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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編【地下研究所突撃ミッション後半・Sパート】
73/77

save⑤ 現状、回復不可能――プラン、良好 ―本橋イサム―


 緊張した空気がリュウとシオンの間に流れた。


 ――3年前は、時の矢の力がシオンの意表をつく形で勝つことが出来た。でも、今は――


 地下研究所の戦闘は、彼らにデータとしてとられている。それは先日リュウが1人で潜入した際に、明らかになった事だ。

 そして、相手方には、「芹沢ユウジ」がいる。


 ――芹沢さんが、時の矢の対策を、してこない、はずがない。


 3年前のようにはいかない。背後で自身の服を掴むユメの手が震えているのを感じながら、シオンがどう出てくるか。様子を伺った。


「リュウ君、今大切な仲間がどのような状況か、把握していますか?」

「どういう、事だ?」

「ほう」


 シオンの口元が緩み、背中がぞくりとするような冷笑を浮かべた。


「知らない……そうですか」


 くく、と意味深げな笑い声を漏らすシオンに、違和感を感じるリュウ。シオンの体が僅かにゆらりと傾き、そして彼は黒い刀を構える手を下ろした。


「何のつもりだ?」


 リュウの問いに、シオンは冷笑を浮かべ、静かに口を開いた。


「私も、自分の身はかわいい……そういう事ですよ」


 一瞬疑ったが、確かにシオンからは戦いの意思が感じられない。

 ――そこへ、誰かが駆けてくる足音。部屋に現れたその人物は、背後からシオンに銃を構えた。



「リュウ!!」

「ダイスケ!?」



 現れたダイスケの姿に一瞬安堵するが、すぐに疑問が浮かんできた。


「どうしてここに?」

「……」


 ダイスケはリュウの質問に答えなかった。

 彼が来てくれた事に、リュウは素直にありがたいと感じていた。背後にいるユメに、アヤカ。そして、敵か味方かはっきりしない影山タケシ。


 目の前のシオンは強敵だ。全力で立ち向かわなければ、2人を守ることはできない。そして、もう一つ――


 ――もし、影山さんが嘘をついているとしたら……


 彼の言葉と行動は一貫しており、矛盾は感じられなかった。しかし、シオンと対峙するこの状況。最悪のパターンは、背後から彼の奇襲を受ける事だ。そんな時に駆け付けたダイスケの存在は、一筋の希望の光のように感じた。

 シオンは微動だにせず、ダイスケの方へ視線を向けている。口元はいつもの静かな笑みが浮かび、動揺した様子は微塵も感じられなかった。


「キッド、君は、橋本ナオキの真意を見たはずだ……何故、私に銃を?」

「……」

「彼は、殺したのですか?」


 なんの会話だ?

 そう、思った直後。室内にアナウンスが流れた。




【 これより、イサム博士の識別プロセス(デスゲーム)を再開します。イサムα、イサムβの両者に”新人類”についての議論を展開して頂きます 】




 それは、ナオキとイサムのデスゲーム開始のアナウンスだった。それを聞いたシオンの表情が僅かに緩み、ダイスケに視線を向けた。


「キッド……”賭け”の結末が楽しみですね」

「……」


挿絵(By みてみん)


 2人の間に流れる緊張感。賭けとは一体……そう、リュウが思った所でイサムの音声が流れた。


【 USE-01、貴様、何が目的だ? 】

【 現在私はマザーと識別されています、イサムα 】


 イサムの声に、淡々と回答するマザーの音声。

 デスゲーム中の一時的な管理者の譲渡……つまり、マザーシステムの管理者がUSE-01になった事は、先程の音声で明らかになった。


 ――しかし、”マザーがUSE-01”とは、どういう事だろうか?




「リュウ君、君は今、”マザーがUSE-01とはどういう事か”と疑問を感じましたね?」

「!?」


 ――心を、読まれた……!


