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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【地下研究所突撃ミッション】
63/77

デスゲーム  2人のイサム博士




「でも、それを本気で使う気か?正気とは思えない」


 地下研究所突撃ミッションに向かう直前、その日の最後の訪問客であるミツルの言葉が静寂を切り割いた。その言葉に手の中にある小さな箱の方へ目を移したナオキは、少しだけ微笑を浮かべる。




「正気とは言えないでしょうね…ですが、僕の細胞もまた、特殊な状態だ。いざという時はその可能性に賭けてみようと思います」




 それを聞き、ミツルは手に負えないと言った様子で軽く息を吐きだした。


「しかし今回の姿は、より一層興味深い…それは未来のリュウ君の姿ですか?」


 目の前に映るのは、短めの黒い髪に深い青の瞳。青いチェックのズボンに、シャツ、ブレザーを羽織った高校生あたりの少年の姿。彼は右手で右目を覆ったまま、ナオキに不敵な笑みを浮かべた。


「そうだ。鮮明だろ?」


 彼・ミツルはいつも、ナオキの興味を引く姿をして現れる。1番最近は丸メガネの中年男性。あの姿は、まるでイサム博士を模しているようであった。


「リュウ君はポケットに手をつっこむようなお行儀の悪い子ではないですし、制服はもっと綺麗に着こなしていると思いますよ」


 それに苦笑しながら彼の第二ボタンまで外されたシャツに目を向ける。


「注文は、図書館の見張りだったね。本来であれば監視者である俺は手を出さないものだけど、今回は学生たちの安全を考えて特別に力を貸すよ」


 そう言うと、ミツルは静かに部屋を出て行った。




「ありがとうございます、ミツルさん」




 ミツルの背中を見送ったナオキは小型ノートパソコンを手に取り、眼鏡を外すと、微かに響く足音と共に科学室の扉を閉めた。


(未来…彼らはどんな大人になるんでしょうね)


 大学の時計は、静寂に包まれたハーモニア大学の天空が星々によって縫われていく19時を告げていた。


 図書館に行くと3つの影が彼を待っていた。

 彼らの顔に浮かんでいる明るい笑顔を見て、ナオキは少しほっとして視線をアヤカに移すと、彼女は静かに感謝の意を込めて、その透き通った青い瞳で彼を見つめた。




(そう、これが、僕の守りたいもの)




 ナオキは3人の顔を見ると、いつもの笑顔で語り掛けた。



「皆さん準備は良いですか?」













 この施設内で最も危険なエリアである【厳重セキュリティエリア】。敵であり、この研究所の総責任者、イサム博士。彼は、この施設のセキュリティの核であるマザーシステムを呼び、共に足を踏み入れたナオキを抹殺しようと画策した。


 対するナオキはゲノム編集技術を利用した、CRISPR-Cas9ベクターを自身の体内に注入。一時的に自身の網膜・虹彩をイサムと同一のものにする。


 網膜・虹彩認証を導入しているマザーシステムはこれにより、ナオキをイサム博士と誤認。マザーの前には2人のイサムが立っていると認識された。





 一方、部屋の外で見守るリュウ、アヤカ、ダイスケ、そしてカレン。





「ナオキ、大丈夫かな」



 アヤカの声は震えており、揺らいだライトブルーの瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。彼女の手を優しく握りしめたリュウの青い瞳に入り口横のモニターが映った。


「カレン、中の音声をここで聞けるようにできないか?」


 リュウに言われ、頷いたカレンはモニター前のキーボードを叩きだした。




「あのイサムっておっさんは、どれくらい頭がいいんだ?」


 ダイスケの問いにカレンは視線をモニターに向けたまま答える。


「イサム博士は天才と言われた科学者。彼の脳内を理解できる者は、組織内に存在しないわ」


 彼女の言葉に、ダイスケは相当頭がいい奴、とだけ認識すると部屋の中へ再び視線を落とした。


(あいつの目、まったく感情が宿ってないみたいなんだよな…)


 彼の先程の言葉が脳内で蘇る。




「世の中と科学の世界を知れ。そして人という生き物の醜さを知れ。無垢である事は、それだけで科学的進歩の阻害だ」




(何があいつにそう言わせてるんだ…?)



