デスゲーム クローンの君が浮かべた太陽のような笑顔
●残り10分となり、イサムは新たに質問応答形式の議論を提案。ルールは以下の通り
①互いへの質問応答形式
②質問に対してはマザーへの数式コードを使用し、回答
③回答に納得できない場合制限時間内であれば追加質問が可能。その場合の回答に数式コードは不要
④質問者は10秒、回答者は40秒、インターバル10秒
⑤イサムは迅速な回答が得意な人物の為、その特徴も判断基準となる
イサムとナオキの質問が繰り返す中、急に体調を崩したナオキが座りこんだ。
14年前。
雨の中1人の少年が呆然と立ち尽くしていた。
その日は近年稀に見る自然災害により辺りは荒れていた。気候が荒れ、時折大地が揺れ、周囲の道に走る亀裂がその災害の脅威を刻んでいた。
ふと、足元で赤子の鳴き声が聞こえた。それを聞いた瞬間、少年の心は強烈な嫉妬心と憎しみで溢れていく。無我夢中で崖下に降りると、大人が2人、倒れていた。そして、2人の体の間には赤ん坊が抱きしめられている。まるで、その子を守るかのように、2人の体は赤ん坊を包んでいた。
激しい感情が少年の心を襲い、足元に転がっていた大きな石を拾い上げ、少年は泣きわめくその子に近づくと、抱き上げた。そして、石を持った手を振り上げる。
その時、赤ん坊と目が合った。
一瞬動きを止めた少年。
無垢な瞳は彼の顔を捕らえた瞬間、まるで太陽のような無邪気な笑顔を浮かべ、呆然とする少年の頬に小さな手が触れた瞬間
石は音を立てて地に落ちた。
「僕の顔を見るなり泣き止み、笑いかけた赤ん坊。その瞳は純粋で、輝いていた。その瞬間僕は、自分がしたことが正しかったのか、わからなくなりました」
*
ダイスケの瞳にモニターの横にある電話機が映った。その下には「室内への通話」という文字。受話器を手に取ろうとした時、カレンがダイスケの手を止めた。
「止めるのかよ」
その言葉にカレンは首を振る。
「止めないわ、あなたは私の主だもの。でも2人は今、命がけの戦いの最中。軽はずみに水を差せば、どちらかが不利な状況になる事も考えられる。それを忘れないで」
彼女の緑色の視線が向けられ、ダイスケは一瞬沈黙した。
「カレンは、あのおっさんとも親しいんだろ?」
ダイスケは座り込むナオキに目をやりながら訊ねた。
「そうね。でもね、自らの信念を貫く者は、それを守るために立ち上がり、時には散るものよ。イサム博士だって例外ではないわ」
ナオキとイサムの間で繰り広げられる死のゲームが始まって以来、カレンの声は一貫して平静を保っていた
「強いんだな、カレンは」
ダイスケのつぶやきに、カレンはほんの一瞬だけ目を伏せた。
「…私の正体は、あなたに暴かれたばかりじゃない」
そう言うと、カレンはモニター横の電話機に付属したパネルを操作しだした。
「セキュリティを解除しておくわ。あとはあなたが決める事よ」
表情一つ変えずに部屋を見渡すカレン。しかし、ダイスケは彼女が一般研究エリアで流した涙を思い出していた。彼の目はわずかに細まり、彼女の言葉が頭の中で響いていた。
(時に上がり、時に散る…)
突如自身の左手首から激痛が襲い、脳に浸透するほどの痺れがナオキを襲った。
骨の髄まで冷えるような冷汗が全身から噴き出た。そして、その痛みと共に彼の心を襲う、「死」という無慈悲な恐怖。
(和久井ミツルとシオリが亡くなる時も、この感覚を感じていたのか…?)
