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嘘下手かよ

 移ろいやすく読みにくい女性の気持ちの機微を、エドガーごときが分かるはずもなく。


 ……ならば聞くしかあるまい。


「ヴィヴィ、何か不安なことがあるのか?」


 女性は結婚前に気持ちが落ち込むことがあるとも聞く。

 エドガーはヴィヴィに対して前科があるので、今度こそ失敗したくない。


「べ、別に」

「いや、全然『別に』って顔じゃないだろ。嘘下手かよ」


 十八歳のヴィヴィアンは、相変わらずぷくぅと頬を膨らませる表情がよく似合う。

 おそらく一生涯似合うのだろう。彼女の母親もいまだにこれをする。


「……男の人は皆、印象的な碧色の瞳の金髪美女が好き」

「はあ?」

「背が高くて、胸が大きいのにウエストが細いスタイル抜群の、華やかでゴージャスな美女が好き」


 いきなり何を言うのかと思ったら、ヴィヴィアンの主語がでかい。

 実際にエドガーは「いや、主語でか」と言葉に出していた。


 そして、今彼女が言った人物は元公爵令嬢で現マーティンデイル夫人、カトリーナのことだろうか。

 確かにカトリーナの見た目は極上だが、それだけでこの世の生きとし生ける男全員が彼女に惚れるなんて暴論もいいところである。


 最悪だ、とエドガーは思った。

 だって、あんな女と一緒では心が疲弊して早死してしまう。

 カトリーナは、リディック王弟殿下だからこそ付き合えるのであって、並の男ではすぐに逃げ出すだろう。


「……好みなんて人それぞれだろ? 金髪よりも桃色の髪が好きって男もいるぞ」


 こんなことで悩んでたのか? とは聞かなかった。


 何かもう面倒くさいが一周回って、可愛いと思う自分は重症である。


「でも、胸は大きい方がいいよね?」

「……いや、それは……関係ないだろ」

「あるよ。エドの周りにいた女の人は皆胸が大きかった。カトリーナ様も、トリッシュも、ブリトニーも。あとサンドラさんも……」


 何故(なにゆえ)その人選?


 ツッコミどころ満載な名前に、エドガーはこめかみを押さえた。


「待て。タタショア嬢はヴィヴィの友達で、ダンの好きな女だから友好的な態度を取ってんだぞ? それにお前だってダンとかなり仲良いだろ。知ってんだぞ、俺が北部行ってる時お前らが三人で街に遊びに行ったの。それに夫人はともかく、迷惑系勘違い女二人は知り合い枠に混ぜんな。ああいうイカれた思考の女は好かない。あれが好きって言う男もいるかも知れないけど、俺は嫌だ。シンプルに怖い」


 自分で言っていて悲しいかな、エドガーを好きと言う女のアクが強過ぎて辛い。


 こちらはヴィヴィアン一人でも手に余るというのに。


「わ、私もイカれた思想持ってる。……昔、カトリーナ様に見惚れてたエドガー見て、カトリーナ様のこと、こ、殺したいって思った……」


 エドガーは「昔のヴィヴィが考えそうなことだな」と思ったし、言った。


 十三歳までのヴィヴィアンは、そういうところがあった。

 思い通りにいかなければ泣いて喚いてエドガーを何度も困らせた。


 でも、今は違う。


 まあ今のヴィヴィアンも我儘なところはあるけれど、エドガーだって昔は何もかもにイライラしていた。

 実家の自分の部屋の壁には、父親と喧嘩した苛立ちから空けた穴がある──拳大の穴を面白がった母が、その部分に額を付けて、『十三歳、喧嘩の果てに』、『十四歳、夏の荒ぶり』とキャプションを付けたエピソードは黒歴史だ。