「できたわ」


 ダイスケが考察する中カレンがささやき、厳重セキュリティエリア内のイサムとナオキ、そしてマザーの会話が部屋に響きはじめた。







 広めの廊下のような厳重セキュリティエリア内。辺りにはLEDライトの光が灯され、無機質な壁と床が広がる。その室内にAI・マザーの声が静かに響き渡った。


「イサム博士の判別の為、彼の過去の知識を基にした議論を展開していただきます。タイムリミットは30分。本物のイサム博士を特定できなければ、両者ともに脅威と判断し、処分します」


 こうして、マザーの巡るロジックにより、死を賭けたゲームが始まった。




「右側を"イサムα"、左側を"イサムβ"と識別します。A kid use Projectに関連する質問を提示します」


 右側に立つイサム、そして左側に立つナオキは、互いに小さく頷く。そして一瞬の静寂の後、マザーの声が再び響いた。





「イサムα、問いを受けて答えなさい。非適合者とは何か。そしてA kid use Projectの起源と現状は?」


 イサムは瞬間的に目を閉じ、そしてゆっくりと口を開けた。


「黒い石に対応できなかった者、"非適合者"は、その強大なエネルギーに捉えられ、ゾンビのように変質する。細胞がその力に耐えられず、機能停止を迎えるのだ。この変質のメカニズムには未だ不明点が多く、その解明が新人類への鍵となる仮説を立て、研究を進めている」


 一息つくと、腕を組み、片方の手を顎に手を当て再び語り始めた。


「"A kid use Project"は、クローン3体、アルト、キッド、ユーズの名に由来する。だが、アルトは過去に失われ、キッドも14年前より行方不明。現在はユーズプロジェクトのみが継続されている」


 マザーのホログラムの青い瞳が電子的な輝きを放ちながらイサムを静かに見つめた。


「データベースの情報とイサムαの回答を検証中…」


 無表情を向けたマザーは一瞬黙り、その後電子的な声で再び語り掛けた。


「検証完了。イサムαの回答はイサム博士と一致しました」




 ナオキはイサムとマザーのやり取りを見て、深く考えた。




(イサム博士の過去の経験、彼の性格、直感や記憶力を判断してる、といったところですか)


 質問に対し冷静に、かつ的確に、そして抽象的思考力と知識の深さ、そして直観力。

 マザーの質問に対するイサムの回答は無駄がなく、かつ的確だった。


(回答の直前に一瞬止まったものの、表情の変化や視線の泳ぎはない。加えて声のトーン、リズム、共に平行。体の微細な動きも感じられない)



「何を見ている」


 凝視されている事に気付いたのか、イサムの声は少しトーンが上がったように、ナオキには感じられた。



「考察に没頭していただけですよ」


(一瞬の怒りからの焦り…普段人目に触れずに研究に没頭しているからか、自身が観察される事には若干の戸惑いがあるようだ)


 ナオキの視線に一瞬顔をしかめたイサムは、再び視線を逸らし、眼鏡をかけなおすように顔に手を添えた。そんなイサムを観察しながら、ナオキは彼の行動を頭の中に刻み込んでいく。


(性格は至って硬派…若干のメンタルの乱れはあるものの、内向的で誠実な性格…これは昔と変わらず、ですね)


 イサムの解析がひと段落し、マザーに目を移した。自分にはどんな質問が投げかけられるのか。静かに彼の言葉を待つ。





「イサムβ、問いを受けて答えなさい。最近の研究で特定の物質Xを開発しました。物質Xの特性と、関連する目的を述べてください」


 無機質な少年の声で発せられるその質問にナオキは一瞬眉を顰めた。



 前回の研究。それはイサム博士が直近で行った研究の事を指しているのだろうと憶測した。しかし、ナオキはその実験を知らない。恐らく研究論文にもなっていないほど、ごく最近の研究なのだろうと思った。


