王の器
リュウの肩で彼らの様子をじっと見ていたソフィーは、その煌めく瞳をそっとダイスケの方へ向けた。
「後継者…か」
そう呟いた彼の心の色は、ソフィーには複雑に映った。オレンジジェイダイトとコバルトブルー、二つの色を併せ持っていたからだ。
しかしいつもは強いその心は酷く弱弱しく映り、それを教える為にリュウの黒髪を引くと、口元に指を当てて「しっ」と小さく言った。彼女はそれが何故かわからないと言った様子で首を傾げる。
やがて扉が開くとダイスケの前に一人の男が立った。
*
死のゲームから生還したナオキ。そしてイサム。
そして、イサムは自身の息子――ダイスケの前に立ち、軽く息を吐いた。
リュウはこれを静かに見守っていたが、突然背後に気配を感じて振り返った。
(今、何か動いたか…?)
目を向けた方向には、来た道・一般研究エリアに続く廊下が続いている。マザーの完全停止により、薄暗い廊下には非常用のLEDライトでかろうじて照らされ、途中から先は暗闇が広がっていた。
(気のせいか…)
「おい、お前!」
その声に引き戻されるように視線を向けると、ダイスケがイサムに向かい指を立て、声を上げていた。
イサムは気まずそうに視線を泳がせ、その後ろでナオキは2人のやり取りを見守っていた。
ダイスケは、イサムの顔をじろじろと見た後、やがて深いため息をついた。
「お前が俺の父親…?」
疑念を隠そうともせず、同じくらいの身長のイサムをじろじろと観察するダイスケ。そして、彼はうーんと考え込むように再びイサムの顔を覗き込んだ。
「一応…そういう位置づけにはなる」
覗き込まれ、しばらく黙っていたイサムの呟きに近い言葉。ダイスケはその返答に顔を歪め、再びイサムの顔をじっと見つめた。
「何だ」
「いや、お前みたいな奴に昔会ったことあるなーって思ったんだよ」
2人の様子を静観していたリュウはダイスケと目が合った。一瞬こちらを見た彼は、口元に笑みを浮かべ、表情を変えずイサムの方へと視線を戻した。
(俺の事言ってるのか…?)
昔ダイスケに同じように顔を覗き込まれ、当時は「暗い奴だな」と言われ、大笑いをされた記憶がある。
今の彼は大笑いはしないものの、リュウは確信していた。ダイスケはきっと、目の前の天才科学者イサムをも「暗い奴」と見なしているに違いない。
リュウはそれを考えた瞬間非常に複雑な心境に陥った。
当時は衝突もしたが、今では彼の行動や考えている事が手に取るようにわかる。それはダイスケも同じで、先ほどリュウの方に向けた一瞬の視線は、リュウが自分の事と理解しているかを確認するためだったのだろう。
そんなダイスケの様子に、リュウは腕を組み、眉間にしわを寄せ考え込んだ。
リュウは先程のナオキとイサムの論戦を見て、2人の知識の深さ、そしていつも一緒に暮らしているナオキの頭脳に改めて驚かされた。
しかし、ダイスケにそのような様子は一切ない。
彼は大学の成績もリュウと同程度で、決して理解できないレベルの話ではなかったはずだ。
「リュウ、難しい事考えてる?」
アヤカに言われ、リュウは眉間にしわを寄せたまま頷いた。
「ダイスケって、大物だな」
そんなことを考えていると、ダイスケが今度はイサムの腕を引いた。急に腕を引かれ戸惑った様子のイサム。彼はそしてアヤカとカレンの前にイサムを立たせると、一瞬動きを止めた後呟いた。
「骨と皮しかないみたいな腕してるな、お前」
分厚い氷に亀裂が入ったように、その場の空気にメスを入れたダイスケの言葉。
リュウはカレンとナオキの冷ややかな視線がダイスケに注がれるのを感じ、その言葉にイサムは顔に手を当て、少し俯きながら呟いた。
「礼儀を知らん自由奔放な言葉遣いだ…これは貴様の教育か?」
彼の若干怒りを含んだ鋭い視線がナオキに向けられた。
「い、言ったでしょう、ダイスケ君はやんちゃすぎるくらい元気で、よく手を焼かされますから」
ナオキは言いながら、軽く微笑みを浮かべた。しかし、その笑顔の裏には珍しく気まずさが隠されており、彼の視線はすぐに別の方向へと逸れた。
