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……うん。あの……でも、ね?

 ウィスタリア・フェスティバル二日目。

 待ち合わせをした裏門にて。


「エド! ごめんね、待った?」

「待ってない。さっき来たばっか」

 ──まるでデートをする恋人同士のような会話である。


 だがしかし、今日は二人きりのデートではない。


 婚約者なんだけどな! と、いうエドガーのツッコミが聞こえてきそうだ。


 エドガーは、この一年、少し可哀想なくらい、婚約者と清く正しく、卑しさのかけらもない、女の子を持つ親御さんも超超超☆安心安全な関係を築いてきた。


 そんなエドガーはダン、ジョン、アンソニーの三人を連れてきた。

 ただしショーンには声をかけていない。奴はこの一年で女官やら女騎士やら手当たりしだいに手を出してきたクソ野郎なので、ヴィヴィアンの情操教育に大変良ろしくないのだ。ぶっちゃければ口も利いてほしくない。


 ヴィヴィアンは、いつもつるんでいるサンドラ、同僚のミーガンとキアラを連れてきた。


 大所帯である。




「大人数で遊びに来ると、二人組が出来上がっちゃうよね〜」

 

 ダンの言葉に、エドガーは楽しそうな二人組を見やる。


 ジョンは、ミーガンと。

 アンソニーは、キアラと。

 ヴィヴィアンはサンドラと。

 そしてエドガーは、ダンと。


「なんでだ」


 ジョンとアンソニーはとっても格好付けな顔をして「ははっ☆」と笑っている。いつもげらげら笑っているくせに。

 ……クソが、爆発しろ。という言葉を吐いてしまいそうだ、と思った瞬間には口から出ていた。


「お前、空気読んでタタショア嬢誘えよ」

「空気読んでるから、むさ苦しい野郎の隣にいるんだけど? ほら、見てみなよ、ヴィヴィちゃんとタタショア嬢。楽しそうじゃん? 邪魔するなんて無粋ってもんだよ」


 見てみなよ、と言われなくとも目に入る。というか、見てる。


 エドガーの視界には、女子二人がフルーツ飴串を食べている優しい世界が映し出されている。


 しかし、「あーあ」という言葉も漏れてしまう。


「お気の毒に……」

「同情すんな」

「大丈夫、花火の時間には空気読むし!」

 

 頑張れよ! と親指を立てるダンは、やっぱりムカついた。




 ◇◇◇




「ヴィヴィ、花火見に行かないか?」


 空が藍色と赤色のグラデーションを作ると、待ち合わせメンバーは解散となり、エドガーに花火が見られるという穴場スポットに連れて行ってもらうことになった。


 ……ヴィヴィアンは、この時、ほんの少し落ち込んでいた。

 というのも、お祭り中に打ち明けられたことなのだが、サンドラは男性に苦手意識があるそうだ。

 どおりで、皆でお祭りに行こうとヴィヴィアンが誘った時、顔が引き攣っていたわけである。

 そうとは知らずに、サンドラに泣き落としの手をしてしまったことに罪悪感が込み上がってきたのだ。


 理由は聞ける雰囲気ではなかったので、その理由こそがサンドラの秘密なのだとヴィヴィアンは思っている。

 そして、聞きたい気持ちはあるが、ヴィヴィアンに的確なアドバイスや、もしくは慰めの言葉が言えるとは思えない。

 ヴィヴィアンはまだまだだ。『一人前』には程遠い。


「暗いから気を付けて」


 少し迷ってから、エドガーに差し出された手を握れば、彼は「疲れた?」とヴィヴィアンに心配の言葉をかけてきた。


「ううんっ! 全然っ! 元気!」と、ヴィヴィアンは、強めに否定する。

 