 一般研究エリアを振り返り、3年前までは正常に稼働していたと思われる施設の設備を思い返す。セキュリティの強化、受付へのアクセス制限。極秘の研究が進められていたからではないか。


 では、物質Xとは何か。アルケミスタとこの地下研究施設、そして被験者である非適合者の存在が絡んでいるのではないか。思い巡らせるうち、ナオキの頭の中で答えが形になっていった。



「物質Xは特定の結晶構造を持つことにより、高い伝導性を示す。我々は、これを利用してエネルギー伝達の効率を向上させる技術を開発していおり、特に生体内のエネルギー伝達の改善に重点を置いています。私たちの主な目標は、この物質Xで医療や技術分野の多様なアプリケーションを実現することです」


 ナオキが回答すると、マザーは、再び間を置いた。



「………」



「正解です。イサムβとイサム博士の一致を確認しました」





 その様子を興味深そうに見ていたイサムだが、マザーの回答に彼は眉をひそめた。


「物質Xについて、お前はどこから知っている?確かにその特性は正しいが、その解説の仕方…それは私の語るものとは少し異なる」


 彼の黒い瞳が鋭くナオキを見つめた。


「何が違いますか?マザーは僕をイサム博士と認識しました」


「私ならこう答えるだろう」


 イサムは静かに語り始める。




「物質Xは、独自の結晶構造により高い伝導性を持つ。この性質を利用することで、僅かなエネルギーでも効果的に伝達させることができ、生体内でのエネルギー伝達の効率を飛躍的に向上させることが期待されている。この物質Xを中心に、革新的なエネルギーシステムの研究を進めている」



(なるほど物質Xとは、黒い石…最新の研究である事から改良版が開発されたと捉えていいでしょう)



 イサムの語り口から得られた、新たな情報を頭の中に刻み込みつつ、彼ならこの言葉にどう返答するかを考える。イサムの性格と、発せられる言動を思い返しながら口を開いた。



「それは語り方の一つかもしれません。しかし、考え方や答える内容のエッセンスは一緒だと思います。言葉や文体、そして表現の方法は状況や時点によって変わることもあります。その時点での最も適切と思われる方法で答えただけです」


 イサムはナオキをじっと見つめ、その後マザーの方を向いた。


「マザー、彼の言葉は理解できる。今の回答、どう判断する?」


 イサムの回答にマザーは答えた。



「イサムαのレスポンスは精確です。しかし、イサムβのレスポンスも考慮します。追加の質問を生成中…」





 

 一方、厳重セキュリティエリアの外で2人を見守る4人。カレンはナオキへの質問が一段落ついた直後、心の奥から漏れるような長い息を吐き出した。




「カレンちゃん、どうしたの?」


 微妙な表情をしている彼女に違和感を覚え、首を傾げたアヤカにカレンは再び一般研究エリア内の2人に目を移しながら答える。


「アヤカ、今のナオキの回答に何も感じなかったのかしら?」


 その質問にアヤカはしばし沈黙し、考え込んだ。


「うーーーーーーん?リュウはわかる?」


「ナオキは今の質問に対して、何も知らない状態で回答したって事だよ」


 リュウのその言葉にカレンも頷き、深く考え込むように部屋の中の2人を見つめた。




「この施設内の構造からの憶測と、一般論を巧みに組み合わせて瞬時に回答した。加えてマザーはイサム博士の過去の性格や行動も判断基準としているはず…正解したという事は、彼がイサム博士の脳内や行動に極めて近い発言をしたと認識していいと思うわ」