 ……あれが見たくないが為に実家への帰省をしたくないエドガーである。


 話が逸れた。戻そう。


「それに俺だって、殺したいと思ったことがある」

「それって私に……?」

「違う、ダンに」

「なんで? あんなに仲良しなのに」


 仲良し言うな。気色悪い。


「あと、ハンクスと、ブロンソンと、ハーダウェイと、オドネル。んで、ショーンは戻ってきたらマジで殺す」

「えっ、なんで? え?」


 ヴィヴィアンはこういうところがお嬢様だ。

 見られ慣れて育った彼女は、男の視線の意味を分かってない。

 あんなに可愛い可愛い言われて育って、変態(ジェシー)に、はあはあされているくせに、だ。


「何度ぶん殴っても、ダンはお前のこと『ヴィヴィちゃん』って呼ぶし、ハンクスと、ブロンソンと、ハーダウェイはヴィヴィを見る目がやらしいし、オドネルは新人で激弱なべそかきの分際でヴィヴィに告るし、ショーンは見境のないクソ野郎だからだ」


 エドガーが、とんっと額に指で押すと、ヴィヴィアンは「はわわ」と呟いて赤い顔で固まった。




 ……今の言葉のどこにヴィヴィアンがときめいたのかは分からないが、良しとしよう。




 ◇◇◇




「エドって、やっぱり私のことすっごい好きなんだね」


 言葉にしてから、ヴィヴィアンの不安がエドガーに愛想を尽かされることだと分かった。

 どうして、愛されていると分かっていて、こんなにも不安になるのか……と不安になったのだ。


 兎にも角にもまとめると、マリッジブルーである。


「好きだって言ってんだろが」

「そうだけどぉ……チュウもしてくれないしぃ」


 カトリーナとの女子会で聞いたところによると、王弟殿下はカトリーナが好き過ぎて婚約する前からチュッチュしてきたそうだ。


 エドガーの同期とお付き合いしている、ミーガンとキアラなんてもっと進んでいる。


 なのに、エドガーは何にもしない。


 ヴィヴィアンの愛読しているちょっと刺激の強い恋物語に出てくる騎士様とは大違いである。


「は? キスならしたろ?」

「たったの! 一回だよ!」


 しかも、ちょんっと口をくっ付けただけの! と、文句を言うヴィヴィアンにエドガーは青筋を立てた。

 でもだからってヴィヴィアンは怯んだりしない。

 だって『何か不安なことがあるのか?』と聞いたのはエドガーだ。


 こうなったら言いたいことは言ってやるのだ。


「……一回で十分だろ。それに結婚したら、」

「だって皆はしてるもん! すっごいのしてるもん!」


 エドガーの言葉を遮ってヴィヴィアンは叫んだ。


 もはや本のことも忘れているヴィヴィアン。


 鶏である。


「『だって』じゃない。よそはよそ、うちはうち。それに、お前の親父さんとランディさんに言われてんだ」

「パパとお兄ちゃんが? なんて?」

「あー……要約すると『すっごいのは結婚後にしなさい』って?」

「……ふうん?」


 不満だ、とても。


 分かったか? とエドガーに問われても頷きたくない。


「式の二週間前だぞ……」


 はあ、と溜め息を吐くエドガーに、ヴィヴィアンは「そうだよ、だからもういいじゃない!」と強気に返す。


 すると、


「……確かに。もういいか」


 数度うんうんと頷いたエドガーに引き寄せられたヴィヴィアンは、デビュタント以来初の口付けをされた。


 うっとりしていたのは最初の数秒で、なんか後はもうめちゃくちゃで──何がめちゃくちゃかって、それは察していただきたいのだが……ちょっと刺激の強い恋物語なんか目じゃない感じで。


 結果、酸欠で気絶した。


 そして、数時間後に目が覚めた時には、ブリトニー・リー・ペシはなぜか実家に帰っており、ヴィヴィアンは嫉妬により閉じ込められた可哀想な人になっていた。


 可哀想扱いなんて屈辱だー! と、とっても不服だったヴィヴィアンだが、エドガーに文句を言うことはできなかった。


 色々思い出して恥ずかしくてなったからである。




 ◇◇◇




 というわけで、可愛い婚約者に強請られて、ちょーっとだけ大人めのキスをしたエドガーは結婚式までの二週間、ヴィヴィアンに避けられるのであった。


 あのお子様には鼻呼吸から教えないといけないようだ。

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