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どういう意味ぃ? 私、分かんな〜い

 エドガーが帰ってきて早二週間、ヴィヴィアンは彼と一緒にビイシ地区に来ていた。

 半年後の結婚式の後、彼と暮らす借家を選ぶ為である──エドガーがクスラド砦へ行っていたので延ばしていたのだ。


「わ、日当たりいいね。台所はさっきの家より小さいけど……」

「本格的な料理するわけじゃないならいいんじゃないか? 俺は、今日見たリビングの中では一番好きかも」

「私も! よしっ、二階も見に行こ〜! ゴ〜! エドも言って!」


「ゴー」

 言わされた感満載のエドガーである。


 現在進行で内見している家は五軒目。

 今のところ、一軒目と四軒目は保留中で、三軒目は『無し』、二軒目は一番『あり』である。




 二階の部屋は三つ──主寝室と、それぞれの部屋。

 

 主寝室にはベランダがあった。

 本日、ヴィヴィアンが見た部屋の中で一番わくわくする要素である。

 手すりが高くて、外から見えにくいところが気に入った。

 しかもなかなか広いので、ティーテーブルが置けそうなところもときめきポイントだ。休日の朝、食事はここでしたい。


「エド、私、ここがいい! このお家に住みたい」


 反対されたら説得しようと意気込むヴィヴィアンに、「言うと思った」とエドガーはベランダに出た。


 そして、


「うん、じゃあここにするか」


 即答のエドガーに反射的に「え、いいの?」と聞けばこれまた即答の「いいよ」。

「今日契約するよ?」と念押しすると、二回目の「いいよ」。

 ……これ以上の確認は不要だろう。エドガーの気が変わっては大変だ。


「あっ、そうだ」


 ヴィヴィアンの呟きに、ベランダから部屋に戻ったエドガーが「何?」に返す。


「ねえ、エドは寝相良い?」


 ヴィヴィアンは姉に『エドガー君に聞いておきなさい』と言われていたことを思い出したのだ。


「いきなり何」

「お姉ちゃんが、『エドガー君の寝相が悪かったらベッドは二つ買いなさい』って。要確認って言われたの」

「なるほど。ってことはフェリッサさんは、経験者か」

「うん、お義兄(にい)様が寝相かなり悪いんだって。それで大喧嘩したって聞いた」


 一緒に寝たい義兄と蹴られたくない姉の間で戦争が起こったそうだ。

 あんなに仲良しで婚約期間も長かった二人なのに。


『一緒に並んで寝るまで、この問題に気が付かなかった』

 と姉は悔しそうに語っていた。


「で、エドの寝相は?」

「夜寝たままの恰好で朝起きる」

「私も寝相いいよ」


 ヴィヴィアンが続けて言った「一緒に寝ようね」という言葉には、別に深い意味はなかった。


 だって考えてみてほしい──ヴィヴィアンである。


 人生十八年、小鳥ちゃんキッスを一回しか経験していない女に、どんな深い意味があるというのか。


 あるというのなら三十文字程度で簡潔に教えていただきたい。


 だけど、おやおや。目の前には、エドガーがキレ気味の「は?」と赤面が。

 意味を深く掘るタイプのようだ。


 なぜもっとシンプルに生きないのか。


 そんな生き方で疲れないのか。


 でも、ちょっとだけ安心した。だって、エドガーはヴィヴィアンに何にもしないので。


「……お前さあ、そういう教育はちゃんと受けてんだよな?」

「そういう?」


 こてんと首を傾げながら、すっとぼけた。


「なあに?」

「いや、だから、聞いてんだよな?」

「何を?」


「だから……!」と言ってから、たっぷり()を置いて、言いにくそうに、「子供の……」と続きが聞き取れないボリュームで言うエドガーが可愛い。


 悔しいくらいに可愛いくって、ずるいくらいに可愛い。


 もちろん、ヴィヴィアンは『そういう教育』はきちんと正しく受けている。


 それにだ、()()()()話は女学校でもしていたし、女官同士でもしている。

 とはいえ、ヴィヴィアンは専ら聞き役だが。


 でも、『知ってるよ☆ 知識だけ豊富な耳年増だよ☆』と好きな(ひと)に積極的に言えるメンタルは、うら若き乙女のヴィヴィアンには、まだない。


 ……というか、エドガーは、彼の誕生日の夜にヴィヴィアンに『帰りたくない』と誘惑されたことを忘れてしまったのだろうか?


 あの日、ヴィヴィアンは()()()()意味で、彼に『今夜は私と一緒にいて』と言ったというのに。


 一体何なのだろう。男所帯で育ったからだろうか?

 それともエドガーがヴィヴィアンを愛しているせいだろうか?

 彼は、女という生き物──もしくは、ヴィヴィアンに夢を見過ぎである。


 でも、まあいいか。

 と、ヴィヴィアンは思った。


 だって、夢は壊すものではない。


「え〜? どういう意味ぃ? 私、分かんな〜い」


 ヴィヴィアンは決めた。とりあえず誤解させておこう、と。


 夢は守るべきだ。




 ◇◇◇




 あ、こいつ、分かってんな。

 エドガーはそう直感した。

 

 ヴィヴィアンは自分のことを『エドガーフリーク』と称すが、エドガーだって『ヴィヴィアンフリーク』だ。

 というか、フリークのレベルならエドガーの方が上だ。

 なんせ、カトリーナに『気持ち悪いわぁ』と言われたくらいなので。


 しかし、ぷぷぷ、と笑うヴィヴィアンが可愛いので、今日のところは騙されてやることにした。


 でも、今度やったら黙らせる。と付け加えておくが。



 エドガーは、一週間と一日前にあったヴィヴィアンのデビュタントに間に合わなかった。

 ──あの日、バレンタイン家に着いた時には、ヴィヴィアンは出発した後で、急いで王宮に向かえば、自分の恰好では会場入りできない状況。

 さて、どこから忍び込もう、と思い庭を歩いていたところで遭遇した彼女は『お(まじな)いしたの』とか可愛いことを言いやがった。


 そのあまりの可愛いさに、エドガーは力が抜けた──いざこざが終わる前の二ヶ月間、手紙のやり取りが一切できなくなり、近況を伝えることもその逆もできなくなり、不安だったことや、初めて感じた命の危機による不安も……何かもう、まるごとまとめて解決したかのような感覚だった。


 黄色のドレスを着たヴィヴィアンは想像よりもずっと美しかったが、だからこそ自分の恰好のぼろぼろ具合が際立った。


 誕生日プレゼントはショボく、デビュタントのダンスに間に合わなかったエドガーに我儘の一つや二つ言えばいいのに、それを言わないヴィヴィアンに、エドガーは何とも言えない気持ちになった。


 だから、まあ婚約中くらいは、大抵のことは負けてやるつもりだ。


「エドぉ、早くー! 契約に行くよー!」


 階下から自分を呼ぶ声に「今行く」と答えて、エドガーは階段を降りていった。

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