save⑥ チェックメイト確定――プロセス終了。 ― 澤谷アヤカ ―
「この地下研究所が、最も欲しいエサを与える――侵入者の排除よりも、重要な、エサを。そうすれば、マザーシステムは”最優先事項”を優先せざるをえない――って事だ」
「最優先……事項……?」
ダイスケが口にした、デスゲームを止める唯一の方法――最優先事項。
それは一体どういう意味だろうか? 問いかけに返答しないダイスケの拳が震えている。……いつもの、彼らしく、なかった。
――この施設は何のために作られた……?
リュウは冷静に、考えた。
この施設は、イサムのプロジェクト”a kid use Project”の為に作られた。プロジェクト内容はクローンの子供と妖精姫を使用した、未来のエネルギーを作る計画。
マザーシステムは、ここの管理者であるイサム博士の偽物を判別する為のデスゲームをしている。
それよりも優先するべき事……
――まさか……キッド?
行方不明だったキッドの発見……マザーシステムが反応しないはずは、ない。ダイスケはキッドとなり、自分たちに敵対するつもりだろうか? キッドが見つかれば、マザーシステムはデスゲームを、止めるのか……?
……
……本当に、止めるのか? この施設の最重要人物である、イサム博士の偽物の判別を、投げ出して……?
「リュウ、今から俺が言う事をよく聞けよ。信じられねぇかもしれねぇが、全部事実だ」
「どうした? 急に」
「時間がねぇんだ」
軽く深呼吸をしたダイスケが声を震わせながら言葉を続け――その言葉はリュウ達を驚愕させた。
「カレンが、死んだ。殺したのは……ナオキだ」
あまりにも唐突過ぎる言葉に一瞬理解が出来なかった。
時が止まったかのように場の空気が凍り付く。リュウも、アヤカも、ダイスケの言葉に表情を凍り付かせ、シオンだけがそれを楽しむかのように小さく笑った。
「は?」
「わけわかんねぇだろ? 俺もわけわかんねぇよ。でも、目の前で見たんだ。あいつがカレンを撃つところを」
ナオキがカレンを殺した。その言葉をそのまま理解する事はとてもできなくて、何か思い当たることはないかと先程ナオキと通信機で話したの事を思い返す。……彼の口調はいつも通りだった。
――あれ、でも……
それは、小さな違和感だった。
ナオキの口から告げられた「緊急事態」——その後、ノイズが入り聞き逃した言葉があった。問いかけたが、整合性のつかない返答が還ってきた事。
正直、リュウもナオキらしくないと、思った。
「俺は厳重セキュリティエリアでお前らを助ける為に戻ろうとした。でも、俺よりカレンが一瞬早く走ったんだ。俺があそこに残ったら、生き残れないって思ったんだろうな」
リュウは厳重セキュリティエリアで実験体148と対峙していた時、カレンが間に割って入った時の事を思い返した。
「ダイスケ、あれは不測の事態だった。それを言ったら俺だって」
「それなのに、俺はナオキを憎めねぇんだよ!! 俺の代わりに残ったカレンを殺されたってのに!! わけわかんねぇだろ!?」
——カレンが死んだ。そして、殺したのはナオキ。本当なのか?それが事実だとしたら……
”なあ、リュウ。お前にとって、自分の人生を賭ける、唯一のものって、何だ?”
ついさっきダイスケに言われた言葉を思い返した。ダイスケにとって、自分の人生を賭ける唯一のもの……それは……
「ダイスケ……」
「俺にとって、ナオキはガキの頃から育ててくれた、兄貴で、師匠で……いつも口うるさくて、心配性で、馬鹿みてぇに優しくて……頭ではわかってても、ナオキを信じたいって思っちまう」
ダイスケは自身の左腕を見つめた。
「キッドには、赤ん坊の頃から既に黒い石が体内に埋め込まれてるらしい。父さんは言ってた、俺がプログラム起動の命令をすれば、黒い石が稼働して、キッドが完成するってな」
リュウの心臓が激しく鼓動を慣らす。いやな予感が的中した。ダイスケはキッドとなって、マザーシステムの侵入者の排除を止めるつもりだ。
——でも。
何かひっかかる。それはさっきのダイスケとシオンの会話。
『キッド……”賭け”の結末が楽しみですね』
何を考えている? あの言葉の意味は何だ?
「我々の計画通りと言う事です――そうですね? キッド」
「まだ、賭けは終わってねぇぞ」
「そうですね、彼の動向を見守りましょうか?」
会話中、ダイスケはずっと様子がおかしかった。シオンとの賭けと、今ダイスケがキッドになる決断をすることが、何か関係しているのだろうか?
——芹沢ユウジの「プラン」と関係があるのだろうか……?
