エド、お誕生日おめでとう!
罠に嵌った超絶ピンチな騎士を、ヴィヴィアンが格好良く救い出したあの日から二つの季節が過ぎ、エドガーの二十歳の誕生日が近付いてきた。
──エドガーとの仲はとても順調である、とヴィヴィアンは思う。
『ママが分かってくれるわけないよ。ママにとって私はまだ赤ちゃんなんだもん。話すだけ時間の無駄』
『ヴィヴィ、そんなこと言うな。分かってもらうまで話せばいいだろ?』
エドガーは、ヴィヴィアンの『結婚してからも仕事を続けたい』という気持ちを尊重してくれて、家族への挨拶でバレンタイン家に赴いた際には、ヴィヴィアンの両親を説得してくれた。
暴走しがちな母に根気よく付き合っている姿は頼もしく、ヴィヴィアンの必殺技(嘘泣き)の出番はついぞなかった。
結果、六時間の長丁場の説得で母は分かってくれたのか、家庭教師を辞めさせたことを謝罪し、今のヴィヴィアンを認めてくれた。
おかげで、ヴィヴィアンは、結婚後も女官として働けることとなった。
「ねえ、エド?」
誕生日プレゼントは何がいい? と聞こうとしたところで、四つのアンバーの瞳がヴィヴィアンを振り返った。
「あ、えっと、その、人間のエドに話しかけました。紛らわしくてごめんなさい、エドめろ」
黒猫エドを抱き上げて謝罪すると、彼は「にゃ」と、心なしか不満気に鳴いた。
「なんで俺と同じ名前にしたんだ、紛らわしい」
「だって、そっくりなんだもん。ほら、エドみょんのお目々、見て? ね?」
「そっくりかあ?」
「エドガー・フリークの私が言うんだから間違いないもん。エドえもんも、そう思うよねー? ね〜っ? ……えーん、無視だあ……ひどい」
「生意気な、お猫様だな」
ぷんっとヴィヴィアンにそっぽを向く猫のエドに、「嫉妬か?」と聞く人間のエドガーを見て、くすりと口角が上がる。
昔から動物から好かれるエドガーは、黒猫エドにも当然好かれた。
初めて二人(正確には一人と一匹)が顔を合わせた時、ヴィヴィアンは、自分が二年近くも積み上げてきた絆はなんだったのだろう……と心に黒い靄がかかったが、その時を見計らったように可愛らしくぷりぷりささみちゃんを強請られ『エドちゃそ、可愛い!』となり、最終的には負けを受け入れたのである。
それに、何だかんだ、好きな二人が仲が良いのは純粋に嬉しい。
二人の半径一メートルの空気はとても澄んでいて、尊く、さぞや万病に効くことだろう(効かない)。
「で、『人間のエド』に話の続きは?」
猫エドと猫語で話していたエドガーが、思い出したように顔を上げる。
「あ、うん。た、誕生日プレゼント何がいい? って聞こうとしてた」
彼の顔が近かった為、ヴィヴィアンは吃った。
最近のエドガーは、距離が近いのでどきどきする。
でもきっと、こんな風にどぎまぎしているのは自分だけなのだろう。
──それがちょっぴりだけ悔しいヴィヴィアンなのであった。
◇◇◇
「あー誕生日かー……」
エドガーは、正直言って自分の誕生日に興味がない。
それよりもヴィヴィアンの誕生日とデビュタントの方が気になる。
そして、その後の結婚に興味がある。
というか結婚生活に興味が集中している。
「うん、二十歳でしょ? 大きくなったねえ、エド」と、言って頭を撫でてくるヴィヴィアンに「親戚か」とツッコミを入れると、「ね、何が欲しいの?」と先ほどよりも真剣に問われた。
「…………お……」
たっぷりの間は、明らかに不審だった。
しかし、『お前』なんて言えるわけがない──本当に欲しいものを口に出すわけにはいかない。
なんせ、もうヴィヴィアンのデビュタントは半年後だ。
そして、デビュタントが過ぎれば間を空けずに結婚式だ。
なのに、『お前が欲しい』なんてガッツいてみろ、エドガーはどんな目で見られることか……おそらく、それは軽蔑の色をたっぷり含んだものだろう。
「『お』? おー? あっ、分かった! お肉! お肉でしょ! エドはお肉が好きだもんね」
「……うん」
「じゃあ、高級お肉食べに行こっか。私、お店探しておく!」
