【番外編】知恵比べ続編ハロウィンデート① カレンの金色のバレッタ
カレン視点の3人称です
イルミネーションが輝きはじめた秋の終わりの空の下。秋にぴったりの可愛らしいワンピースを着た2人の少女が走っていた。
「カレンちゃん、急ごう!」
金髪の少女は友人の手を引き走り、フリルと花のモチーフがあしらわれたデザインのスカートが動きに合わせてふわりと揺れる。もう一人の少女・カレンは慣れないヒールに戸惑いながらも、手を引かれるまま彼女の後を追った。
「セ―フッ!!」
バスに飛び乗りほっと一息。空席を見つけ2人は席に着いた。
「アヤカ、やっぱりこの格好は私に似合ってないんじゃないかしら?」
「ええっ!! すっごく可愛いよ、カレンちゃん」
「そう……かしら?」
真っ白のふわふわなワンピースに身を包んだカレンは、いつも自身の黒髪を結い上げているバレッタに触れて少しだけため息をついた。
「このバレッタに合ってないわ」
それは彼女がいつもつけている金色のバレッタ。しかし、それは所々色褪せて大分老朽化しているようにも見える。
「カレンちゃん、いつもそれつけてるね」
興味深げにバレッタを見つめるアヤカ。彼女は直接質問してくることはないが、そのお人形のようなライトブルーの瞳はキラキラと輝き、無言の「興味」を訴えていた。しばらくその視線に耐えていたカレンだが、やがて降参と言わんばかりに小さくため息をつく。
「そうね、これは私の大切な人からいただいたものなの」
ちらりと視線を向けると、アヤカは無言でカレンの話に聞き入っている。
「奥さんの形見なんですって。捨てるって言うから……髪を結うものがないから私にくださいって……それだけよ」
「カレンちゃんの大切な人は、大人の人なんだね。どうして奥さんの形見を捨てようとしたんだろ?」
「さあ……私も子供だからわからないわ。でも、なんとなく捨てさせちゃいけない気がしたの」
「そっか! だからカレンちゃんは髪が長いんだね。リュウが言ってたんだ。カレンがあんなに髪長くしてるとは思わなかったって。思ってた以上に女の子っぽくて一瞬誰かわからなかったって」
ぱん! と手を合わせて笑顔を浮かべるアヤカにカレンは眉を顰めた。
「女の子……」
自分は闇組織・影縫いで訓練された戦闘員――殺す為の技術を叩き込まれた存在だ。血の匂いが充満する無機質な世界が少し前まで日常的だった。そんな自分が今こんなふわふわのワンピースを着て、テレビや雑誌でよく目にする「夢の国」と称されたテーマパークに向かうのだ。
――違和感しかない。それでも、アヤカのキラキラとした瞳を見ると、不思議と突き放そうと気持ちが薄れていくような気がした。
「失礼な人ね」
カレンからすれば気遣いの一言だったが、彼女の事を知らない人間がその言葉を聞けば「冷たい女」という印象を受けるだろう。
――少し、言い方が冷たかったかしら?