……一瞬、リュウの額に冷汗が滲んだ。
――もし、そうだったら。一体どこからが芹沢さんの「プラン」は始まっていたんだ? あの人は恐ろしく計算高い。この地下研究所に潜入した時から、それが始まっていたとしても、おかしくはない——!!
「待て、ダイスケ!!」
リュウは咄嗟に叫んだ。思い返すのは過去に自分自身が受けた戦闘訓練に仕事の日々。芹沢ユウジにの「プラン」に嵌められ地位や尊厳を奪われた、数々の大人達。
「あの人の言いなりにだけは、なっちゃだめだ!!!!」
「俺は……あいつに、生きててほしいんだよ!!!!」
【 判定は、下されました。セキュリティは、イサムβを侵入者と判断し―― 】
静かに告げられる、審判の言葉。それと共に、ダイスケが、叫んだ――!!
「プログラム 210560 キッド・イニシエーション」
一瞬――あたりに黒い閃光が走った。
ダイスケの腕から小さな稲妻のように発せられたそれは、徐々に彼の左手の甲に集まり――そして、そこから、何かが――浮き上がって、来る。
非適合者達の体に埋め込まれていたものとは違う、一際怪しい輝きを放つ黒い石。まるで生き物のように光を放ち、左腕だけ何か別の生き物になったかのように、大きく脈打つ様な痙攣を繰り返し……
「ぐっ……あああああああああ!!!!」
「ダイスケ!?」
――様子が、おかしい。リュウが違和感を感じた直後。
「……え?」
めきめきと音を立て、ダイスケの体が膨れ上がっていく。大きく膨張した腕は次第に所々裂け、そこから噴き出す血が床を黒く染めて行った。
――これが、キッド?
驚異的な集中力と無尽蔵の意志、そして強靭な肉体を持つクローン。……黒い石を持っていても、人の形を維持する事が出来る、特別な、子供。
その姿は確かに”特別”だった。しかし――黒い閃光に包まれ、人とは違う異形の姿に変貌していくダイスケがリュウの方へ視線を向け、目が合った瞬間。
「リュウ……」
弱弱しく、つぶやいたダイスケの虚ろな表情――しかし、彼は一瞬だけ、微かに笑った気がした。
「アヤカを、守れよ」
「ダイスケ――!?」
――その瞬間、ダイスケの黒い瞳から、”光”が消えた。
膨張した指先は細く長く変貌し、波打つような動きはまるで生き物のようだ。顔や首に亀裂が入るように、無数の線が刻まれ、いつも子供のような笑顔を浮かべていたその黒い瞳は無機質に変貌していく。
腕が膨張し、服が裂け、露わになった彼の左腕――そこには、一際強い輝きを放つ、黒い石があった。
「……アアア……ガ……」
乾いた声のうめき声が、ダイスケの口から洩れる。いつもの明るい声とは違う、喉の奥底から苦痛を訴えるかのような、かすれた声。
「どういう事だ……?」
その場の全員が息を呑み、シオンだけが微かな笑みを浮かべる。そこへマザーの音声が再び流れた。
【緊急事態……施設内にキッドを確認。暴走を確認しました。これより、強制制御の作業に入ります】
「――!? 緊急事態? 制御……?」
【”強制アクセス”起動。これより”キッドプロジェクト 予備モード”を実行します】
――バチバチと室内に大きなスパーク音が響いた。
「きゃああッ」
「ユメ!!」
火花から守るようにユメを背に隠し、アヤカの方を見ると同じように影山タケシが彼女を庇っている。彼女の無事を確認し、ダイスケの方へ視線を戻すと彼の体は、今の電流に弾かれたようにびくりと躍動し――項垂れて、静止した。
……やがてのそりと顔を上げ、機械のような表情をリュウ達の方に向け、口を開いた。
「同期プロセス――完了」
顔の筋肉を一切動かさず、口元だけで発せられる言葉は、普段の彼からは想像できない程冷たい。
――ダイスケじゃ、ない……!!
一瞬でそう、察したリュウの額に冷汗が滲んだ。
「お前……誰だ?」
「私に指示権限を持つのは、この施設の管理者である、イサム博士だけ」
――私。……女?