怖い
何年も前から覚悟していたにも関わらず、それはナオキの心を深く、そして暗い闇へ落としていく。
息を吐き、心を落ち着けようと試みるが、彼の体に再び大きな鼓動が鳴り響き、目の前にいるイサムの表情が一瞬歪んだように見えた。
イサムは前方に崩れるナオキを、目を細めて凝視した。
(ベクターの効果が切れたのか…?しかし、それにはあまりにも早すぎる)
その疑念がイサムの脳裏をよぎる中、ナオキは何とか力を振り絞って立ち上がり、息を切らしながらも声を絞り出した。
「問題ありません」
全身に汗をかき、左手を抑えたナオキの表情は穏やかな微笑みを浮かべていたが、明らかに顔色が悪い。イサムは眉をひそめ、ナオキのもとへと歩み寄り、彼の表情や腕をじっと観察した。
そして、ナオキの左腕に触れる。
反射的に腕を下げたナオキの左腕を強引に引き寄せると、イサムはそのまま動きを止めた。
一瞬の沈黙。
「なにか、問題でも?」
ナオキの言葉にイサムは一瞬考え込むように顎に手を当て、そして彼の表情を一瞬見た後左腕を掴んでいた手を放し、しばらく考え込んだ。
そして、自身のポケットから注射器を取り出し、それをナオキに向けた。
「何を」
「黙っていろ」
注射器の内容物が体内に流れ込むと、ナオキは自身の体の不調が和らいでいくのを感じた。驚いたように顔を上げると、彼は何も言わず視線を外していた。
「質問を再開しろ」
その言葉には、先程までの力強さはなく、まるで何かを察したかのようにナオキに憐れみを含んだ瞳を向けているように思えた。その瞳の意味を一瞬考えたが、すぐ首を振った。
(今は集中しろ…)
「では、僕からの質問です」
気を取り直し、考えた。
14年間変わっていないセキュリティコード。イサム博士が何か特別な感情から、コードを変更しないでいるのか。もしくはコードの考案者に何か理由があるのだろうか?
(イサム博士は内向的で硬派な性格だ。交友関係は限られ、更にシステムの核に携わることを許すのは、彼の研究に理解のある人物)
「この施設での革命的なクローニング技術の進展と、セキュリティシステムの主要人物について教えてください」
イサムの性格と、コード考案者が別の人間であるというヒントから導き出した質問。そしてイサムからの返答がナオキの心を激しく動揺させるものとなった。
「82720 和久井シオリ」
それは、ナオキの母の名前だった。
「キッドを盗んだ裏切り者、和久井ミツルの妻…和久井シオリだ」
イサムの回答に一瞬気を取られたナオキは、心の動揺を隠す様にいつもの微笑を浮かべる。
「では、彼女はどのようにこの施設に関わっていましたか?」
その質問にイサムは一瞬回答を躊躇した。しかし、ナオキの人の行動をもとに心を読み解く行為を思い返し、ふう、と息を吐く。
(心の動揺は奴に見破られる。ここは明確に回答するべきか)
「和久井シオリはアルトプロジェクト、キッドプロジェクトの細胞ドナー…つまりアルトとキッドの母となった存在だ」
(アルトプロジェクト…)
イサムはデスゲームの一番最初のマザーからの質問で、過去に失われたクローン、アルトの存在を明らかにしていた。
”"A kid use Project"は、クローン3体、アルト、キッド、ユーズの名に由来する。だが、アルトは過去に失われ、キッドも14年前より行方不明。現在はユーズプロジェクトのみが継続されている”
プロジェクトの起源ともなった、クローンの子供。そしてマザーのホログラムを見る。
(そうか…このホログラムの子供は、アルト)
彼の瞳は青く輝き、薄い色素にほんのりとピンクがかかった髪。これはナオキの母親であるシオリと酷似したものだ。
ここのセキュリティについて考える。14年間変わらなかったセキュリティコードと内向的で硬派な性格のイサム博士。セキュリティを任されるのは、家族か、あるいは彼にとって非常に近しい人物のみだろう。
イサム博士は、意図的に変えなかったのか?
そう、考えたところでナオキの中で新たな仮説が浮かび上がった。
(イサム博士は、和久井シオリと深い繫がりがあった?)