 一般研究エリアで自身に向けられていた、彼の穏やかな微笑を思い浮かべながら、カレンは改めて目の前の若い科学者に脅威を感じていた。


「つまり、当てずっぽうだったって事?」


「回答だけに関して言えば、そう言う事になるかな」


 アヤカの言葉に少し苦笑いをしたリュウが返すと、彼女は目を丸くしてナオキの背中を見つめた。




「あいつ、昔から憶測やブラックジョークで相手の本音を探る癖があったからな」


 ダイスケがそう言うと、再びカレンは興味深そうにナオキを見る。


「ナオキは科学者なのよね、何の研究をしているのかしら?」


「細胞生物学と、心理学だったと思うぞ」


「心理学…」


 カレンは一瞬身の毛のよだつ想像をし、その考えを否定するように一瞬目を閉じ、そしてナオキの方へ再び視線を戻した。


「いくら癖でも日常生活と、今はまるで違うわ。命がかかっている状況でそんな事を平然とやってのけるなんて」




 そう、これはAIという高度な知能を持つ媒体の管理下で行われる、いわゆるデスゲーム。しかも相手は天才と呼ばれた科学者であり、このゲームを生き残るにはAIであるマザーに本物の天才よりも天才らしいと判断させなければいけない。


 普通に考えて、分が悪いのはナオキの方だと誰もが見て取れた。


「負けるなよ、ナオキ…」


 ダイスケは小さく呟きながら、ガラス越しに見えるナオキの背中を見守った。











 厳重セキュリティエリア内は圧倒的な静けさに包まれていた。黙り込んだマザー。イサムとナオキは互いに一切の言葉を交わさず、ただ静かにマザーの質問を待つ。


 やがて再びマザーが口を動かし始めた。



「新たな質問を考案しました。これはイサム博士の私的な記憶に関連するものとし、イサムαとイサムβ、両者に投げかけます」



 ナオキは内心動揺した。これはただの科学的な知識や研究内容に関するものだけではない。私的な記憶、それはイサムの人間性や過去の経験を問うものだ。心の中で小さく息を吐き、冷静にマザーの質問を待つ。



「”A kid use Project”にて、イサム博士はクローニング技術でキッドという子供を生み出しました。イサムα、イサムβ、キッドの背景と目的を述べてください」



 その質問にイサムは一瞬考えた。


(キッドプロジェクトが動いていた14年前…この若造はまだ子供だろう)


 イサムはその質問に眼鏡をかけなおすように顔を覆い、沈黙した。


(さあ、答えてみろ。これは当時関わっていた者しか知らない、極秘事項だ)




ナオキはイサムの細かな動きに気づき、心の中で分析を始めた。




(感情を隠す仕草…彼の心に深く刻まれた記憶という事でしょう。沈黙したという事は、僕に先に回答をさせて、指摘をするつもりですね)


 そんな彼の表情から目を逸らし、背後の扉を一瞬だけ振り返ったナオキは、ドアの向こうにいるダイスケ達の存在を感じた。


 下手に濁せばそこを突かれ、不利になる事は安易に想像できたし、マザーの要求通り明確な回答をするべきである事も理解していた。しかし、「明確な回答」。その言葉がナオキの脳内に一瞬の迷いをもたらしていた。


(彼らはまだ子供だ…もし何かがあったら…)


 そこまで考えたところで一瞬我に返ったナオキの瞳に映ったのは、無表情のまま回答を待つマザーと、沈黙するイサム。


(何を考えている、ここで博士の興味を引く事はむしろ好都合だ。合理的な判断を欠くな)


 目を閉じ、深く息を吸い、鋭く視線を絞りながら言葉を紡いだ。





「キッド、彼は持続可能なエネルギーの夢を具現するため、世界樹の巨大な力を吸収できる、特異な肉体を持つ子供です」


 その言葉にイサムの瞳が一瞬大きく開いた。


「彼はその驚異的な集中力と精神力により、巨大なエネルギーを受け、循環する為の器としての機能を持つエネルギーの核として誕生しました。また、キッドは2人の人間の細胞を織り交ぜてつくられたクローンであり、そのうち一つはイサム博士のもの…」