「そうだ…念の為出口の扉だけはロックをかけられるか見ておきましょう。まだ電源が残っていれば可能なはずです」
そそくさと扉に向かい、小型パソコンを叩きだすナオキ。
(ナオキ…イサム博士に頭が上がらないんだな)
心の中でナオキに同情するリュウ。
「とりあえず、お前頭下げろ」
しかし、周囲の状況をものともしないダイスケは、イサムの頭を掴み、そして無理やり頭を下げさせた。
天才科学者であるイサムの頭が下げられた瞬間、ナオキを含むその場にいた全員が息をのんだ。一瞬の静寂が空間を支配する。
頭を下げさせられたイサムは呆然と床を見つめ、対するアヤカとカレンもまた、呆然と2人を見つめた。
「2人とも、ごめん。俺の親父が、お前らに酷いことした」
「えっ?」
アヤカは驚き声を上げ、カレンもまた、意表を突かれたように瞳を開いた。
「おい」
ダイスケがイサムの背中を叩いた。
困惑の色を示すアヤカ、そして冷汗を流しながらイサムをじっと見つめるカレン。微妙な空気に包まれたこの状況をリュウはただただ静かに見守った。
「ダイスケ、無茶はさせない事よ」
カレンがため息をつきながら言った。その声はいつものように淡々としていたが若干声色が上ずっているかのように聞こえる。
「研究者は自らの信念の為に孤独に研究を続けるもの…成果が認められなければ、何も成し遂げられないわ。イサム博士は自分の信念を貫いただけ。それに私は」
カレンの言葉を遮るようにダイスケが強く言う。
「カレンはちゃんと笑うし、涙だって流すだろ。お前は普通に俺と同い年の女の子だよ」
その言葉に言葉を失ったカレン。その様子を見ていたイサムは諦めたように息を吐く。
「すまなかった」
そう言って静かにイサムは頭を下げた。
「は、博士、頭を上げてください」
いつものクールな表情を崩し、戸惑いと困惑が混じったように眉を下げるカレン。彼女は少し前までイサムに忠義を誓っていた。そのイサムに頭を下げられ焦っているようだった。
「ありがとな」
ダイスケの感謝の言葉に、カレンは少しだけ困ったように瞳を逸らし、やがて小さく頷いた。
カレンの様子にほっとしたリュウはアヤカの方へ視線を向けた。
「アヤカ…」
リュウがアヤカの肩に触れると、彼女は微かに震えていた。
幼い頃からイサムに与えられていた人体実験。奪われた無数の大切なものたち。…彼女が抱える心の傷は、計り知れないものだろう。顔を覗き込むと、アヤカの瞳は微かに揺れていた。
「無理しなくていい」
そう、声をかけるとアヤカは首を振った。そして目の前の2人を、じっと見つめている。
リュウはダイスケの気持ちも痛いほど感じていた。
初めてダイスケに会った時から、彼は自分の親を殺した犯人への復讐に燃えていた。その犯人が、最も身近な人間であり、自分を育てた存在であったことを知るのは、彼にとってどれほどの衝撃だったろうか。
…そう、ダイスケは、自分の人生を賭けてきた唯一のものを、あのデスゲームの30分という短い時間で決断し、そして手放したのだ。
復讐はダイスケの全てであり、戦う意味、強くなる理由、自分の存在意義…彼の全てを作り上げて来たものだ。いったいどんな気持ちだっただろうか。リュウは自分が思っている以上にダイスケの心の葛藤と苦悩は大きかったに違いないと思った。
(簡単な事じゃなかったはずだ)
そして、いなくなったと思っていた父親との再会。しかしその父親は…自分の一番大切な女の子に、長年に渡り人体実験による苦痛を与え続けていたのだ
リュウの中には、ミッション前の彼の言葉が思い返されていた。
「お前、アヤカが好きか?」
その時リュウは質問に答える事ができなかった。しかしダイスケは、はっきりと言った。
「俺は好きだぞ」
素直に言えるダイスケを羨ましく思う一方で、アヤカを大切に想う気持ちにはっきりとした想いを繋げることが出来ない自分。
――ダイスケは、今どんな気持ちで頭を下げてるんだ?