 シオンは夜の精霊を通じて、相手の思考を読み取ることができる。動揺しているのを見透かされたのか、シオンの口元が僅かに緩む。


「今の君と戦う理由は、やはり、ないようです」

「どういう事だ、シオン」

「我々の計画通りと言う事です――そうですね? キッド」


 シオンの視線が向けられたダイスケの表情が一瞬悲しそうに揺らいだ気がした。


「まだ、賭けは終わってねぇぞ」

「そうですね、彼の動向を見守りましょうか?」


 意味深げな会話。先程、通信機越しの会話でダイスケは”シオンと取引をした”と言っていた。それと関係あるのだろうか?

 

 2人の間にピリついた空気が流れる中、スピーカーからナオキの音声が流れた。



【 では、マザー。”新人類”についての議論……2人のイサムのうちどちらが本物かの判断方法は何でしょうか? 】



 いつもの穏やかさを保っている声――リュウは心が落ち着いていくような気がした。

 しかし、一瞬視界に映ったダイスケの表情が強張り、銃を持つ手に力がこもる。その手は、微かに震えているように見えた。


 ――どうしたんだ?


 僅かな違和――しかし、ダイスケはすぐに落ち着いたような表情に戻った。続いてマザーの音声が流れる。


【 ”a kid use project”の成功の鍵となる”新人類プロジェクト”について、より深い理解を示した方を本物のイサム博士と認定します。制限時間は設けません。サドンデス形式で議論の敗者を侵入者と判断し、処分します 】


 つまり、今回のデスゲームは”新人類”を議題とした論破戦。厳重セキュリティエリアでの心理的な駆け引きとは違う、純粋なプロジェクトへの知識が勝敗を分ける。


 新人類とは、イサムの資料とホワイトボードの情報で明らかになった、この地下研究所の研究内容のひとつ。この施設内に徘徊する、化け物――”非適合者”を生み出しているのが、この研究だ。




【 Homo Sylphidus Adaptusホモ・シルフィドゥス・アダプタス 新人類


本研究では、従来の枠組みから逸脱した個体群、すなわち「非適合者」において、未知の可能性を探求している。この特異な個体群は、細胞のオーバードーズ現象を引き起こすことなく、人間が通常到達不能とされてきた「精霊界」と呼ばれる次元への進入が可能であると予想されている。これらの個体を「新人類」と命名し、現実世界と精霊界の中継者、あるいは仲介者のような役割を担う存在と位置付けている。

しかしながら、この新人類の生成には、膨大な数の試行錯誤と繰り返しのプロセスが必要である。 】




 リュウはこれを見て、「黒い石を持ち、妖精の力に非適合で且つ、人間の体を維持した存在…それが新人類」と把握した。


 そして、ホワイトボードには、イサムが描き出した「10000以上のパターンからたった一つ。新人類と言われる存在を見つける為の計算式」が描かれていた。



 ――ナオキは、新人類プロジェクトについて、知ってるのか……?



 自分たちの依頼を管理し、この地下研究所でも知識とプログラミングスキルで、何度もリュウ達の支えとなってきた、ナオキ。天才科学者であるイサム博士との頭脳戦――デスゲームにて、彼の知識が、いかに深いものであるかは、皆の前で証明されたばかりだ。


 しかし――ナオキが”新人類プロジェクト”について初耳であったなら、いくら知識が豊富といっても、このゲームのルールは絶望的と言える。


 ――資料をナオキに届けたい。

 そう、強く願ったが、目の前のシオンの存在がそれを邪魔する。一人厳重セキュリティエリアに取り残されている、カレンの安否も気がかりだった。



「お兄ちゃん」


 自分の後ろにいるユメが、小さな声で呟いた。


「どうした、ユメ」

「あの人は、お兄ちゃんの、知り合い?」


 ユメの深い青の瞳はダイスケに向けられている。


「僕の、親友だよ」

「シン……ユウ……大切な?」

「そうだね、大切な友達だ」


 そう、伝えた直後、ユメが僕の服を掴む手に少しだけ力がこもった気がした。


「ユメ?」


 