 彼の一瞬揺らいだ表情にナオキは微笑を浮かべ、顔を伏せるように眼鏡をかけ直したイサムから小さな舌打ちを耳にし、想定通りの反応を示した事に心の中で少しだけ安堵した。




「つまりキッドは間接的ではあるが私の息子にあたる存在だ」




 圧倒的な静けさ。イサムは頭を隠すように手をあて、何も言葉を発さなかった。


「確認完了。イサムβのレスポンスが迅速で精確でした。よって、この質問に関してはイサムβの方がイサム博士に近いと判断します」


 マザーの冷静な裁定が下された。それに対して、イサムはナオキを射す鋭い視線で詰め寄った。


「我々の目的をそこまで的確に回答できるとは…お前は何者だ?」


 ナオキに鋭い視線を送るイサムの瞳。そこには明らかに動揺が浮かんでいた。


(当然だ…キッドの細胞がどこから来たか、彼がどんな役目を持って生まれたか、当時携わっていた人間しか知らないんだ)


 イサムの顔をまっすぐ見つめ、いつもの微笑を浮かべると、ゆっくりと腕を上げ、彼に向けて指をさした。


「僕はここの管理者であるイサム。A kid use Projectの総責任者だ」



 穏やかな表情を崩さず返すその回答に、イサムは唇を噛んだ。ナオキの答えは正しい。だが、それと同時に広がる不自然さ。情報の正確さ、知識の豊富さ、直感、そして冷静な判断力。それだけではない、イサム自身と限られた人間しか知る事のない事実の混じった回答。


 その確固たる自信に満ちた声、そしてそのしぐさ。




(まるで私そのものだ)




 イサムは再び眼鏡をかけなおし、考え直す。


(動じるな、奴が何者であろうと、所詮偽物だ…若造が本物の私になる事など、不可能だ)


 しかし目の前の男が一筋縄ではいかない事を把握したイサムは、再び彼の方へ視線を向け、そして感情を宿していなかった黒い瞳に微かな光を灯した。


(正直、ここで終わるには惜しい男だ。このゲームが終わる前に奴の正体を突き止めておく必要があるな)


 イサムは自身の心臓が微かに高鳴るのを感じた。

 単独での研究で名を馳せた彼が、長い間忘れていた感情。その感情に、本人であるイサム自身も若干の戸惑いを感じつつ、目の前の男への探求心が少しずつ胸を支配していった。










「彼は、どこまでアルケミスタの事を知っているのかしら?」


 カレンの声にダイスケが返答する。


「さあな、でもこの大学を見つけたのはナオキで、俺たちの依頼は全部あいつが見つけてくる」


 ダイスケの言葉に深く考え込む様子を見せるカレン。その様子を見て、リュウが彼女に質問を投げかけた。





「カレン、俺たちには初めてのワードが多すぎる。ナオキとイサム博士の会話に出てきたキッドについて、説明してくれないか?」


 カレンは頷くと、語り始めた。


「キッドとは、14年前イサム博士が完成させたクローンであり、最高傑作と言われていた。でも開発直後、博士の友人に盗まれて行方不明になったと聞いているわ」


 リュウは一般研究エリアでの澤谷との戦闘の前のイサムの言葉を思い起こした。




「キッド候補と妖精姫を捕獲しろ」




 そう、イサムは確かにそう言っていた。


「キッド候補っていうのは?」


「キッドが生きていれば、14歳の少年。イサム博士は、あなたの才能を見て、キッドの可能性を見出したのだと思うわ。だから、私は単独のあなたを捕えるよう、彼に命じられたの」