どこにしよっかなー! と張り切るヴィヴィアンに、エドガーは「うん」と力なく頷いた。
◇◇◇
エドガーのお肉生誕祭(?)は城下にあるレストランで開催した。
「エド、お誕生日おめでとう!」
参加者は、主催者のヴィヴィアンと、招待客のエドガーの二名だ。
金に物を言わせたビップ席から見た夜景はとっても綺麗で、張り切ったヴィヴィアンは『エドの瞳に乾杯!』と言って、彼を笑わせた。
一口が大きなエドガーの食べっぷりは気持ちが良くって見ていて楽しかった。
プレゼントには剣帯を贈った。
完全オーダーメイドの品で、人気の工房に依頼したのだが、予約だけで半年もかかってしまった。
間に合ってよかった。
エドガーの好きなデザインが分からず、わざわざ彼の二番目の兄のいる北部に手紙を書いてまでリサーチをした──彼は家族の中で次男と一番仲が良い。だからといって家族との仲が悪いわけではないので、悪しからず。
「ありがとうな。店も、この剣帯も」
食い過ぎた、と言いながら、エドガーはレモンゼリーをスプーンですくって言った。
いっぱい食べても食後の甘いものは別腹だ。
ヴィヴィアンも、冷やした桃のコンポートをいただいている。
甘くて美味しい。
「うん、使ってね!」
「当然」
デザートが食べ終わればもう今日のデートは終わってしまう。
ヴィヴィアンは、それがとても名残惜しい──彼もそう思ってくれていたらいいのに。
「……来週から、エドはクスラド砦だね」
クスラド砦とは、アレクサンダー家の次兄が所属している、北部の国境にあるノルドマ騎士団の駐屯地だ。
二人で黒猫のエドを撫でながら誕生日のプレゼントの話をした翌日、エドガーは緊急の司令を受けた。
それは、援助要請。
内容はクスラド砦へ赴くことであった。
──つい先日、北部でイエローダイヤモンドが発掘されたことが始まりだ。
やったーと喜ぶのも束の間。隣国が『その鉱山は我が国のものだ』と唱えてきて、比較的友好だった関係に陰りが差した。
屑石しか取れないからと、今まで王都へ売る用の氷入れにしか使用していなかった時は何も言ってこなかったというのに……いやはや人間とは欲深い。
そんなこんなで今のクスラド砦は、一触即発の非常に緊迫した状態にある。
そこで要請を受けたのが、第三騎士団で、その半分が砦に向かうことなった。
「ん? 何、寂しい?」
エドガーはヴィヴィアンをからかうかのように笑っているが、こちらは笑えない。
寂しいのはもちろんだが、心配なのだ。
だって、彼は今この国で一番危険なところへ行く。
最初は小競り合い程度の諍いでも、もし、事が大きくなって戦争となれば……心は落ちつかない。
怪我をするかも知れないし、最悪命を落とすかも知れない。
「ヴィヴィの誕生日、間に合わないかも。ごめんな、今のうちに謝っておく」
「ううん、そんなのはいいの」
ヴィヴィアンは即答した。
本音だった。
この先、一生。もうプレゼントなんて貰わなくてもいいと思った。
目の前の人が、帰ってきてくれるなら。
「デビュタントには……って、ごめん。こっちも約束できなかったな……」
「うん、大丈夫。気にしないで」
「気にするって」
「エド、」
『行かないで』という言葉が喉まで出かかったが、何とか堪えることができた。
「どうした?」
「……ううん」
言っても無駄だ。
彼はヴィヴィアンが行かないでと言っても、きっと行ってしまうだろう。
それに、もしも彼が頷いたとしても、第三騎士団の皆には家族がいて、妻や恋人がいる。
彼一人だけを特別に……なんてことは許されない。許されるはずがない。
「でも、絶対帰ってくるから」
「分かってるよ、待ってるね」
泣かない、と決めていたのにヴィヴィアンの声は震えてしまった。
「ヴィヴィ」と、エドガーが席を立ち、ヴィヴィアンを抱き締める。
彼の声がとても切なくて、ヴィヴィアンの涙はなかなか止まらなかった。
嘘泣きではない涙を流したのは、とても久しぶりだった。
四日後、エドガーは仲間達と共にクスラド砦へ旅立った。
見送り時こそ、ヴィヴィアンはとびきりの笑顔で大好きな人を見送った。




