けど、やっぱり寂しいっ
まりっじぶるー? なにそれおいしいの? 的な状態のヴィヴィアンは、本日『独身生活最後のウィスタリア・フェスティバル』に参加予定である。
もちろん皆と……と言いたいところだが、昨年一緒に祭りを回ったミーガンとキアラとに『超絶ごめーん☆ ダーリンと約束してるの〜!』と、全然ごめんと思っていない態度で謝られた。
何やら昨年祭りで回った騎士と好い仲らしい。
そして、なんと、サンドラにも断られた……ショックである。
サンドラの相手は、エドガーの親友(?)のダン・ヴァン・セネット。
ダンは北部に派遣されておらず、ヴィヴィアンがゲス男ショーンに言い寄られているところを何度もさり気なく助けてくれたのだが、それはサンドラもだった。
今思えば、ヴィヴィアンはついでだったのだと分かるが……。
なにはともあれ、二人の様子はヴィヴィアンから見ても初々しくて微笑ましく見える。
しかし、明らかに両想いの二人は、お付き合いはしていないんだな、これが。
異性の苦手なサンドラにダンが合わせているのかも知れない。
そんな二人をヴィヴィアンは応援している──
「──けど、やっぱり寂しいっ……今年もサンドラさん達とお祭りに行きたかった……!」
う〜、と涙目で唸るヴィヴィアンに、エドガーは優しく笑って「『女の友情はハムより薄い』って言うもんな」と、表情に噛み合っていないことを言う。酷い。
「そんなことないもん!」
「ははっ、怒んなって。付き合いたてはこんなもんだ。すぐに分厚いハムに戻る。……ほら、もう行くぞ。『独身生活最後のウィスタリア・フェスティバル』」
むっきゃー! と反論してエドガーをぽこぽこ叩くヴィヴィアンの手はいつの間にか掴まれていた。
そして、この瞬間、ヴィヴィアンの寂しい気持ちは消えた。
そっか、と腑に落ちたのだ──彼女達の『恋人と一緒に過ごしたい』という気持ちなら、ヴィヴィアンもよく理解できるから。
◇◇◇
「なあ、こっから花火見える」
どーんと響く音の向こうを見ながらエドガーは、花火を見る為に台に乗って目の高さが一緒になったヴィヴィアンに言うと、「ほんとだ! すごいねー!」と感動した声が返ってきた。
祭りの途中で、下ろしたばかりの靴を履いていたヴィヴィアンは、足を怪我した。
しかもそれを長時間黙っていたので、少し言い合いになった。
最終的に、『デートだから可愛いの履きたかったんだもんっ』と膨れっ面で可愛いことを言うヴィヴィアンの言葉によって喧嘩に幕は下りた。
そして、ヴィヴィアンの足の靴擦れの手当の為に、先日契約が済んだ家にやってきた。
エドガーは買ってきた豚串と微温くなったエールを、ヴィヴィアンはミルクティーを手に持ちながら、花火を見る。
「お前、要らないって言ったのに」
豚串は購入する際に要らないと言っていたくせに、「エドが食べてるの見てたら食べたくなった」と言って肉を一口齧るヴィヴィアンは「えへへ」と笑っている。
昔から彼女はエドガーの食べているものを一口欲しがっていたが、「一口ちょうだい」と言われたのはかなり久しぶりだ。
子供の頃はうざったく感じていたのに、今はそんなことは思わない。
昔、長兄にヴィヴィアンのことをうざいと愚痴った時、『そういう時期だもんなあ』とあしらわれたが、あの時の兄の言葉の意味が分かった気がする。
「エドってさ、モテるよねぇ」
「は? 何?」
さっきまで、『祭りの時に飲む微温いエールって結構美味いよな』『美味しくない』『騙されて飲んでみろって』『やだー』と、話していたのに、急な話題変更である。
「ブリトニーさんって知ってる?」
「誰だそれ」
エドガーは首を傾げる。本当に分からない。
エドガーが知っている女官はヴィヴィアンと、ヴィヴィアンと仲の良い同僚数名だ。それ以外、本当に知らない。