 過去の記憶がリュウの心を掠める。この研究所でのカレンの再会、そして突然の襲撃。しかし、彼は新しい能力「妖精化」を使い、窮地を乗り越えた。


「俺がキッド…イサム博士の作ったクローンの可能性…?」


「リュウ、あなた影縫いには親に売られてきたと聞いたけど、どんな親だったのかしら?」


 その質問にリュウは幼い頃の記憶を思い起こした。




「俺は父さんと母さんの子だと思う。強いて言うならユメの方が…」


 そこまで言って、すぐに頭を振った。


「妹がどうしたんだ?」


 ダイスケに聞かれ、リュウはしばらく考え、口を開いた。


「ユメは父さんの連れ子だったんだ。でもユメは女の子だ、キッドのはずはない」


 リュウの言葉から、彼の複雑な家庭環境が伺えた。その場にいた全員が深く追求せず、再びナオキとイサムの戦いを見守ることに落ち着いた。











(知っているんですよ、イサム博士)



 ナオキは心の中で、目の前の科学者に語り掛けた。


(当時夢に溢れていたあなたは、輝いていた…僕はそんなあなたに憧れて、同じ道を歩きたいと思った)


 だが、目の前に立つイサム博士の姿は過去の彼とは大きく異なっていた。外見や雰囲気の違いだけではない、研究の内容や思想まで変わっていた。そして今、そのイサムと挑んでいるのは、互いの命を懸けたデスゲーム。この皮肉な現実は、ナオキの心に深い疲労をもたらしていた。


 再び息を吐いて心を落ち着けると、ナオキは静かに目の前のマザーの言葉を待った。





「両者に問いかけます。物質X、キッド、A kid use Projectの相互関係について、詳細を述べてください」


 マザーから紡ぎ出される次の質問。それは再びナオキにとって把握していない情報ではあったが、彼の心は次の一手を予測し落ち着いていた。


(恐らく、イサム博士はここで明確な回答をしてくるでしょう…聞かせてもらいましょうか、まだ明かされていないあなたの思惑を)




 ナオキの視線が注がれる中、イサムは一瞬思索にふけった。


(先程の回答が明確であった以上、ゲームに勝つには、ここで明確に回答する必要がある…しかし、この男。どこまで認識し、どこまで憶測で話している…?)


 僅かに光が灯ったイサムの黒い瞳は、ナオキを突き刺すように見つめる。


(この男は何者だ?)


 少し考えたが、答えの出ない考察に彼は頭を振り、そして語りだした。




「物質Xとは現在進行中のユーズプロジェクトに使用されるエネルギー転移技術を用いた、新しい黒い石の実験だ。ユーズはキッドを助ける存在であり、非常に相性の良い関係にある。また、ユーズは妖精の力の一部である黒い石を既に持っており、適合を確認している」


 イサムは一息つくと、ナオキの方へにらみを利かせるように鋭い視線を送った。


(この男が何者であろうと、私の研究を今ここで終わらせることは出来ん。未来の為、死んでもらう他ない)


「A kid use Projectとは、キッド、ユーズ、そして妖精姫を中心とした持続可能なエネルギー源を創出する計画。それは新しいエネルギーサイクルの始まりであり、未来の我々にとって欠かせない存在となるだろう」




 予想以上に明確なイサムの回答を、ナオキは目を細めながら深く考察した。


(やはり、物質Xは非適合者に埋め込まれていた黒い石の改良版。そして、その力に適合したユーズという存在がいて、そのユーズも妖精の力…澤谷さんやカレンさんのような特殊能力を持っていると考えていいでしょう)


 ナオキは、カレンの力「エネルギーの増大と形状変化」を思い起こした。


(いや、むしろタイミングを考えると、彼女がユーズと言われる存在なのか…?)