その確率は高い。何故なら、イサムはキッドプロジェクトに自身の細胞を提供している。キッドはイサムとシオリの息子のような存在と考えてもいい。
胸の鼓動が早くなっていく。
(そうだとしたら…自分の母親なんだ…彼女が考えそうなセキュリティコードを推理すればいい)
ナオキが深く思索する中で、マザーの声が響いた。
「イサムα、質問を開始してください」
(恐らく奴は、今の回答でマザーのモデルの正体に気付いただろう)
イサムはこれまでの2つの質問でナオキの正体を突き止め、彼が消息を絶ってからの足取りを暴いた。次に投げかける質問は、ひとつ。
「では、キッドがもし生きているとしたら…どのように才能を開花させていると推測できるか答えてみろ」
それはキッドの特徴。どのような特徴を持つ少年なのかという問いかけ。
(下手な回答をすれば偽物と判断されるだろう。さあ、答えろ若造)
驚異的な集中力と精神力を持ち、巨大なエネルギーを受け、循環する為の器としての機能を持つエネルギーの核として誕生した子供。それがキッド。
その彼が成長し、持って生まれた才能がどのように育ち、どのように表れるか。
つまり、キッドの特技や職業にあたるものを、コードを用いて簡潔に回答しなくてはいけない。冷汗がナオキの頬を伝い、心臓の音が大きく鳴り響く。
「イサムβ、タイムリミットまであと20秒となっています」
静かに通告されるマザーの言葉。それに反応するようにナオキは大きく息を吸い込んだ。
「52640 未知数」
静かに発せられたナオキの言葉にイサムは眉を顰めた。
「曖昧な答えだ。本物のイサムであればもっと具体的な仮説を立てるだろう。マザー、どう思う?」
「データ分析によると、実際のイサム博士であれば、仮定の範囲内で特定の仮説や職業名を提示する可能性が高いと推測されます」
ナオキは、イサムとマザーのやり取りを見つめながら、背後にいるリュウとダイスケの姿を思い浮かべた。ここでキッドの正体を明かせば、イサムは次の質問で、ナオキにトラップコードを踏ませる質問をしてくる。しかし、ナオキはまだ数式を解読できていない。
そして、更にマザーの追い打ちの言葉が投げかけられた。
「イサムβ、セキュリティプロトコルが示唆するに、あなたが侵入者ではありませんか?」
青く輝く瞳がナオキに静かに向けられた。汗が額を滴り落ちる。
「いいえ、仮説は立てています」
「ではイサムβ、確認の為セキュリティコードを添付して、あなたの回答を再送してください」
コードを添えての再回答。もはや言い逃れは叶わなかった。
(ここまでか)
ナオキは一瞬の沈黙の後、目を閉じ、そして意を決したように口を開く。
「キッドは無尽蔵の意志…精神力を持つ子供。明るく活発で、メンタルの安定した性格であることが推測される。加えて、その身体能力を活かした特技を持つはずだ。例えるのであれば」
心臓の音が大きく響き、ナオキの心を圧迫していく。それを隠す様に細く息を吸い込んだ。
「45120 狙撃手」
イサムの目が、驚きと共に大きく見開かれた。彼の視線の先には、ナオキの後ろに映るドアの向こう。そこに映るのは、先程自身に怒りの視線を向け、吠えてきた少年の姿。
(キッド…)
イサムは、彼の方へ手を伸ばし始めたが、直ぐに引き戻した。
「正解だ」
そう言うと、イサムは少しだけ目を細めた。そして、ナオキもまた後ろのドアの向こうへ意識を向けていた。
(できればこんな形で知らせたくはなかった)
心の奥底には闇が滑り込んできた。それは自身の生き方を決め、それに全てを捧げると決めていたナオキが唯一感じていた恐怖。そして罪悪感。
一方、部屋の外にいる4人の間にも微妙な空気が流れていた。