そう思ってアヤカの方を見ると、相変わらず満面の笑顔を浮かべている。それを見て少し体の力が抜けるのを感じた。
「あなたはどうして、私を怖がらないの?」
「怖がる……? カレンちゃん凄く可愛いのに」
「かわ……??」
ずり落ちかけた眼鏡を慌ててかけ直し、咳ばらいをする。
「不合理ね。戦闘員の私に言う言葉とは思えないわ」
「うーんとね、とっても綺麗でかわいい色をしてるなって」
「色……??」
再びアヤカの方をカレンが見ると、彼女の澄んだライトブルーの瞳と目が合った。
「桜の花びらみたいな、とっても綺麗でかわいい色!」
アヤカは妖精。この世でただ一人、人として生きることを選んだ特異な存在。
彼女には人間の瞳の奥にその人の心の色が見えるらしい。友人付き合いというものに縁遠かったカレンは、時折彼女に冷たい言葉を言い放つ事があったが、アヤカが気分を害することは一度もなかった。
妖精は人間の行動よりも、心の色で感情を判断する。それはカレンがつい最近まで従っていたイサム博士から教えてもらった事だ。
「本当にそうなら、確かにかわいい色だわ」
アヤカの語る自身の心の色に激しい違和感を感じながら窓の向こうへ目を向けると、空は暗くなり、星がぽつぽつと輝き始めていた。
「あのね、カレンちゃん」
「何かしら?」
アヤカは自身の左腕を伸ばし、カレンの前に差し出した。
「これ、私の大切な人からのプレゼント。宝物なんだ、一緒だね!」
彼女の左手には色のくすんだ淡い色とりどりのビーズがあしらわれたブレスレット。
「カレンちゃんのバレッタと同じだよ」
バス停に到着した2人が降りると、目の前には「ナイトメア・ホラーワールド」と書かれた大型テーマパーク。カボチャのアーチやランタンで飾りつけされた園内はオレンジと紫のイルミネーションが輝き、仮装した人々が笑顔で写真を撮り合っている
「わあ、見て! カレンちゃん。あの飾りかわいいね!」
コウモリ型のイルミネーションが空を飛ぶように照らされる大きな木。それに瞳を輝かせたアヤカがぴょんぴょんと飛び上がり木の方へ走っていく。
「良く動く子ね。リュウの気苦労が目に浮かぶわ」
「気苦労がなんだって?」
カレンが振り向くと、そこには2人の少年の姿があった。
普段着飾らない自身の幼馴染に一瞬視線を向けたカレンは、イルミネーションに瞳を輝かせるアヤカを見ながらいつものようなそっけない言葉をかける。
「リュウ、あなたの警護対象が見えなくなっちゃうわよ」
リュウは小さく「ありがとう」と言うと、アヤカの後を追いかけて行く。しばらく見守っていると、はしゃぐあまりに足を滑らせたアヤカを慌てて支えるリュウの姿が映った。その姿を見守るダイスケの瞳は2人を優しく見守るようで、どこか寂しげにも見えた。
「あなたは行かないの?」
「お前、あれ見て割って入れると思うか?」
「……」
リュウとアヤカはボディガードと警護対象という関係だ。しかし、カレンの瞳に映る同い年の2人は、どこからどう見ても……
「まるで夫婦みたいだわ」
「おまっ……恋人すっとばしていきなり夫婦かよ」
軽く笑い飛ばすダイスケを見てカレンは少しため息をついた。
「私が誘われたのは、これが理由かしら?」
このデートはリュウとダイスケがアヤカとのデートを賭けた知恵比べの報酬だ。勝敗は引き分けで終わり、アヤカは2人とデートをするという形で勝負は幕を閉じる事となったのだ。
カレンはたまたまその場に居合わせ、ダイスケの口車に気が付いたら丸め込まれ、同じようにデートの同行の話を持ち掛けられ、気が付いたらアヤカといかにも彼女が好きそうなショップに連れて行かれ、あれよこれよという間に着替えさせられ今に至る。
「あなたもアヤカも、強引ね」
「ん? 嫌だったらしねぇけど……お前、優しいじゃん」
「やさ……??」
思わずダイスケの方を見ると、いつもの彼の笑顔が飛び込んできて口をつぐんだ。
ダイスケに理屈は通用しない。どんな皮肉の言葉をかけても、嫌な顔一つ浮かべずさらりとかわされてしまう。それは少し前、彼と初めて会った時――美術室の一件で嫌と言うほど思い知らされたばかりだ。
――リュウもこんな感覚だったのかしら?