「………」



 ナオキが考察していると、イサムの回答に一瞬黙っていたマザーが静かに語りだした。



「今の回答には、限定的に公開されている情報が含まれています。イサムαがイサム博士のデータベースと高い一致を示しています」



 ナオキは一瞬その顔をこわばらせたが、すぐにいつもの微笑に戻った。


「ただの仮説や常識だけでは、本物の私を模倣することは難しいだろう」


 イサムの静かな声。しかしそれに対し表情を崩さない目の前の男をじっと見つめると、左手を持ち上げ、彼を指さし、言葉を続けた。


「貴様がイサムならこれも把握しているはずだ。黒い石に適合する人間の条件とは何か答えてみろ」


 静かに放たれたその質問に、ナオキは再び深く思索した。




(これは、難題ですね)




 黒い石。それは持ち主に妖精の力を与えるエネルギーの核。それは3年前リュウとアヤカが通っていた学校に現れた鳥から回収した石を解析した時にナオキ自身が解析した結果だった。


 イサム博士はその石を大量生産し、非適合者――黒い石の力に耐えきれず変貌した者たちを生み出していた。非適合とは、力に対応しなかった、または副反応が出た者。適合する者には何らかの共通点がある。




 特筆すべきは子供を用いた実験に使われ、唯一適合したカレン。彼女は石の適合後定期的な体調のチェックのみ受けていたと言っていた。カレン含むここにいた子供たちは、リュウが過去に所属していた闇組織、影縫いで戦闘訓練を受けた子供たち。


 しかし、一度適合したはずの澤谷はイサム博士の手で非適合者へと姿を変えられてしまった。その時、澤谷の前でイサムが言い放った言葉を思い返す。




「ナノテクノロジーよる遺伝子操作の薬品を投与した。最後くらいは役に立ってもらおう」



(ナノテクノロジーによる遺伝子操作…それだけで、あれほどの姿を変えることがあるのか…?)



 ナオキは仮説を立てた。




 澤谷は、既に体の一部を他者と入れ替えられていた。そして黒い石を埋め込まれ、非適合にならなかった。


 いや、ならないように抑制する薬を打たれていたと考える方が自然ではないか?あの薬品は、制御していたものを解除する、ワクチンのようなものだったと考えたらどうだろうか?


(だとすると、澤谷さんは元々非適合だったと考えられる。これは、澤谷さんと言うフェイクを使用した、ひっかけ問題といったところですかね)


 黒い石に適合した存在は、イサムの言葉から推測するとカレン、そしてキッド、ユーズといわれている存在。その共通点を考え、頭の中で組み立てた。




「黒い石は、キッドに近い、強靭な肉体を持つ子供に適合する可能性が極めて高い。それにより与えられる妖精の力は本来クローニング技術を用いた子供の為のものであり、個々の才能・特性・個性などさまざまな理由が挙げられるが、総じて秀でた才能・身体能力を持った子供であることが共通点であると考えられる」




 回答をしたナオキは静かにイサムの返答を待つ。対するイサムは、マザーの反応を見たが、彼は無言でイサムの発言を待っていた。



(マザーが否定しない。言葉の明確性より、行動パターンでの判断の方が優先されているのか)




「正解だ」


 諦めたように言うイサムの言葉。それに続きマザーが静かに語りだす。


「イサムβの情報に基づき、彼もイサム博士に近いデータを持っていることを確認しました」


 一瞬の安堵を感じたナオキの耳に、イサムの次の言葉が響いた。




「貴様、私のインターンに来た事があるな?」




 その言葉にナオキの胸の中で、鼓動が急激に騒ぎ始めた。


「キッドの事をそこまで詳しく知りながら、ユーズプロジェクトや物体Xについては初耳のようだ。キッドが消えたのは14年前であり、それ以降は数年の空白の後、ユーズプロジェクトに切り替わっている」


(さすがイサム博士…これは、一本とられましたね)


