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朝食を用意する少年

投稿する順番を間違えてました。

エピソード差し替えてます。すみません!

 

 街への買い出し帰りから、散らかりっぱなしだった家の片付け。その日は疲れが溜まって、いつもよりもぐっすりと眠ってしまった。

 翌日。

 なんだかいい匂いがして目が覚める。キッチンから音がする。


「母さん?」


 寝ぼけてそう呼びかけて、現実を思い出した。


「……ローレル?」


 腕まくりしたローレルがキッチンで一生懸命なにかと格闘していた。


「……そんなにお腹空いた? わたしがいないあいだ、ちゃんと食べなかったの? 起こしてくれたらよかったのに」


 まだ重たい目を擦りながら身を起こす。硬くて狭いソファだとあまり疲れもとれないが、この家にはベッドは一つしかないから言っても仕方がない。


「声をかけたが、起きなかった」


 覗き込んだキッチンの惨状に、思わずうっと呻く。卵の殻やらレタスの千切れた葉やらがあちこちに飛び散っていた。

 その中をローレルが拙い手つきでフライパンから皿になにかを移している。


「えっスクランブルエッグ作れたの!? すごいじゃん!」

「……オムレツだ」


 いつもとは比べものにならないくらいの、豪華な朝食。卵もレタスもトマトもソーセージも全部使って、ローレルはいつものわたしの見様見真似で朝食を用意してくれていた。


「買い出しに行かなきゃこんなのも作れないんだよね……」

「それはわかっているが……」


 顔を洗うのもそこそこに、急いで席に着く。湯気を立てた熱々のスクランブルエッグはとても美味しそうだ。


「誰かに作ってもらった食事なんていつぶりだろう……」


 両親が亡くなったあの日。それはついこのあいだのことのようで、でももうすでに遠い昔のようでもある。あれからずっと一人で過ごしてきたというのに、今は一人で過ごす寂しさなんて想像することすら苦痛になってしまった。


「こんなところで寝ていると、なぜ言わなかった」


 向かいあったローレルは少し気まずそうだった。


「言ったところで君なら知らんぷりするよね」


 言葉に詰まったローレルは、しかし気を取り直したようにコホンと咳をする。


「まぁ、だが……ここで寝るのも寝心地が悪そうだ。今日からは私の隣に入って寝ることを許可してやってもいい」

「……いや、いいよ」


 遠慮されるとは思っていなかったのか、ローレルがキッと睨みつけてくる。


「なぜだ! この私の隣だぞ!? こんなに光栄なこともないのに!」

「だって、なんか……寝相が悪いとかいびきが煩いとか、事ある毎に怒られそう」


 一緒に寝たところできっと気を使って、寝心地が悪いことには変わりなさそうだ。

 それにあのお薬飲もうね事件からこっち、ローレルに行き過ぎたスキンシップをとるのは妙なトラウマになっていた。今回はその本人がいいって言っているのだから気にしなくてもいいのだろうが、それでもあのときの罪悪感を考えると、彼に望んでいないことをさせるのは気が進まなかった。


「……またなにか失礼なことでも考えたな。この私がともに休む栄誉を与えてやると言っているのに」

「はいはい、ありがとうございます! そんなにわたしに気を使ってくれるっていうんなら、今日は掃除まで頼んじゃおうっかな」

「誰もこき使っていいとまでは言っていない!」


 プンスカ怒る様は相変わらずだ。その様が可愛らしく感じられて思わずニヨニヨしていると、ローレルはムスッと口を閉じて、皿を洗いに行ってしまった。








 その日の夜だ。

 ソファで眠っていると、フワリと誰かに抱き上げられる感触がした。


「ローレル?」


 見た目に反して力強い腕がわたしを持ち上げている。抱きしめていた掛け布ごと、運ばれている。


「うーん……まさかわたしを外に捨てる気……?」

「そんな下劣な真似はしない。私をどんな奴だと思っている」


 苦々しげに返され、夢見心地に笑いをもらす。扉が開く音がして、それから硬いマットレスの上に落とされる。久しぶりのベッドの感触。


「どっちにしろ寝心地が悪いんだから気にしなくてもいいのに……」

「疲れがとれないからと、仕事を押し付けられたくないだけだ」


 それから隣に人が入ってくる気配がして、やっと目が覚めた。


「え?」


 目を開けると真ん前にどアップのローレルの顔がある。暗闇の中で彼の瞳は不思議な色に輝いている。


「……もしかして一緒に寝るの?」

「この家にベッドは一つしかないのだろう」

「てっきり長イスにでもいってくれるのかと……」


 「連れてくるんじゃなかった」とボヤかれ、それでも彼はわたしの隣に身を横たわらせる。


「まあいいや。変なことはしないでよ」

「それはこっちのセリフだ。私の美貌についよからぬことを考えるのもいた仕方がないだろうが、せいぜい……」


 ローレルはその後もなにか言っていたようだが、生憎わたしには連日の疲れが溜まっている。それ以上起きていられなくて、彼に背を向けて睡眠の続きを貪った。







「起きろ……起きろ!」


 揺さぶられて目を覚ます。久しぶりの、寝室での目覚め。ボロボロのカーテンの向こうから薄っすらと陽が差している。


「随分と気持ち良さそうに寝ていたな?」


 ローレルはなぜか怒りを堪えたような顔をしていた。


「私の隣だというのに、緊張することなく、朝までぐっすりだった!」

「そりゃあ疲れていたから……」


 あくびをしてうーんと伸びをすると、ベッドから飛び降りる。


「今日は朝食、作ってくれないの?」

「あんなこと毎日やってられるか」

「えー……ローレルの朝食、美味しかったのになぁ」


 その途端ブスくれたローレルの顔が、少しだけ機嫌を持ち直す。


「……まあ、たまになら作ってやってもいい」

「やった! じゃあさっそく今日の夕食からね!」

「おい!」


 呼び止めるローレルに背を向けて、顔を洗いに外へと出る。

 まさか隣の体温に安心してゆっくり眠れただなんて、なんだか気恥ずかしくてローレルには言えなかった。









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