【 それでは、制御室のイサムをイサムα、厳重セキュリティエリア前のイサムをイサムβと識別します。議論を開始してください 】


 スピーカーから響く、デスゲーム開始のアナウンス。緊迫した空気に包まれた、人体実験エリア。皆の意識がアナウンスに集中した。


 ――イサム博士が”イサムα”、ナオキが”イサムβ”


 イサム博士のDNAを体内に注入した事により、一時的に瞳をイサム博士と同じものに変化させたナオキ。網膜虹彩認証を導入しているマザーシステムに、自身をイサム博士と誤認させることから始まった、デスゲームが、静かに再会された。


 僅かな沈黙。そして静寂を切り裂くように、イサムの声が流れ出した。


【 新人類は、未来のエネルギー計画”a kid use project”を形にする上で必要不可欠だ。我々は細胞レベルでのオーバードーズ現象――”非適合化”を防ぐ為、このメカニズムを解明する必要がある。貴様は非適合化について、どう把握している? 】


 続いて、ナオキの音声が流れ始めた。


【 この研究施設で徘徊する”非適合者”――知能と人間性を失い、ゾンビのように変貌を遂げています……これを我々は”失敗作”……そう、判断しています 】


 新人類は、細胞のオーバードーズを起こさない非適合者の事。そして、10000分の1の確率で、黒い石を持ちながら非適合を起こさないという存在。


 ――ナオキの回答は、新人類について触れていない。

 今の回答は先程のデスゲームでイサムとの議論から得た情報と、この研究室の構造からの憶測――そう、判断できた。続いて、イサムの音声が流れた。


【 ”失敗作”……それは、間違っていないが、言い方としては適切ではない。非適合者を分析し、解明し、そして”新人類”に辿り着く事は、キッドプロジェクト成功の鍵と言ってもいい 】


 ナオキの回答に対するイサムの追及は、ところどころに情報を含んでいる。どうやら、イサムは自分の主張からナオキにヒントを与えながら議論をしているようだ。

 


 時刻は23時35分。

 先程ダイスケに伝えられた、施設内の予備電源の稼働時間は24時まで――そう、思った時、2人の意図が見えた気がした。


 ――2人が生き残る為に、24時までイサム博士に言い負かされることなく議論を続ける気なのか !


 管理者がイサム博士ではなくなっている現状では、先程のデスゲームのように、マザーシステムの完全停止という形でのゲームの終了は、ありえない。


 イサムとナオキは2人で何らかの示しを合わせ、25分の議論を継続するつもりなのだろう。そして、マザーの稼働停止を狙っているのだ。

 しかし、いくらイサムの協力があるとはいえ、全く知識のない話題を25分も議論し、Aiであるマザーシステムを騙し続けるなど、可能なのだろうか?


 あたりには緊張が走り、ナオキとイサムの議論だけが静かに響いていく。


【 イサムα、科学者は一つの成功の為に多くの失敗を伴います。僕は彼らが”失敗”である事に何もいいわけをするつもりはありません。それを恥じる事は、恥は自らの過ちを隠ぺいする不誠実な行為だ、それはイサムとして適切ではない回答に聞こえますが? 】


【 言葉尻を捉えてこの私を偽物と指摘するか。自惚れるな偽物め、非適合者を”失敗作”と称する事が出来るのは、”新人類のパターン”を科学的に証明し、世に認知させることが出来た時だけだ 】


 議論を引き延ばす為だろうか? なかなか核心へと進まない舌戦は、今のところ甲乙つけがたいものに聞こえる。2人の議論を見守る、この人体実験エリアも緊張感で満たされていた。

 しかし、次に流れたナオキの音声――それが、リュウの背筋が凍り付かせた。



【 新人類――そのパターンを見つける為には、1000回の試行が必要なわけですが―― 】

「――!?」



 ――1000回の試行!? どうしたんだ、ナオキ。把握していない事に対して明確な数字を掲示するなんて、らしくない……!!