 心の中で称賛を送りつつ、自身の正体に感づき始めている彼にナオキは心の中で微かに動揺していた。




「16年程前までの事だ…当時はインターンとして学生の見学を許していた。その中からキッドの事を詳しく知る学生…」


 額からの汗が、ナオキの焦燥を示している。


「まさか」


 イサムの口から細く漏れる言葉。


「貴様…和久井の息子か」


 ナオキの表情が、僅かにひねり出されるように歪んだ。




「キッドを盗んだ、あの裏切り者の息子。そうだろう」




 2人の間に静寂が走った。明らかに動揺した様子のイサム。そしてナオキもまた、内心動揺していた。


「ならば、貴様は知っているのか?」


「90240」


 英語で紡ぎ出されたその数式に、イサムは一瞬言葉を失った。




「マザー、次の質問を」


 数式の後に紡ぎ出されるマザーへの命令。それはイサムの言葉を制するようにナオキが発したものであった。


「情報受領完了」


 命令を受領したマザーを見て、イサムはふと表情を固めた。


(数式を解読したのか…?)


 目の前の男を見つめながら、冷静さを取り戻すと考えた。


(いや、トラップに気付くにはヒントが少なすぎる。今のは賭けに出た、そう考えるのが適切だ)




 ナオキはマザーが命令に従った事に内心で安堵しつつ、しかし彼の耳には自身の心臓の音が大きく響いていた。



(死を、間近に感じると、こんなにも暗く深い闇に陥るものなのですね)


 初めて感じた死への恐怖。それはナオキに深く暗い闇を突きつけた。軽く息を吐きながら、目の前のイサムに目を向ける。


(イサム博士に、僕の正体が感づかれている)




「制限時間が10分に達しました。新しい質問を生成中…」


 静かに響くマザーの言葉。一瞬の静寂。10分後に、自身がイサム博士だと示すことが出来なかった方、または両者が抹殺される。




 ナオキの心の中には、ここへ足を踏み入れる前の3人の穏やかな表情が鮮明に蘇り、彼は少しだけ目を閉じた。



 共に施設で育ち、物心ついてすぐ懐いてくれた、ダイスケ。


(ダイスケ君、君の明るさは、僕に人の未来と、無限の可能性があることを教えてくれた)


 そのダイスケと、兄弟のように育ってきた、真面目で純粋なリュウ。


(リュウ君、君は強いだけではない。とても賢い…そして誰かを守るために戦う君の心の純粋さに僕も勇気づけられました)


 不器用ながらも、その2人に一生懸命ついていこうと、日々努力するアヤカ。


(アヤカさん。頑張るあなたは輝いている。そして、君は2人にとって…僕にとっても唯一無二、心を照らしてくれる存在だ)


 彼らにとって新しい仲間であるカレン。


(彼女は聡明であり、ダイスケ君に忠実だ…きっと力になってくれる)


 


 そして、目の前に立つ、かつては夢に輝いていた科学者を思い浮かべる。


(イサム博士…)


 目を開き、視線を向けると、先程よりも鋭いイサムの眼光が返され緊張感が高まる。左腕を抑えると、僅かな痛みが走り、自身の鼓動が早まっていく。それはナオキにとって、「選択」するべき時であるサインでもあった。




(あなたの知識は、彼らの未来に必要だ)




 再び紡ぎ出される、AIの無機質な声。


 残り10分の最後の戦いに、2人の緊張感は一層高まり、場の空気を濃く、そして重たいものとしていった。








今までで最長文12000文字越えに(;^_^A)ここまで読んでくださった方に心から感謝申し上げますm(_ _"m)


●ここまでのAI・マザーへのイサムとナオキの命令一覧●


「1220720 マザー、出現しろ」


「112800 マザーよ、侵入者を排除せよ」

「127840 マザー、侵入者を抹殺しろ」

「90240 マザー、次の質問を」


数字は英語で語られています。あと、前回のお話で数式のパターンを難解にしすぎた為、修正しました…すみません。もう変えないです。

たぶん次回で答え合わせが出てくるので、もしよろしければ解読してみてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の部分のナオキさんの行動についてはへ~へ~ホ~ホ~とほとんど流し読み近い形で読んでいた部分がありましたが、彼の一連のやりとりを終らせたタイミングにカレンさんが言った台詞を見て一気にゾク…
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