誰一人言葉を発することなく、視線はダイスケの方に注がれる。対してダイスケは、表情を崩さないまま、厳重セキュリティエリア内の2人に目を向けていた。その姿を横目で捉えたリュウは深く考え込んだ。
(ナオキの答えから、イサム博士が探していたクローン、"キッド"が、ダイスケだということは明らかだ)
リュウはダイスケが幼い頃から心に誓っていた、復讐を語る時の表情を思い返す。普段は陽気な彼だが、その瞬間だけは瞳に暗雲が立ちこめ、何か危険なものを感じさせた。
そして、ナオキは自身の親を殺している。
キッドの細胞提供者はナオキの母親・和久井シオリ。
「なあ、リュウ」
ダイスケの言葉が投げかけられ、リュウは我に返る。その声は少し元気がないようにリュウは感じた。
(いろんな現実が一気に叩きつけられたんだ。当然だ…)
「ダイスケがどんな存在でも俺は変わらない。これからもずっと親友で、兄弟だ」
そう、伝えた後ダイスケの肩が小さく降りるのを感じた。まるで安堵するかのようなその仕草。
「ありがとな」
「ダイスケが、いつも俺に言ってくれてた事だよ」
少し落ち着いたのを確認し、安堵したリュウは再びダイスケに声をかける。
「ナオキを憎むのか?」
リュウのその問いに、ダイスケはゆっくりと顔を上げた。
「わかんねえよ。けど…今、このゲームに負けて死ぬことだけは、絶対に許さねえ」
リュウも黙って頷き、再び部屋の中に目を向けた。
背中にダイスケの視線を感じながら、ナオキは動揺する自身の心を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。
ダイスケの心中を予想する度に、心には鈍い痛みが走った。彼は果たしてどう思っているのだろうか。復讐の炎に心を燃やしているのか。あるいは、もはや自分を軽蔑しているのか。
「制限時間はあと5分です。イサムβ、質問をスタートしてください」
マザーの冷たい機械的な声に、ナオキは現実へと引き戻される。今は生死を賭けた勝負の最中。心を病んでいる、余裕はない。
(今の回答でイサム博士にキッドが誰か知られたはずだ…恐らく次の質問で、博士は仕掛けてくる)
負けるわけにはいかない。そう、心に誓いながら再び考察した。
(和久井シオリが考えそうな、ワード)
記憶に蘇るのは、いつも優しく微笑み、そして優しく抱きしめてくれた母の姿。そして、この場所は彼女の影響を色濃く受けた場所。何か手掛かりがあるはずだと考察しているところで、入り口の暗号を思い返した。
(そういえば、この地下研究所の入り口の隠し扉の暗号はフィボナッチ数列で出来ていた)
それは、ナオキが幼少期から心奪われていた、自然の美を表す数式。
(まさか…)
いや、そんなはずはないとナオキは首を振ると、マザーの姿が目に留まった。
過去に失われたアルト。そして連れ去られたキッド。
思い巡らせ、辿り着いた一つの質問。
「和久井シオリが生涯で最も大切にしたクローンの名前は?」
その質問を口にした直後、ナオキの胸の奥で鼓動が急に早くなった。
(和久井シオリが大切にしているクローンの子供の名前。もしこれがトラップのコードに該当するワードでなければ、次のイサム博士の質問で僕は殺されるだろう…)
質問の直後、イサムの口元には僅かな迷いの影が浮かび上がった。彼の目尻がわずかに下がり、淡い悲しみの色を帯びているようだった。
(イサム博士…?)
ナオキがその表情に一瞬心を捕らわれた直後、イサムが口を開いた。
「4444 アルト 3333 キッド」
胸の鼓動が更に大きく響くようだった。
(違う数式だ)
イサムが答えた数式は7520に該当しなかった。
そして…
(これは、3つめのキーワードか?)
キーワードの「alto」、そして「kid」。アルファベット文字数で割り算すると出てくる数字…それは
(1111…この数字は何だ?)