違和感のある口調に、困惑するリュウ。今度はアヤカがダイスケに向かって叫んだ。
「ダイスケは、どうなったの!?」
声に反応するように、今度はダイスケの視線が、今度はアヤカに向けられる。
「あなたは――澤谷アヤカ……妖精姫」
そう、呟いた直後、ダイスケの表情が一変し憎しみの感情が込められた鋭い視線に変貌していく。そして、突然英語で奇妙な数字を語り始めた。
「67-19-23-43-11 !! 67-19-23-43-11……67-19-23-43-11」
突然投げかけられた暗号のような言葉にアヤカは困惑の表情を浮かべた。
「あなたは不要な変数……キッドには……83-2-71-2-67-19-23-7-2-31-11-23-61-11-3-2-23-23……ああああぁぁぁぁああああああああああ!!!!」
「アヤカ!!」
ダイスケの奇妙な動きを繰り返す指先が、まるで鞭のようにしなりを返し、アヤカに振り下ろされた。咄嗟に走ったリュウがアヤカを抱え横に飛ぶ。床に体を打ち付けられ見上げると、ダイスケはまるで憎悪に近い感情をむき出しにしたような、醜い表情をしていた。その瞳を直視したアヤカが、リュウに訴えた
「ダイスケの心の色が、別の誰かに変わってる……この、心の色は……」
はっとしたように、アヤカは言葉を止めた。
「リュウ……ユメちゃんは、やっぱり」
「ユメ?」
「リュウ、よく聞いて。あの子は」
「――!! 危ない!!」
アヤカが言いかけたところで、再びダイスケの腕が振り下ろされた。彼女の体を抱えて回避し、距離を取ると、微かに震える彼女を背に隠し、ダイスケをけん制した。
――ダイスケに一体何が?
あのデスゲームが何か関係しているのだろうか? そう考えて、デスゲーム中のイサムとマザーの会話を思い返した。
【 USE-01、貴様、何が目的だ? 】
【 現在私はマザーと識別されています、イサムα 】
デスゲーム中の発言でひっかかっていた「マザーがUSE-01」という不可解な言葉。
女のような口調に、アヤカに向けた、ダイスケが絶対に見せる事のない、鋭い視線。何者がダイスケの意識を乗っ取った……? 正直信じがたい事だった。でも――
「……お前は、この施設のマザーシステムか? 妖精姫であるアヤカに、どうして攻撃したんだ?」
厳重セキュリティエリアでナオキとイサム博士のデスゲームを審判していたマザーと全く違った。まるで、人間のような「嫉妬」の感情を、ダイスケから感じられたと、リュウは思った。
――ダイスケ……。
いつも自分とは正反対で、思った事はすぐ口にし、同じ戦闘員なのに彼は常に少年らしい笑顔を浮かべていた。そんなダイスケは皆にとって、常に勇気づけられるようなカリスマのような存在だった。
”お前さ…アヤカが好きか? 俺は好きだぞ”
ダイスケが数日前に、リュウに言った言葉だった。
”今度やったら……アヤカは俺が守る”
何があっても軽く笑い飛ばし、感情を表に出さないプライドの高いダイスケが、リュウに怒りをあらわにした時の言葉だ。
「ダイスケは、アヤカに手を上げるような事は、絶対にしない!! お前は何者だ!!」
「……」
「答えろ!!」
今ダイスケに乗り移っているのは誰なのか。そして、マザーシステムの言葉「キッドの暴走」「緊急事態」そして「強制アクセス」これが意味するものは。
……非適合化したキッド――今のダイスケの姿は、「暴走」であり緊急事態。万が一それが起こった時、止める為マザーシステムに最優先事項としてプログラムされた事が「強制アクセス」という事なんだろうと、リュウは解釈した。
――シオンは、この部屋に来た時こう言っていた。
『リュウ君、今大切な仲間がどのような状況か、把握していますか?』
この言葉から、シオンはこうなることを予測していたと考えられる。つまり――
「シオン、これが芹沢さんの、プランなのか?」
自分がしたのは、ダイスケと別れてから人体実験エリアに潜入し、影山タケシと合流。資料を手に入れ、奥の部屋でユメと再会した。直後、シオンが現れるが、何故かシオンは戦いを仕掛けてこなかった。
そして――
ナオキのデスゲームの敗北。ダイスケは、ナオキを救う為に、キッドとなった。
――何かがおかしい。
ナオキがダイスケに宛てた手紙。デスゲーム開始直後の芹沢ユウジからUSE-01への管理者の譲渡。一瞬途切れたナオキとの通信。人体実験エリアに急に現れたダイスケに、戦いを仕掛けてこなかったシオン。
――全てが不可解だ
時刻は23時45分。
人体実験エリアに潜入した23時から、僅か45分。――いったい、何が……?
俺たちは、いつから彼の「プラン」にはまっていたんだ……?
「シオン、答えろ……世界樹の力を吸収したら、木は力を失い世界の均衡が崩れるって、言ったな」
リュウの問いかけにシオンの口角が僅かに上がった。
「キッドを味方に付ければ、アヤカは世界樹にならざるを得ない……最初から、これが目的で動いてたのか?」
幼い頃の戦闘訓練、多くの人間の地位や尊厳を奪ってきた、芹沢ユウジの「プラン」
彼の計算高さは、リュウが一番理解している――はずだった。
――万事休す、だ。
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更新は来週金曜日予定