リュウの胸の内には、空虚な感覚が広がっていた。自分が何を思い、何を感じているのかがわからない。まるで人形のように無感覚であるかのように。
ダイスケの方が、よっぽど人間らしい。心の中でそんな呟きを漏らす。その時、アヤカの言葉が重たい沈黙を破った。
「あの」
リュウが彼女の方を見ると、アヤカは一歩前に出て、優しくダイスケとイサムの顔を上げさせた。
「ダイスケ、そんな事しなくていいんだよ」
顔を上げたダイスケは、目の前のアヤカがいつもの笑顔を浮かべていることに驚き、呆気にとられた表情を見せた。
「怒ると思った?」
アヤカはそう言いながら、ダイスケの頭に優しく手を触れた。
「おいっ」
アヤカは後ずさったダイスケに近づき、彼の髪にそのまま触れて、微笑みかける。
「ダイスケは自分でちゃんと道を決めて歩けるんだね。すごいよ…私も見習わなきゃ」
そう言うと、アヤカはダイスケの髪を軽く撫でた。
「だ、だから、そう言う事は人前でやるな!」
顔を逸らし、ため息をついたダイスケ。それに小さく笑うと、アヤカはイサムの前に立った。
「イサム博士、お願いがあります」
お願い。その言葉にイサムは視線だけアヤカの方へ向けた。
「何だ」
「今度私たちのシェアハウスで一緒に食事をしませんか?イサム博士の好きなもの作っておもてなしします」
彼女の言葉にイサムは言葉を失い、一瞬驚きの表情を浮かべた。
「あなたの事は、今でも怖いです。…でも、私にとってダイスケは大切な友達で、仲間なんです。ダイスケがどれだけお父さんに会いたかったか、私、知ってますから」
彼女の言葉はしっかり、そして瞳はまっすぐとイサムに向けられていた。イサムの無機質な黒い瞳が向けられても、それが揺らぐことはなかった。
「ダイスケとゆっくり話をしてほしいんです」
イサムは顔に手を当て、そしてつぶやいた。
「それがお前の望みか…澤谷アヤカ」
「はい」
「…」
僅かな沈黙の後、イサムのため息が漏れた。
「いいだろう」
その返事にアヤカはダイスケの方へ向き、そして満面の笑顔を向けた。
「やったね、ダイスケ!お父さんと一緒にごはん食べられるよ」
「だから!お前は!!勝手にそう言う事を」
言いかけて、ダイスケは黙った。
リュウはダイスケが黙った理由にすぐ気付いた。アヤカの周りで微風が吹いている。
(冷たい風だ)
「ありがとな」
「素直でよろしい」
ダイスケが素直に感謝の意を述べると、アヤカは笑いかけながら、彼の頭を撫で、その顔を見上げた。
「せっかく会えたんだから、ちゃんとイサム博士に言う事があるんじゃない?」
いつもの笑顔を浮かべるアヤカに、ダイスケはほっとしたような表情を浮かべ、そして少しだけ目を細めた。
リュウはその様子を見て胸の中にほんのわずかな痛みを感じた。
(なんだ、この気持ち)
自問自答するように心の中でつぶやく。今まで感じた事のない胸の痛みに一瞬首を傾げたが、すぐにそれを振り払うように軽く息を吐いた。
そして、後ろに静かに目を向けた。
(足音…?)