 この「デスゲーム」は、ナオキがイサム博士の行動パターンを完璧に掌握し、模倣している事を前提に行われている。ナオキはついさっきの「デスゲーム」で、憶測と一般論を巧みに組み合わせた言葉で、解釈の余地を残し、明確な回答を避ける事でマザーシステムを騙し続けた。

 そして、時折混ぜる”確かな事実”……これがイサムの意表を突く形となったのだ。


 しかし、今の言葉は、今までナオキがしてきた事――解釈の余地を残した回答でも、確かな事実とも、違う。はっきりと言葉にされた、1000回の試行という言葉。


 ――どうしてだ? 何を根拠に1000回という数字に辿り着いたんだ……!?


 体中がざわつく感覚。これはイサム博士の偽物と判断されてもおかしくは、ない……。




 一瞬の沈黙が周囲を支配したが、すぐにイサムの声が流れた。


【 貴様、どういう事だ? 】


 その声は若干上ずっている。イサム博士も焦っている……そう、聞き取れた。


【 1000回の試行。そう、答えました。何か問題が? 】

【 …… 】


 いつも通りの穏やかな声は、彼が冷静である事を示しているようだった。この回答に対し、イサムは沈黙した。もし、イサム博士がここでナオキの間違いを指摘すれば、マザーは一瞬でナオキを偽物と判断するだろう。


 ――まるで、ナオキが自ら偽物だと自白しているみたいだ……でも、なんでだ?


”リュウ君、君が気に病むことはありません。あの場で再起動を決めたのは、イサム博士と僕です”


 リュウは首を振った。あの、ナオキがそんな事をするはずがない。そう、自身に言い聞かせたが、頭は軽く混乱し、心臓の音がうっとおしい程に耳に響く。冷汗が滲み、体中を襲う、微かな――恐怖。



 ――負ける……ナオキが、死ぬ!?



 ナオキは”新人類”についての知識がイサムに比べて圧倒的に少ない。自分のポケットにあるUSBと、アヤカに預けてある資料――新人類の情報が記載されている、この2つをナオキに届ける事ができれば、対等な議論ができるのではないだろうか?


 そう、リュウは思ったが、現状は絶望的だった。

 目の前には、意味深な冷笑を浮かべたシオンが立っている。彼の戦闘体制は解かれているが、いつ襲い掛かってくるか――彼の行動は、予測不能だ。


 自分の後ろにはユメ、そして、何より自分が優先するべきことは、シオン達からアヤカを守る事だ。




「シオン、てめぇ……」


 ダイスケの方から、小さな舌打ちが聞こえた。


 ――ダイスケ……?