ワードとしては、不適切だった。1111…見る人間には簡単に解読されてもおかしくないくらい、単純明確な数字。
(やはり、このセキュリティコードを考えたのはイサム博士ではなく、和久井シオリ)
ナオキの中で仮説が確信に変わり、彼は更なる質問をイサムに投げかける。
「なぜ彼ら、アルトとキッドは、数え切れないほどのクローンたちの中で、特別視されるのですか?」
「シオリにとって…思い入れの深い相手がクローンの父親、つまりもう一人の細胞提供者だったからだ」
思い入れの深いクローン、アルトとキッド。そして和久井シオリが特別な感情を持っていたその2人の名前が特別なコードで語られている。
(トラップとしては非常に有効だ…この研究所に来ればその二つの名前は確実に言われるだろう)
「その思い入れの深い細胞提供者とは?」
その言葉にイサムは小さく息を吐いた。
「アルトの父親はキッドを盗んだ和久井…そして、キッドの父親はさっきも話した通り、この私だ」
イサムが答えたところでマザーの声が響いた。
「40秒が経過しました。イサムαのレスポンスはバリデーションプロセスに成功しました。イサムα、続けて次の質問を投げかけてください」
残り4分。
アルトの父親は和久井シオリの夫である、和久井ミツル。この意味するところは、アルトはシオリにとって、実の子と変わらない存在だということだ。
(イサム博士と彼女の間に生まれたクローン、キッド…彼もまた、特別な存在…)
そして、イサムは先程の質問で、ナオキからキッドの正体を突き止めた。
(イサム博士は、ここで僕を殺しにかかってくるはずだ)
そう、考えたところでイサムの声が静かに響いた。
「では、私からの質問だ」
顔に手を当て、少し俯いているイサム。何かを考え込むように視線を泳がせた様子は、先程までの自信と威厳に溢れた彼とは少し違うようだった。
(キッドは、あの少年…先程一般研究エリアで私に食って掛かってきた、あの少年が…)
イサムの心の中では、キッドの存在が僅かな葛藤を引き起こしていた。そして、彼の顔と声を鮮明に思い返す。
(髪の色と瞳の色は私のものだが、顔立ちはシオリに似たか)
そう考えながら、ナオキの方へ視線を移した。
(この男が死んだら、キッドはどう思う…)
一瞬よぎったその思考。しかし彼の心の中には、今まで行ってきた実験やカレンの苦悩する姿が鮮明に浮かんでいた。そして、その思考を振り払うように頭を軽く振る。
(後には引けん)
「貴様がイサムなら知っているはずだ」
ナオキに視線を向け、そして彼を討つ決意を固めた。
「基本コード1111に該当するワードを全て答えてみろ」
イサムの冷たい声で発せられた質問に、ナオキは一瞬目を閉じて考え込んだ。
その一言は部屋の外にいるダイスケたちの心にも深い亀裂を入れる。
「ヒントが少なすぎるわ。これではさすがに…」
カレンの言葉に、ダイスケの心は激しく揺れた。
(ナオキ…)
ダイスケの脳裏には、ナオキが一緒に過ごした日々が、鮮やかに蘇った。
一緒に施設で暮らした日々。
初めてナオキに教えてもらったルービックキューブに心を奪われた日。ダイスケはいつも自分の部屋を抜け出しては彼のもとを訪ね、小さな困り顔を作らせていた。
(ナオキが大学に行く為に独り暮らしする時、俺、すっげー駄々こねたんだよな。あの時のナオキの顔は忘れらんねえ)
ナオキが大学に行く為独り暮らしを始める時、離れたくなくて、駄々をこねたダイスケ。困り果てたナオキは最終的には彼の気持ちを受け入れ、18にして4歳の子供の保護者となった。
(父さんと母さんがいなくて寂しかった時、よくナオキのベッドに潜り込んだっけ)
共に暮らし始めた初日、ナオキが初めて作ってくれた夕食。
眠れない夜は勉強を投げ出して、一緒に眠ってくれた。
彼の研究熱心な性格と独自の教育法に、時折驚かされることもあったが、それでもダイスケは感じていた。
安心と信頼感。
不思議と感じる、居心地の良さ。
(母さんが、一緒なんだ。母さんが、俺とナオキを引き合わせてくれた…そう思っていいよな)