「だよねえ? やっぱりそうだよね」
一人で勝手に納得しているヴィヴィアンに、「何なんだ、さっきから」と問うと、手指を曲げた手をこちらに向けられ、「キャットファイトだにゃー!」と鳴かれた。
ポーズも相まって猫っぽいが……。
「……だめだ、可愛いってことしか分からない」
「なんで分からないの! サンドラさんと同じ宝物庫管理係のブリトニーさんだってば!」
「だから知らんて」
「おととい、ブリトニーさんに『アレクサンダー様と寝たの〜うふふ〜』って言われた」
「は?」
寝耳に水だ。
「……はあああ!?」
吃驚しすぎて、エドガーは素っ頓狂な声が出た。
ヴィヴィアンはとても冷静に「クネクネしながら言われた」と言ってから、「胸が大きかった」と小さな声でぽそぽそと続けた。
「ないっ、してない! マジで潔白!」
焦って、言っている途中で、必死だと逆に疑われるのでは!? という疑問が過ぎって、ますます慌てて「俺はお前としかしない!!」と口走ってしまい後悔するが、もう言葉は彼女の耳に届いてしまった後。
エドガーは、いつもヴィヴィアンの前でやらかす──「はあ」と溜め息を吐いてベランダの手摺に頭を付ける。
「信じて」
「あははっ、信じてるよぉ」
笑う彼女を見て、疑われていなかったことを知ったからこその後悔である。
つまり、からかわれたということだ。
「安心して! 泥棒猫ちゃんは私がやっつけておいたから!」
えっへん! と威張るヴィヴィアンがドヤる。
「……あっそ、ご苦労さん」
「エドって、本当に私のことが好きだよね」
──やれやれ感のヴィヴィアンは、二年前までエドガーのことを『卿』と呼んでいた。
今こうしてヴィヴィアンが楽しそうに笑っているのは、彼女自身の努力の賜物だ。二年前、あのままの状態が続いていたら、きっとこんな風な空気感は二人の間になかっただろう。
だから、つい先日も決めたのだ。『大抵のことは負けてやる』と。
「ああ、そうだよ。俺はヴィヴィが好きだし、ヴィヴィとしか寝ない。だから、次そういう変な女がまた寄ってきたら思いっきり猫パンチしとけ」
「え、あ、……はい」
自分で言うのは平気なのに、言われると途端しおらしくなるヴィヴィアンである。
さてはこいつ、本当にそういうことには疎いのでは? という疑問が生まれる。
「……お前さ、なんでここで照れんの?」
「うるさーい! エドがモテるのが悪ーい」
猫パーンチ! と言って、おそらく赤い顔のヴィヴィアンがぽこぽこ叩いてくるので、エドガーも「言っとくけど、お前だってちょっかいかけられてんじゃん。ショーンのことだって、ダンから聞いたんだぞ。俺が砦にいる間、第二騎士団の新人にデート誘われたのも知ってるんだからな」と、反撃する。
「ダンさん、お喋りだ」
「ヴィヴィが報告すればダンは言わなかった」
黙っていれば……というか仕事中のヴィヴィアンは、『お淑やかなご令嬢』だ。
加えて可憐な見た目。特に、このタレ目気味な大きな水色の瞳を細められたら、恋に落ちる男がいてもおかしくない。
「だって、手紙届かなかったもん」
「届いてた時にも書かなかったくせに」
「当たり前でしょ? 心配かけたくなかったんだから」
「ほら、報告しないだろ?」
「……」
言い返せなくなったヴィヴィアンが、ぷんっとそっぽを向く。
「変わってないな」──そういうところは昔と同じだ。
少し意地の悪い言い方になってしまったけれど、別に貶めたわけではなかった。
むしろ、思い出を共有したい気持ちから出た言葉だった。
だけど、「えっ」と弾かれたように振り返ったヴィヴィアンは、とてもショックなことがあったかのような表情をしていた。
ごめんなさい。
そう呟く様子は、二年前の寒々しい関係だった頃の彼女を彷彿とさせた。