――後ろから、這うような足音が聞こえてきた。
恐らく全セキュリティが解除されたことにより、別の部屋に潜んでいた非適合者たちが徘徊し始めたのだろう。目の前の4人の会話に耳を傾けながら注意を向けていると、闇の中で足跡と共に非適合者が体を引きずらせながらこちらに向かってくるのが映った。
「みんな、下がれ」
リュウが叫び、皆が一斉に入口の方へ視線を向けた。
そして、奥にいる非適合者たちの方を見ると、彼らが口を開き、中にエネルギーを溜め始めている。
一般研究エリアから後ろに続く厳重セキュリティエリアの出口へと通じる通路は、ほぼ一本道だった。つまり、彼らが砲弾を放てば、それは全て直進してリュウたちのもとに向かってくる。
皆が厳重セキュリティエリアの中間地点に差し掛かったところで、エネルギーが放たれる音が響いた。
それを見たアヤカは足を止め、両手を前に出した。
集中する彼女の前に巨大な光の花が映し出された。闇の中から放たれたエネルギー弾はその盾に直撃し、消え去ったが、次々と別の非適合者が砲弾を準備し始めた。
アヤカは盾を出現させたまま、厳重セキュリティエリアの真ん中で非適合者たちの砲弾を受け止め続けていた。
「くっ…あああああっ!!!」
「アヤカ」
リュウは苦痛の声を上げるアヤカの手を取り、エネルギーの援助をする。アヤカは再び防御に集中するが、その表情は未だに厳しいものだった。
「ナオキ、あとどれくらいで扉は閉まるんだ!?」
リュウが叫び、扉のロックの作業にかかっていたナオキの表情も一気に引き締まる。
「3分程かかりそうです」
パソコンから視線をそらさず、キーボードを叩き続けるナオキ。
アヤカは以前【受付】で1分間盾で耐えたが、その時は直後に倒れてしまった。3分の耐久が彼女の体にどれほどの負担をかけのだろうか。
そして今いるのは狭い室内。【受付】のように手榴弾を使用すれば退路を断たれる危険性がある。
アヤカの表情が苦痛を訴えてきた。
(まずい、限界か)
「リュウ、アヤカ、避けてちょうだい」
その声に後ろを見ると、カレンが光の銃を持ち、エネルギーを銃口に貯めている。集められたエネルギーは閃光となり、強烈な光の砲弾を生成した。その腕をダイスケが支え、照準を合わせているようだ。
リュウは非適合者達の奥にあるものを思い返した。
(そうか、この先には一般研究エリアの入り口がある)
ここからまっすぐ。つまり、100メートル程離れた場所にある一般研究エリアの入り口を突き破る形で、途中の壁に衝突することなく砲弾を発射する。それにより、退路を確保したまま敵を一掃する――カレンの強力な砲弾と、ダイスケの狙撃能力があってこそ成せる業だ。
「いいぞ、撃て」
静かに発せられたダイスケの言葉。それが合図となりカレンは叫んだ。
「リュウ!」
その声に反応するようにリュウはアヤカの体を抱え、横に飛んだ。カレンが放った巨大な砲弾が非適合者の砲弾を撃ち消しながら彼らの方へ飛んで行く。
非適合者を蹴散らしながら突き進む巨大なエネルギーの塊。
砲弾のエネルギーが通過した後は、体の一部を吹き飛ばされた非適合者達が僅かに体を動かしながら次々と倒れて行った。
砲弾が止み、花の盾が光を放ち消え、アヤカはぐったりとリュウの方に倒れた。
顔中に冷汗をかき、呼吸が荒くなっている。無理もない、【受付】で使ったよりも長く、アヤカは盾を発動し続けたのだ。
「リュウ、みんなは」
「無事だよ。アヤカのおかげだ」
リュウの言葉にアヤカが薄く微笑み、彼女はそのまま意識を失った。
「あと1分で扉がオートロックされます、リュウ君、アヤカさん戻ってください」
リュウがナオキのカウントダウンに頷いた時。奇妙な視線がリュウを捕らえた。
それと共に、背後から引きずるような足音が響き「何か」が非適合者の中から前に歩き出す。
突如自分に注がれた視線。体をぞくりとした感覚が襲い、そして直感的にリュウは感じた。
(俺は今、あいつの「獲物になった」)
自身の直感がそう訴えるのを感じた時、「奴」の足音が急に早くなる。
暗闇から姿を現した、敵の姿にリュウは一瞬驚いた。小柄な体。左右の瞳は大きく変異し、口は耳元まで裂け、長い舌を垂らしている。両生類のような瞳をぱちりと瞬きさせると、その大きな瞳がリュウの視線と重なった。
ガキィィィィン
アヤカを庇うように抱きしめ、咄嗟に前に出したリュウの拳が非適合者に命中するが、打撃を与えた拳が僅かに痛む。
(皮膚が固い…まるで鱗に包まれてるみたいだ)
続いて銃声が響く。ダイスケとカレンが撃ったものだったが、その固い皮膚には傷ひとつつかなかった。
扉のオートロックまで残りおよそ30秒。
非適合者の気味の悪い瞳がリュウを捕らえ、右腕が振り上げられる。それは鋭利な爪を持ち、その先端をリュウに向かい振り下ろした。アヤカを抱きしめた右手に力を込め、リュウは意を決して構えた。
カウンターはリュウの得意技だ。僅かに体を逸らし回避した後で動きに反するように懐に入る。アヤカを庇うように左半身を前に出し、左手を振りかぶり、強力な肘の一撃を放った。
(入った)
エネルギーを貯めて放った渾身の一撃は、鈍い音を響かせ、相手の胸部に入った。続けてエネルギーを込めた裏拳を同じ場所へ叩き込む。一瞬固い皮膚が軋む音が響き、非適合者は後退した。
(女…?)