まるで戦闘員であった過去が嘘のように。
自身の身を包むふわふわのワンピースを見ながらカレンは眼鏡を掛け直した。
「そうね、悪くないわ」
そう語る彼女の口元は少しだけ緩んでいた。
4人が食事の為足を運んだレストランでは、ナオキがサプライズで用意したコースが振舞われた。
お腹が満たされ、散策しながら辿り着いた広場では「トリックオアトリート!」と叫ぶ子供たちの声が響き、キャンディの入ったバケツを抱えた小さなお化けたちが楽しそうに駆け回っていた。
「すごい! カレンちゃん見て!! おいしそう~~!!」
「アヤカ、さっきデザートのプリンを食べたばかりじゃない」
「でもでも!! かわいいよ?」
そこにはきらびやかな噴水が中心に配置され、ライトアップされた水しぶきがキラキラと輝く。出店のカラフルな綿菓子や焼きたてのポップコーンの甘い香りに瞳を輝かせるアヤカ。
――なぜかしら。違和感しかないはずなのに……。
カレンの返事を待たずにアヤカは屋台へと足を運んだ。後方に視線を向けると……
「おいリュウ、あれ食わねぇか?」
「ダイスケ、さっきコース料理の肉おかわりしてなかったっけ?」
少し後ろを歩くリュウとダイスケも屋台を楽しんでいるようだった。やがて屋台から戻ってきたアヤカに手渡されたのは、猫型のマカロン。
「おいしい~~!! あま~~い!!」
美味しそうにマカロンを頬張るアヤカを見てカレンも一口かじると、口いっぱいにカボチャ味のクリームの甘みが広がる。
ホーンテッドハウスで驚かされたり、仮装したキャラクターたちと記念撮影したり。笑顔を浮かべるアヤカとダイスケに、いつもより穏やかに微笑むリュウ。そんな彼らを見ているうち、カレンも自身の顔の筋肉が微かに緩むのを感じた。
「楽しい、って言うのかしら? こんな経験は初めてよ」
小さく呟いたその言葉は周囲に響く賑やかな音楽にかき消された。
イサムの元にいた頃の彼女は、彼の護衛と実験への協力、そして時折与えられる任務に明け暮れ、年相応の人間らしい遊びなど縁遠かった。だから、今目の前に広がる全ての事が、カレンにとっては夢の中の出来事のようだったのだ。
――その時。
テーマパーク内の噴水を照らすイルミネーションが一層輝きを増した。それと共にあたりは一瞬静寂に包まれ、ざわざわとあたりが騒ぎ出す。
「まもなく、ハロウィンパレードがスタートします!」
従業員の明るいアナウンスが響き、人々の視線は一斉に広場の中央へと注がれる。同時にカレン達の前に侵入防止のロープが張られ、4人はパレードの写真を撮る為に集まる人々に一斉に囲まれた。
――何が始まるのかしら?
人ごみではぐれないように、アヤカの体を支えるリュウの姿が映る。同時に、カレンの手を誰かが掴んだ。
「はぐれるなよ」
すぐ横に立つダイスケの手だとすぐにわかった。
「ようこそ、夢と恐怖のハロウィンパレードへ!これから始まる不思議な夜を、どうぞお楽しみください!」
太鼓の低音が、まるで空気を震わせるように響き渡る。続いて仮装した魔女たちがフロートの上から楽しげに手を振り、観客から歓声が上げ、周囲は一瞬で熱気に包まれた。
カボチャのランタンにまたがった魔女や、大きな黒猫のフロート。それを囲うようにピエロやゴシック衣装に身を包んだキャラクターたちが踊りながら観客に向かってお菓子を投げている。その一つがカレンの元へと飛んできた。
「これは、何かしら?」
「トリックオアトリート!」と書かれたカラフルなキャンディを不思議そうに見つめるカレン。そこには「このキャンディを手にした人は幸せになれるかも?」の文字。
「お菓子をもらうと幸せになれる……子供だましだわ」
「いいんじゃねぇの? 願掛けみたいなもんだろ」
同じくキャンディを手にしたダイスケは、意地悪そうな笑顔を浮かべ、アヤカにそれを手渡した。
「ダイスケ、いらないの?」
「甘いもんは食えねぇしな。それよりさ、今日はごほうびのデートなんだよな?」
「? う、うん」
それは一瞬の出来事だった。
ダイスケの顔がアヤカに近付き、離れた直後に自身の頬を抑えたアヤカの顔が真っ赤に染まっていく。
「リュウには別のところにしてもらえよ」
笑顔を浮かべたダイスケは、そのままカレンの手を引きパレードを後にした。