 悔しそうに拳を握りしめる彼の表情は、まるで何かに苦悩しているように感じられた。

 少しだけリュウの方を見た彼の瞳は、今までに見た事のない悲しみが滲み、まるで、泣きそうな顔をしていた。


「リュウ……」


 震えたような声。その手は少しだけリュウの方へ差し伸べられ、空を切るように強く握りしめられた。


「なあ、リュウ。お前にとって、自分の人生を賭ける、唯一のものって、何だ?」

「急に、何を」

「ああ、そうだよな。悪ぃ……わかってる……わかってるって」


 ダイスケの口から乾いたような笑いと共に、小さなため息が漏れた。



【 イサムβ、今の回答――本物のイサム博士と異なるものです 】

【 違う……? 】



 一層不気味に響き渡る、スピーカーからの無機質な声。そしてナオキの驚いたような声が続いて流れた。――審判が、下されたら、ナオキは――

 皆が息を吞む中、ぽつりと呟いたダイスケの声が、少し寂しそうに響いた。


「俺さ、昔……ナオキに嫌われてたんだよな」


 アナウンスのの流れてくるスピーカの方を見上げ、彼は呟くように続けた。


「なんとなくしか覚えてねぇけど……俺は、いつもナオキの後を追いかけてたらしい。あいつが1人暮らしする時も、すっげぇ駄々こねて……無理やり付いていったんだ」


 スピーカーから響くマザーとナオキの声は、まるで遥か遠くから聞こえてくるかのようで、現実味がなかった。

 ダイスケは、ナオキと過ごした時間がリュウやアヤカよりも、圧倒的に、長い。

 ナオキが死ぬ。そんな事は考えたくない……その気持ちが誰よりも強いのは、他でもない、ダイスケだろう。


「あいつが俺の母さんを殺したとか……ずっと黙ってたとか……そんなの、全部どうでも良かったんだ……そんな事より、あいつを兄貴って呼べるかもしれない……俺にとってはそっちの方が、大事だった」



 ――それを聞いた時、ふと、昔の事がリュウの頭によぎった。



 それは、リュウが初めてナオキとダイスケに会った日の事だ。


 当時、ナオキは子供の教育方法に試行錯誤していた。彼が導入する「科学的教育法」――当時のそれはルール違反をした場合、減点1とし、減点10でダイスケの嫌いなピーマンを食べさせるというものだった。


「行動経済学に基づき、最も効果的な子どもの教育をゲーム化して導入する検証をしているのですが、今のところあまり成果はありませんね。報酬や罰のバランスをどのように取るか、個々の子供の心理や性格によって適切な方法が変わることが研究から明らかになっていますが」


 しかし、自由奔放なダイスケの減点は増える一方で、ナオキは常に頭を抱えていた。そんな彼に、ダイスケはため息を漏らした。


「ったく、人で実験しやがって…」

「僕は大人ですが人の親としてはまだ若い。しかし保護者である以上、君をいい子に育てる事は僕の務めであり義務です。この検証が終わったら、次は報酬システムで検証しましょうね」


 その言葉にダイスケの疑いの視線が送られる。


「報酬~??」

「例えば好きな食べ物を増やしポジティブな行動を促す方法、嫌いな食べ物を減らす方法なども検討しています。ピーマンの美味しい食べ方を一緒に考えるのも良いでしょう」

「やっぱりピーマンは食うのかよ!」



 ――ダイスケとナオキの事を思い返せば、大抵が自由奔放なダイスケの姿と、教育熱心なナオキがため息を漏らす姿が思い浮かぶ。

 しかし、リュウは知っていた。文句を言いながらも、ダイスケはナオキの言いつけをしっかり守り、任務や命令も常に忠実である事。誰よりもナオキを慕っており、ナオキもまた、ダイスケに深い愛情を持っていた。

 ……そう、初めて会った時から、リュウの瞳には、本物の兄弟のような、2人の姿が映っていたのだ。




【 なるほど……僕は、これまでのようですね 】


 寂しく響き渡る、ナオキの音声。それに反応したアヤカの叫び声が研究室に響き渡った。


「嘘! 嘘! ナオキ!!」


 彼女の感情に反応した精霊たちが周囲をひやりとした空気で包んでいく。ダイスケの方へ視線を向ければ、その顔は蒼白で、言葉は発しないものの、唇が震え、額には冷汗が滲んでいる。


 緊迫した空気――絶望的な状況を前に、リュウは頭の中で叫んだ。


 ――助ける方法はないのか!? デスゲームを止める方法は!!


 時の矢を使用したら、少しでも判決の時間を延ばす事が出来るのだろうか? そうすれば、ナオキを救う方法を、見つける事が出来るかもしれない。

 しかし、2回目の時の矢を使用するという事は、副作用で目の前のシオンを相手にすることが困難になる事を意味する。


【 イサムβ、あなたの直近の回答は本物のイサム博士と顕著に異なります。これは自らを侵入者と認める発言ですか? 】

【 …… 】


 淡々と流れるスピーカーからの音声に、体中が警告音を鳴らす。


 ――躊躇している暇は、ない――!!