その非適合者の体は細身で、華奢な腰回りから性別は女であったことが見て取れた。
「あと20秒で強制的に扉が閉じます。戻ってください!」
18…17…16…
機械音声のカウントダウンが始まった。
後退することが頭によぎるが、「彼女」は一瞬閉じかけた瞳をぎょろりと開き、その瞳はリュウが抱きしめるアヤカへと移った。
標的がアヤカに移った。
そう、直感したリュウが焦りを感じると、それを察したかのように、「彼女」は目を細めた。それはまるで、何かに喜んでいるかのようにも見え、その奇妙さにリュウの背中が凍り付く感覚を覚える。
再び襲い来る非適合者。大きく開かれた口からのぞく鋭利な牙。
「あと10秒です!!」
ナオキのカウントダウンが告げられリュウの額を焦燥の汗が滴り落ちる。
(なんとか、タイムアウトまでにアヤカをあそこへ)
一般研究エリアの方向にはカレンの砲弾で倒れた非適合者が映るが、彼らは徐々に形を取り戻している。先程まで皆を安全なところに非難させる為、盾を出し続けたアヤカ。気を失った彼女の顔を見て、意を決すると左手を前に出した。
8…7…
青白い光が左手から溢れ、時の矢が姿を現す。
(2回目の時の矢…もし使ったら、この後の戦闘に響くかもしれない)
だが、もはや他に方法は見当たらない。
6…5…
カウントダウンの音声は煩いくらいリュウの耳に響く。
襲い来る非適合者。
リュウは時の矢の弦を引き狙いを定めた。
――その時
リュウとアヤカの前を長い黒髪が鮮やかに舞った。
「カレン!?」
残り5秒
彼女はリュウとアヤカの前に出ると、手に持った光の銃からエネルギーを貯め、至近距離で「彼女」の顔面へ砲弾を撃ち込む。砲弾を放たれた非適合者は一旦後退し、怯んだ。
時の矢が消え、呆気にとられたリュウ。そして振り向いたカレンと目が合った。
強い光を宿した緑色の瞳が向けられ、リュウが何かを悟ったその瞬間。
カレンの鋭い蹴りがリュウに襲い掛かった。
「――――!?」
不意をつかれ、リュウは受け身を取るが激しく後ろへ吹き飛ばされる。
踏みとどまり、カレンの方へ再び目を向けると自身が扉の外まで後退している事に気付いた。
「カレン!!」
リュウが叫んだ時、目の前に映ったのは
非適合者に右腕を噛みつかれたカレンの姿だった。
リュウを後退させる為背中を無防備にしたからだ。
血が舞い、痛みに一瞬顔を歪めるカレン。しかし彼女はそのまま非適合者の頭を掴み、銃口をこめかみに突きつける。
「あなたも元々は人間だったのに…随分お行儀が悪いのね」
直後、銃声が響いた。
「ギャアアアアアッ――」
固い肌が傷つき、醜い声が響く。噛みつかれていた腕が解放され、カレンは一瞬倒れそうになったが踏ん張って顔を上げた。
僅かな恐れすら見せないカレンの表情。そしてその眼差しに宿る決意。これはただの任務や使命ではない。そう、訴えているようだった。
…2…1…
カウントダウンが0に近づいていく。
カレンは助けに戻ろうとしたリュウとダイスケに銃を向け、微かに微笑んだ。
「安心して、ダイスケ。私は任務を途中で放棄したりしないわ。あなたのお弁当をつくるって命令をまだ果たしてないもの」
彼女の緑色の瞳はまっすぐとダイスケの方へ向けられた。
「また、あとでね」
…0 ピ――――
カレンの言葉と共にカウント終了を告げる機械音。そして扉はリュウ達と彼女を遮断するように閉じられた。