 ヴィヴィアンが落ち込んでいることは、エドガーに関係のないことだ。


「本当に?」

「ほんと! 花火楽しみ!」

「……うん」


 心配させまいと元気をアピールしたのに、今度はエドガーの声が元気がない。


「どうしたの?」


 ヴィヴィアンの言葉が、「どーん!」という空からの大きな音によって遮られ、エドガーの顔に光の色が落ちる──花火だ。


「……綺麗」


「何?」と、ヴィヴィアンの感想が聞こえなかったエドガーが、顔を近付けて問う。


「き、綺麗、って言った」

「ああ、そうだな。でも、花火の音で話しにくいな」


 ヴィヴィアンが言った言葉は、エドガーへ対してのものだった。


「そうだね」


 男の人を綺麗って思ったの、初めて。


 そう小声で呟いた言葉は、花火の音でかき消された。

 でも、聞かれなくてよかった。だって、きっとエドガーは否定するから。


 心臓がびりびりするのは、花火の振動のせいだけではない。

 やっぱりヴィヴィアンは、エドガーが大好きだ。この気持ちが揺らいだことは一度もないし、これからも絶対に変わらないという自信がある。


 エドガーとずっと一緒にいたい。


 早く一人前になれるように頑張ろう。


 ヴィヴィアンは夜空に咲く花火を見上げ、決意した。




 ◇◇◇




 悲報。丘の上でのプロポーズは失敗した。


 というか、できなかった。 

 だって花火の音がうるさかったし、花火が終わればそこはもうただの丘の上だし、ヴィヴィアンの門限も近いし……ビビってしまったからである(小声)。


「ヴィヴィは、来年デビュタントだな」

「うん。ママが今から張り切ってて、毎週カタログ送ってくるよ」

「気に入ったドレスあった?」

「型はもう決まってるの。でも、色がまだで……エドは、レモンイエローと、カドミイムイエローと、カナリーイエローと、サフランイエローのうちどの色がいいと思う?」

「なんで全部……」


 黄色なんだよ、と言う前に理由に気が付いた。


「──ヴィヴィ、デビュタントが終わったら、俺と結婚しないか?」

 

 そして気が付いた時には、言っていた。


 すれ違った酔っぱらいの口笛が聞こえてきて、やっちまった! と思うが、言葉はヴィヴィアンの耳に届いた後である。


「……うん。あの……でも、ね? 私、もう少し女官のお仕事したいの」


 あ、これ、振られる流れだ。


 エドガーはそう思った。


「今、王女殿下の衣装係の他にも小物のデザインにも携わってて、それに最近ようやく勉強が楽しいなって、思ってきたところで……だから……」


 ()()()


 この言葉の後に続くのは、『ごめんなさい』だろう。


 婚約は実のところ、親同士の口約束だ。

 つまり、白紙にすることが簡単な仲ということであるわけで……。

 ヴィヴィアンが望めば、二人の関係は『ただの幼馴染』になる。


「──だから、ビイシ地区に住まない?」


 え。


「え」


 エドガーは、心の中の声がそのまま口から出た。


「夫婦で王宮務めする人達は皆、城下のビイシ地区の住民街でアパートかお家を借りて暮らしているんだって。エドはそれでもいい? パパがくれるっていうハツハ地区のお屋敷だと私は通勤しにくくて。馬があるエドには悪いと思うんだけど……私、乗れないし……わざわざ馬車通勤して目立ちたくないの」

「……それは、俺と結婚してくれるってことか?」

「? さっき『うん』って言ったよ」


 ──『……うん。あの……でも、ね?』


「言っ……てたけどさあ……あーーー、よかった……断られたかと思った……」


 感極まったエドガーはその場でしゃがみこんだ──場所は、いつの間にかもう少しで王宮の両区域に入るところに来ていた。


「私がエドのこと振るわけないじゃない。……エドこそ、いいの?」

「振るわけないのか……」


 はあ、と安堵の息を吐き終わり顔を上げたエドガーの前に、彼と同じくしゃがみこんだヴィヴィアンの顔があった。


「当たり前じゃん。ヴィヴィがいいからプロポーズしたのに」

「……私、料理作れないよ? それに一人前じゃないし、他人(ひと)の気持ちにも疎いし……」


 ささみをぷりぷりに茹でることしかできない、と言うヴィヴィアンになんでささみ? と思ったが、幸いなことにエドガーはぷりぷりのささみが好きだ。

 なんなら今日から好物をささみにしてもいい。


「いいよ、王宮には食堂があるし、城下には飯処も多い。簡単なのもんなら俺も作れる」


 ヴィヴィアンの両手を握って、エドガーは続ける。


「それに……俺も一人前じゃない。一緒に目指そう。当面は二人で一人前でもいいだろう?」


 こくこくとヴィヴィアンが頷く。


「ヴィヴィは自分を変えようと頑張ってると思う。人の気持ちに疎いって言ってるけどそうは見えない」

「……エド」


 嬉しい、と言うヴィヴィアンの目が潤む。



 ──あれ? なんだか、とっても雰囲気が良いのでは……?



「ヴィヴィ、俺、」

「あーー! 大変! 今何時?」


 すっくと立ち上がったヴィヴィアンが、ひどく焦った様子でエドガーに訊ねる。


「あ? 二十時四十八分だけど、」

「わあっ、門限ぎりぎり! じゃあ、私もう行くねっ!」


 おやすみなさい! 大好きだよー! と言う声がどんどん遠くなっていくのを聞きながら、エドガーは「完全敗北だ」と呟いた。

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