【番外編】ハロウィンデート② あなたと私の衝動的行動
デート編二話目。
前回に引き続きカレン視点の3人称です
「ちょっと、ダイスケ!」
広場から少し離れた細道は人通りが少なく、遠くからパレードの賑やかな音が響く。まるでその場から逃げるように足早に歩くダイスケの背中に抗議の声をかけるが、彼は無言で歩き続けた。
心なしか、カレンの手を引く手が力がこもっている気がする。
――何か、苛立つようなことでもあったのかしら?
振りほどこうとすれば簡単にできたはずだが、何故か彼を一人にしてはいけないような気がした。
その時、慣れないヒールがレンガ造りの小道に引っかかりカレンの体がぐらりと傾いた。それに気づいたダイスケが振り返り、すかさず彼女を支えた。
「悪い」
「いいのよ。でも……2人とはぐれてよかったのかしら? あなた」
カレンはすぐに気づいた。食事中のダイスケのアヤカを見る目、リュウとアヤカの2人を見る時の少し寂しそうな視線。
――彼女自身の「想い人」を想う気持ちに重なるような気がしたからだ。
「あいつら、あれくらいしねぇと進展しないからな」
いつもの笑顔を浮かべるダイスケ。カレンは支えられていた体を離すとふう、とため息をつくと「想い人」を思い出すかのように、髪を結い上げている金色のバレッタに触れた。
「それは衝動的であり一瞬の感情的な揺らぎでしかない……本当に大切なものは自ら突き放すべきではないわ」
当時の「彼」と同じように問いかけると、ダイスケは少しだけ頭を掻き、空を見上げた。
「本当に大切なもの、かぁ。もしあるとしたら……リュウが幸せになる事だろうな」
「リュウ? アヤカじゃなくて?」
「アヤカの今日の格好見た時のリュウの顔、見たか?」
アヤカが今日着ていたのは、この日の為にナオキが用意してくれた可愛らしいワンピース。花があしらわれたスカートは彼女が動くたびにふわりと揺れ、愛らしい笑顔を浮かべる彼女にぴったりのデザインだった。それを見た時のリュウの顔は――
「鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてたわね。その後は、まるで――」
戦いに身を投じるリュウの、年相応の男の子の顔。まるで大切な宝物をそっと包み込むような優しさが滲み出ていた表情を思い返した。
「「夫婦みたいだった」」
自分の声にぴったり重なったダイスケの声。彼の笑顔と目が合い一瞬沈黙が流れた。
「馬鹿にしてるのかしら?」
「してねぇって。お前、俺を励まそうとしてくれてんだろ?」
励ます。そんな感情が自分にあるのだろうか? 違和感はあったが、目の前のダイスケが笑顔を浮かべているのを見ると、不思議と言い返そうという気が消えていく。
「あいつがあんな顔したの、初めて見たからさ」
心の底からリュウとアヤカの幸せを願う彼が、カレンの目には金色のバレッタを見つめるイサムの姿に少しだけ重なって見えた気がした。
「励ましている事を認めるわ。その上で言わせてもらうけど、それは過剰な親切――お人好しって言うんじゃないかしら?」
「お前が言うなよ。それに心配すんなって、俺は結構モテるんだからな」
「私が、お人好し?」
「何だかんだで、今日のデートだって、今の俺にだって付き合ってくれてるだろ」
確かに、気が付いたら彼のペースに巻き込まれている。それはダイスケの言う通りだ。
「せっかくだから、ちょっと歩こうぜ。今日はデート、なんだからさ」
差し出された手をしばらく見つめていたカレンは、少しだけ昔の事を思い返した。
*
――それは10歳の頃、後にカレンの「主」となる天才科学者イサム博士に初めて会った日の事。
研究に没頭していた博士のテーブルの上には乱雑に散らばった資料や、殴り書きのようなメモ。その中に埋もれるように置かれた、ひときわ目立つ写真と金色のバレッタ。イサムは時折それが目につく度にため息を漏らしていた。
思い入れのある品なのだろうか? 子供心にそう感じたのを覚えている。
そして、ある日。「彼」が突然いらだったように金色のバレッタをゴミ箱に放り投げようとし、カレンは思わずそれを制した。
「何故止める?」
ボソボソと呟く声は微かに震えていた。苦悩が刻まれたその表情は、どこか止めてくれた事にほっとしているかのようにも映り、カレンは自らが咄嗟に取った行動が間違ってはないなかったと、少しだけ安堵した。
「このバレッタを捨てるのは得策ではありません」
「何故だ」
「それは……その」
「論理立てて説明しろ」
論理。
”影縫い”で戦闘訓練を叩き込まれた彼女は必要であれば勉学も身に付けていたが、それはあくまで戦いの知識がメインであり、科学は彼女にとって専門外だった。
「この形状は女性の長い髪を結い上げるのに非常に合理的な形をしており……つ、つまり」
だからイサムが普段口にしている科学用語を使い、精一杯の説得をした。
「髪を伸ばそうと思っているのです! 伸びたら纏めるものが必要です」
それはカレンにとっての初めての「衝動的な行動」――彼女の一生懸命の「論理的な説得」をイサムは無言のまま聞き、あたりにはしばらく沈黙が流れた。
――いけなかっただろうか?
”影縫い”で反抗は、厳しい罰を受ける事を意味する。しかしその時のカレンが感じたのは恐怖ではなく罪悪感。
「出過ぎたことを、申し訳ありません。罰は受けます」
しばらくして小さなため息が聞こえ、感情を隠すようにイサムは手のひらで顔を少し覆った。それと同時にイサムの骨ばった手がぽんとカレンの頭を叩き、彼女の手に金色のバレッタが手渡された。
「勝手にしろ」
感情的な行動は、負の遺産しかもたらさない。そう教えられてきたカレンが初めて取った感情的な行動――当時のイサムが捨てようとしたバレッタを捨てさせてはいけないという気持ち。
アヤカが好きなのにわざとリュウのおぜん立てをするダイスケの行動は、当時の自分に極めて近く感じた。
*
「衝動的に動いてみるのも、悪くないのかもしれないわ」
差し出された手をとり、カレンはその手を引きながら近付いた。
背の高いダイスケの頬に自身の唇が振れるように、かかとを少し浮かせる。そのまま顔を覗き込むと、呆然としたダイスケの顔が徐々に赤く染まって行った。
「おまっ……!?」
パッと顔を覆うダイスケ。初めて美術室で会話した時の飄々とした彼からかけ離れた反応に、思わず小さく笑いが零れた。
「かわいい」
後方には賑やかなパレードの音が響き、その反対側には夜空が広がる高台が見える。
「今日のデート、私にも報酬をもらう権利はあるはずだもの……せっかくだからエスコートして頂戴。アヤカみたいなかわいい手じゃないけど」
少しだけ冷たい夜の風がハロウィンの甘いスイーツの香りを漂わせながら、カレンのふわふわのワンピースを揺らした。ダイスケに差し出した手は戦いを重ねてきた彼女の生きざまを映し出すかのように、骨ばり、小さな傷が刻まれている。
感情を隠すように、少し長めのダークブラウンの髪をわしわしと掻いたダイスケは、あの日のイサムのように小さくため息をついた。
「無理はするなよ」
「お互い様よ」
少しだけ心地よさを感じながら2人が同時に足を踏み出したのは、賑やかな広場ではなく静かな高台の方。カレンの手を取り高台へと歩き出すダイスケの表情は、いつもより少しだけ穏やかに感じられた。
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デート番外編は次回のリュウ&アヤカ編でラストです
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