ナオキの性格は自分が一番理解してる。自分を14年間面倒見てくれた恩人で、兄のような存在であり、師匠であり、何より自分を一番気にかけてくれた存在だ。
ダイスケはモニター横の電話機を手に取った。
(ずっと過去の事を引きずって、悩んでた…そうだろ、ナオキ)
「諦めるんじゃねえぞ、ナオキ」
厳重セキュリティエリア内に響いたダイスケの音声は静寂を切り裂き、その声にナオキは瞳を大きく開いた。
「負けるな、ここで死んだら、絶対に許さないからな」
ナオキの瞳が微かに揺れ、ゆっくりと振り返ると、そこには微かに笑みを浮かべるダイスケの姿が映った。
「いつまでもガキだと思ってなめんなよ」
そう言って、まっすぐとナオキに視線を向けると、ダイスケはいつもの笑顔を浮かべた。
ナオキは思い返した。
彼…ダイスケと過ごした日々。
(僕は…両親と尊敬するイサム博士…3人の愛情を一身に受ける君に嫉妬と葛藤を感じていた)
「まだ生まれたばかりのこの子には未来がある。そして、この子の運命はこの子自身が決めるべきだ」
ナオキの両親は、そう言って、赤子だったキッドを連れて研究所を抜け出した。
両親を崖から突き落としたあの日、ナオキはキッドも一緒に消えてしまえば良いと思っていた。しかし、彼は生きていた。そして、同じ施設で暮らす事になったキッドは、ナオキによく懐き、大人達の目を盗んでは部屋に遊びに来るようになった。
彼の喜びや悲しみはどれほどの価値を持つのだろうか?
クローンであるダイスケの感情は、人間と同じなのだろうか?
…彼の笑顔が太陽のように明るいのはなぜなんだろう?
そんな想いが常に揺れ動いていた、当時の自分。
(ダイスケ君、君の笑顔は僕にクローンが研究個体である事を忘れさせ、1人の人間であることを教えてくれた)
いつも仕事で家を空けていた両親。クローンに愛情を注ぐイサム博士。それに寂しさを感じていた、ダイスケと同じ14歳だった頃の自分。現在のダイスケは、過去のナオキよりもずっと成熟して、力強く見えた。そして、彼の存在が示すもの。
(イサム博士…あなたは、やはり天才だ。キッドの持つ無尽蔵の意志…彼の心の広さは、あなたの研究成果そのものだ)
微かに口元に笑みを浮かべたナオキは、目を細め、イサムに視線を向けた。目の前に映るのは、かつて尊敬していた存在であり、ダイスケの父とも言える存在。
(1111のコードに該当するワード…何かヒントがあるはずだ)
研究室内の作り、議論中のイサムの言葉。全てを思い返し、何か手掛かりがないかを模索する。
ダイスケの言葉に感謝を感じつつ、ナオキは再び思考を巡らせた。
ここまでの情報まとめ
★命令コード
①基本コード 7520に、キーワードのアルファベットの文字数を掛け算
(例)
「90240 マザー、次の質問を」 = next,question = 文字数の合計12
7520×12=90240
②謎のコード
「1220720 マザー、出現しろ」
命令に該当する英語は"Appearance"だが、7520に10を掛けた数値75200とは異なり、1220720の数式が使われている
③2つ目の謎のコード
アルト キッド のキーワードに基本コード1111が使用されている。
●和久井シオリ
ナオキの母。
アルトプロジェクトとキッドプロジェクトの細胞提供者であり、プロジェクトの最重要人物。
14年前夫のミツルと共にキッドをイサムのもとから連れ去り、その後ナオキに殺害される。
●キッド
ダイスケの学名。イサムとシオリの細胞から生まれたクローンの子供。驚異的な集中力、無尽蔵の意志、強靭な肉体を持つと言われる、エネルギーの器として生まれた存在。
●アルト
14年前失われた、イサムの作った最初のクローン。マザーシステムのホログラムのモデルとなった子供。細胞提供者はナオキの両親であるミツルとシオリ
★イサムとナオキの挑んでいるゲームのルール
①互いへの質問応答形式
②質問に対しては数式コードを使用し、簡潔に回答
③回答に納得できない場合追加で質問が可能。その場合の回答に数式コードは不要
④質問者は10秒、回答者は40秒、インターバル10秒
⑤イサムは迅速な回答が得意な人物の為、その特徴も判断基準となる