 ナオキを救いたい――その一心で、リュウは集中して、左手から精霊のエネルギー――青白い光を発しながら、時の矢を形成した。



 その時――



 ――背後から、突如精霊のエネルギーを感じた。

 引き寄せられるように視線を向けると、そこには時の矢の青白い光――そう、厳重セキュリティエリア前で、ナオキの手紙の映像を見せられた時と、同じ光が広がっている。


 矢はリュウの背中に命中した。体が妙な重だるさを訴え、目の前の光景がぼやけていく。


 何者かが、自分の時間を止めた――。

 そう、悟ったリュウの耳に、声が響いた。


「――ナオキの行動から目を離すな」

「――!!」


 再び聞こえた、あの時の謎の声。


「誰、なんだ……?」


 視界が次第に薄れていく――そう、把握した時。再び声が耳に響いてきた。


”まだ、時の矢を使う時じゃない”


 ナオキの手紙の映像を見せられる前に聞こえたのと同じ声だった。一体何者なのだろうか? 


「どういう事だ!? ナオキを見殺しにしろって事か!?」


”違う、この先に待つ現実を、君は知らなければいけない――アヤカを、守りたいんだろ?”


「アヤカを守る事と、どう、関係してるんだ?」


”不可解な事実を探すんだ。思い出せ、ここ――アルケミスタには、芹沢ユウジが絡んでる。そうだろ?”


「芹沢さん……そうだ、芹沢さんは、どうして地下研究所の管理権限をUSE-01に譲渡したんだ? そして、どうして未だに姿すら見せないんだ……? 何か理由が」


 そこまで考えて、リュウは背筋が凍り付く感覚を覚えた。


「まさか……俺は、もう……芹沢さんの”プラン”に、はまっているのか……?」


 リュウの左手の時の矢が光を放ちながら消えていく。それを理解したのか、耳に響くその声は、少し安堵のため息を漏らした。


”仲間を信じろ、そして相手の嘘を暴け。それが――君の欲しい未来に繋がる”


「君は、一体誰なんだ?」


”ははっ……そーだなぁ”


 その声は、軽快な声で笑いとばし、そして言葉を続けた。


”俺の事はアルトって呼んでくれ。君が2回目の時の矢を使う、すぐそこの未来で、もう一度会おう”



 

 ――段々と、体が取り戻していく感覚。ぼやけていた視界が徐々にクリアになり。耳に響く周囲の音が少しずつ元に戻って行くような、気がした……。


 


「デスゲームを止める方法が、ひとつだけあるんだよ」

「――!!」


 時が戻ったリュウは、ダイスケの一言で我に返った。


 ――今のは、一体……。


 時の矢が見せた2回目の警告――”まだ、時の矢を使う時じゃない”


 得体の知れない声を信じて目の前のナオキを見殺しにするなんて、絶対に許されない事だ――そう、強く思う一方で、謎の声の警告――芹沢ユウジの事が、リュウの心に強い違和感を感じさせていた。


 ――芹沢ユウジがどんな人間かは、自分が一番理解している。


 冷酷かつ残忍。慈悲の心など持ち合わせず、淡々とした策略と知識で、心理的に追い詰めていく。泣き喚く子供を戦闘員として育て、虫けらのように人を殺し、リュウが以前所属していた闇組織”影縫い”のトップに立つ男――それが、芹沢ユウジだ。


 彼が何を企んでいるのか、そして何が目的なのか。


”仲間を信じろ、そして相手の嘘を暴け。それが――君の欲しい未来に繋がる”


 時の矢は、未来のアヤカがリュウに持たせた、未来を変える力。その力と共にリュウに告げられた警告。


 ――いったい、この先にどんな事が起こるんだ……?


 ダイスケが言う、デスゲームを止める唯一の方法――それが、現状を打開するための一筋の希望となるのだろうか?

 緊張で体は鋭敏になり、うるさく響く心臓の音が脳に警告を訴える。それを落ち着けるように、軽く深呼吸をしたリュウは、ダイスケの言葉を静かに待った。




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