揚々と弓と矢筒を担いでみせた。


「早速、明日にでも狩りに行ってくる」

「えー? ほんとに大丈夫なの?」


 今までの様子からすると、ローレルって自分のことは人にやってもらっていたようなお坊ちゃんじゃないかと思ってるんだけど。本当に弓矢など扱えるんだろうか。


「そこらへんの家事をするのとはわけが違うんだよー? 下手に扱うとケガしちゃうんじゃない?」

「安心しろ。扱いには長けている」


 そこで怒ることもなく冷静に返してくる辺り、だったら本当に経験があるのだろう。


「じゃあ……そこまで言うのならお願いしよっかな」

「任せろ」


 珍しくローレルが目を輝かせている。どこか楽しそうな彼の様子にそれ以上口出しするのも野暮かと思って、引き止めたい気持ちに蓋をした。








 それからローレルはその日は一日中、準備に費やしていた。若干わくわくした様子で入念に持ち物を確認し、わたしに翌日のお弁当まで頼んでくる始末。

 そして次の日、彼は意気揚々と出かけていった。自信ありげに伸ばされたその後ろ姿に軽く手を振って送り出す。

 思えばいつもはわたしばかりが出かけていて、ローレルは家に置いていくばかりだった。こうして逆に彼を見送る側に立つのはなんか変な感じだ。

 ふとそのまま帰ってこないかもなと少し思ってしまった。食料と水は持たせたし、弓矢という武器もある。そのまま森を抜けることも森の民である彼ならばできないことではない。

 ――そっか。誰かを待つということは、こんなにも心細くなることだったんだな。

 久しぶりに思い出した気持ちになんだか感慨深くなる。

 ローレルがここに来なければ誰かと過ごす楽しさも、一人で待つこの不安も思い出すことはなかった。

 再びひとりぼっちになる覚悟を決めなければならないかもしれない。そんなことは今さら、わたしが気を揉んだってどうしようもないことだけれど。

 そんな弱気を紛らわせるためにも、久しぶりに大掃除をすることにした。








 意外にもローレルの帰りは思っていたよりも早かった。


「獲ってきたぞ」


 立派な鹿をロープに括りつけて帰ってきたローレルは、随分と得意げだった。


「これでしばらくはもつだろう。どうだ?」

「これ、ほんとにローレルが?」

「ほかに誰がいる」


 しらっとした視線を苦笑いで誤魔化し、一気に押し寄せてきた安堵感のままによしよしとその頭を撫でる。


「すごいなーローレルは。ありがとうね!」

「またそう年下扱いする! 見た目はともかく、もう子どもじゃないと言っただろう!」


 さっきまでの不安はいつの間にか消え去り、今はただローレルが無事に帰ってきてくれたことが嬉しい。

 随分とテンションの高いわたしをローレルは胡散臭げに見遣ると「解体するから」と言い残して、再び鹿を引き摺っていった。どうやら彼はそのまま解体作業も引き受けてくれるようだ。

 その様子をしばらくして見に行けば、ちょうど捌き終えるところだった。

 体力も技術もいる作業だろうにローレルはためらうことなくナイフを入れて、ムダのないように解体してくれていた。皮も、内蔵も、もちろん肉もきれいに取り分けて、ローレルは鮮やかに捌いている。


「見事なものだね」


 話しかけると、ローレルは今さら気づいたかのようにやっと顔を上げた。


「気持ち悪くないのか」


 質問の意図がわからずに首を傾げた。


「ん? ……いや、わたしだったら台無しにしちゃうから、やってもらって助かるよ」


 答えたわたしを、ローレルがその透明な瞳でじっと眺めてくる。


「今夜はなにを作ろうかなぁ」

「だったらステーキにしよう。もう随分と食べていない」

「いいね、それ! わたしも食べたい!」


 思わず笑いかけるとローレルの顔が一瞬、笑みを浮かべたようにほころんだように見えた。


「……悪いが後片付けにまだかかる。血の匂いを落としてくるから肉を頼む」

「よしきた、任せなさい」


 すぐに俯かれたせいでほんとに笑ったのかは確かめられなかった。

 でも一つまたローレルの意外な一面を知れた気がして、わたしは柄にもなく浮かれきっていた。








 せっかくのローレルの初獲物だ。畑の野菜も奮発して、色とりどりの野菜を添えて鹿肉のステーキを豪勢に飾ることにする。

 いい匂いに釣られて、ローレルがどことなくそわそわとやってきた。


「片付けは終わった?」

「ああ」

「お疲れさま。食事にしよっか」


 テーブルに置かれた見慣れないボトルに、ローレルが目を丸くしている。


「じつはこないだ街に下りたときに買ってたんだよねぇ」

「お酒なんて飲めるのか?」

「うーん、どうだったかな。飲んでたような気もするけど……そういえばしばらく縁がなかったなぁ」


 こんなものを買おうと思ってしまえるくらいには、わたしは今のこのローレルとの共同生活を楽しんでいるということなのだろう。


「ローレルこそ見た目的にギリギリって感じだけど、大丈夫だよね?」

「大丈夫だ。むりやり飲まされたこともあったが、酔い潰れたことはなかった」


 苦々しげにこぼされた言葉に視線でどうするか問いかけると、ローレルは引き留めるように頭を振った。


「本来お酒というのは飲むと楽しい気分になるものなのだろう? 私も味わってみたい」


 そう言うならと、本人の同意を得て木のコップになみなみと注ぐ。


「さて、初狩猟の成功に乾杯といこうか」

「……まぁ、確かにこれは悪い気はしないな」


 久しぶりのアルコールに当てられたのか、ローレルは珍しく嫌がることもなく乾杯とコップをぶつけてくる。

 なみなみと注がれたぶどう酒をいただくのは本当にいつぶりだろう。滅多にとれないアルコールを高揚感のままにゴクゴクと喉に流し込む。ほわりと漂う甘い香り。次いでやってきたアルコールの酩酊につい感嘆の声がもれる。ローレルはどこか感慨深げにわたしの様子を眺めていた。

 次いで口に運んだのは獲れたての鹿肉のステーキ。


「うん! 思ってたより柔らかいね!」

「どうだ。干し肉よりずっと美味しいだろう」

「ずっと美味しいよ」


 思わず目を閉じて頬を押さえると、目の前からかすかに笑い声がもれた。

 慌てて目を開くも、ローレルはすでに豪快に肉を口にしている。……わたしの勘違いだったか。

 その日はいつもより口数の多いローレルと珍しく談笑しながら、豪華な晩餐を楽しんだ。









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